原罪 peccatum originale

俺の村にあった教会は結構古くて雨の日などは説教する神父の頭に水滴が落ちる事などしょっちゅうだった。祭壇も質素で大きな木の十字架と古ぼけた銀の燭台があるくらい。他に貴重品といえばずーっと昔誰かが寄進したらしい絵が一枚。けど禿頭の神父はその絵があまり好きじゃなかったらしく物置きに置きっぱなしだった。だから俺がその絵を見たのも1回きり。冒険と称して悪ガキ連中と教会に忍び込んだ時だけだった。
それは緑の沃野から灰色の荒野に追放されて行く2人の姿。神父の言う楽園追放の絵だとすぐに判ったけれど俺の目を引いたのは2人の表情。何も持たず楽園を追放される2人の男女の顔は─何故か笑ってるように見えた。薄暗い埃だらけの物置きの中でもはっきりと判るほど彼等の顔は誇らしげに微笑んでいた。

楽園追放─彼らはそれを後悔したのだろうか?

人は皆7つの大罪を持っている。そう語った人は俺の手を握って眠りについた。命令の10分は過ぎていたけどもう少しと自分に言い訳して俺はその寝顔を見守る。それだけは俺に許された特権だから。
額にかかる黒い髪、柔らかな頬は激務で大分厳しくなった。それでも昔と殆ど変らないその横顔に胸が締め付けられる程の愛しさを覚える。それは初めて彼の寝顔を見た時から少しも変らない。
「ねぇロイ」
そっと髪を撫でながら声には出さないで語りかける。
「あんたは7つの罪を持ってるって言ったけどね。俺だって同じですよ。俺だって7つの罪は持っている。だけどね本当は俺の方が1つ多いんだよ、知ってた?」
これは俺の告白。多分彼に聞かせることはないけど。
「だってあんたはそうやって罪の意識を持つだろう?誰かを傷けてたり、俺に無茶な事やらせたりしたら大抵そういう顔してる。けど俺にはそんなのないんだ」
この人と戦ってきた日々。彼の望みを叶えるために自分はなんだってしてきた。時に誰かを騙し、時に人知れず命を奪う事だってあった。だけどその事で罪の意識なんか抱いた事などこれっぽちもない。
「だってあんたのためだもの。けどあんたが望んだ事を叶えるのが俺の望む事だ、だからやったのは全て俺の意志だよ。後悔なんてどこにも無い」
多分これからもそうだろう。あんたの邪魔になるなら昨日までの味方すら殺す事にためらいはない。
「俺は選んだんです。世界とロイ・マスタングを天秤にかけて、あなたを」
それが愛かどうかは知らない。身勝手な思いだと言わば言え。
「だからね、罪深いのは俺の方です。あなたが苦しむ事は無い」
だからどうぞ安らかな眠りを。願いを込めてそっと額に唇を寄せれば寝顔に微かな笑みが浮かんだような気がした。

「あふ・・」
「口を閉じろ、駄犬。大総統閣下の護衛が欠伸してるとは何事だ」
小声で叱責されれば慌てて口を閉じる男の顔はうんざりとしている。
「こーいうの俺まるでダメなんですよ、ゲ−ジュツってやつ?」
「それは知ってるがな、せめて真面目な顔をしていろ。大総統の部下は教養が無いなんて新聞に書かれて私の顔を潰す気か」
新築された国立の美術館の開館式。主賓としてやって来た総統閣下はそう言って美人の学芸員に微笑みかけた。その様子に肩を竦めた男は仕方ないなとばかりに壁に飾られた絵に目をやる。どうやら宗教画ばかりを集めたその部屋らしく題材は皆見たような事があるものばかり。その中に
「あれ・・?」
既視感を覚えるものがあった。いや既視感というより確かに昔何処かで見たような。
「どうした、ハボック」
芸術音痴の男が絵に興味を持ったのか?と黒い瞳が面白そうに笑う。その視線の先には
緑の沃野から灰色の荒野に追放される2人の姿。
「これとそっくりな絵俺見た事がありますよ。サイズは小さかったけど顔とか同じ・・だったと思う」
「楽園追放か、失礼ミス、この絵を描いたのはどんな画家だったのですか?」
直々の質問に頬を紅潮させながら学芸員は張り切って説明した。曰くこの絵の画家は生前は殆ど無名だった。彼の描く絵は当時としては異端で教会には受け入れられず失意の彼は放浪の末アメストリスの何処かで亡くなり墓すら無いと。

「禁断の果実じゃなかったのかも知れないな」
夕食後の穏やかな一時。美術館のでの事を話していたロイはふいにそう呟いた。
「楽園追放の罪は人が知恵の実を食べた事じゃなく男が神より女を選んだ事だったのかも知れない」
誰に聞かせるでもない言葉を床に座った男は何も言わず静かに聞き入る。見上げた視線の先には憂いを秘めた黒い瞳があって手には丸いブランデーグラスが芳醇な香りを放ちながらゆらゆらと揺れている。
「男は神の禁より女の言葉を取って実を食べた。つまり神より女を選んだんだ。その時から我々は万人を愛する事より1人を愛する事を選ぶようになった。その結果地上には争いが絶えなくなった。楽園追放はそういう意味だったのかも知れない」
「んじゃ俺らの愛は間違ってる?そんな難しい事俺には判りませんよ。でも俺なんとなく判りますあの楽園追放のを描いた画家の気持ち」
「ほう?」
「だって邪魔な神様の元を離れて2人だけの世界に行けるんですよ?俺だったら喜んで行っちまいますね。そう思ってあの画家は笑って出て行く2人を描いたんですよ」
例え行き先が不毛の荒野でも。胸をはって彼らは出て行ったに違い無い、その先に光があるように祈りを込めて。
「・・罪深い奴だな、お前は」

あなたがいれば他に何もいらない。あなたより大切なものはない。
この思いこそがMea culpa─我が罪なり。

原罪シリーズこれで完結です。短編の練習にと始めたのにだんだん長くなってしまいました。閣下とハボのダークでアダルトな世界を目指したんですがむずかしー。でもこの設定で長篇描いたらどうなるでしょうね。最後のおまけ「原罪」は某ヴァイキング漫画に思いきり影響されました。(クヌート王子が素敵です!)

蛇足ですがMea culpaはラテン語で『我が罪』と言う意味です。祈りの一節らしいんですが翻訳ミステリとかで良く見かけるフレーズ。確か「ダヴィンチ・コード」にもあった。毛色の変ったシリーズですがおつき合いありがとうございました。

                 

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