大罪 PECCATA MORTALIA


「それでは10分間だけ質問を受け付けます。質問のある方は挙手して下さい」
その言葉を待ちかねていたのだろう。一斉に上がる幾つもの手にスーツ姿の補佐官は眉一つ動かさず冷静に1人の男を指差す
「セントラル・ウィークのモーガンです。内乱から2年国内の安定は取り戻せたと思いますか、閣下」
「無論だ。我々はずっと国内のあらゆる勢力と協議、対話を続けてきた。武力で立った私だが目指すのは国家の安泰でそれは平和的解決が一番望ましい。結果反政府勢力と呼べる物は少数の犯罪組織を除いてこの国から無くなった。現在のアメストリスは安定した状態と言えるだろう」
中央の壇上に立つ男の声はフラッシュの嵐の中でも平然と威厳に満ちている。それに気押されたように記者が座ると次の質問がすかさず飛ぶ。
「周辺諸国との関係は?西のペンドルトンの辺りで小競り合いがあったという話も聞きますが」
「兵士同士の散発的な発砲騒ぎが起きたのは確かだ。だがすぐ司令官達の協議によって事なきを得た。アエルゴとは王室を通じて和平条約を結んだし、ドラクマとの不可侵条約も更新の予定だ。彼等だって戦争を望んでいる訳ではない」
次に手を上げたのは気の強そうな眼鏡のインテリ風美人。
「閣下は就任時この軍事国家を変えていくと約束されました。それは守られてると思いますか?」
「少しずつだが進んではいる。国家錬金術師制度は今年中に廃止し今後は医療技術方面での援助を計画中だ。そして議会派との折衝で2年後を目処に国民選挙制の導入を計画している。第一こんな記者会見じたいブラドレィ時代には想像もできなかったろう?お嬢さん」
にこりと笑えばさっきまでの厳めしさは何処かへ消え失せる。
軍部一の女たらしと異名をとったその威力はいささかも陰り無く少女のように頬を染めた記者はペタンと椅子に座り込んだ。
「イシュヴァール人への補償問題は?」
幾らかでもその血を引いているのだろう。褐色の肌の青年が勢い込んで叫ぶ。
「現在、各部族の代表と交渉中だ。閉鎖地区は解放し、故郷の地に戻るか今住む土地で生きていくかは各人の判断に任せる。都市部に住む者には住居や務め先の補償をしていく。なんにせよ我々には彼等が失った生活を返す義務がある」
どの質問の答えより真摯な表情に納得したのかそれ以上の追求はなかった。代わりに他の質問が幾つも飛び交うが
「時間ですので今日の会見は終了します」
それをすっぱり断ち切った補佐官に促されて壇上の男は軽く記者達に手を振るともう後も見ないで会場を去ろうとする。
「待ってください!旧勢力との軋轢はどうなります?」
「ドラクマとの交渉は誰に?」
「シンとの交易の再開は?」
その背を様々な声が追うが黒髪の独裁者の歩みは止まる事はなくて青い軍服が扉の向こうに消えようとした時
「軍病院での爆弾テロの首謀者は判明しましたか、閣下!」
投げ付けられた言葉に一瞬だが黒い瞳が振り返った。

─中略─

 敵を欺くには味方から、では味方を欺くには?
「まず味方からだな・・」
書斎の片隅に置かれているのは質素なチェス盤だ。昔餞別に貰ったそれは今でもロイの愛用で常に幾つかの駒が盤上に散って時折気紛れな手がそれを動かす。その一つを手にとってロイはカツンと駒を進めた。白の騎士と黒の騎士がまるで決闘するように盤の真ん中で睨み合っている。

─中略─

「ハボック」
打ち合わせが終わり各自が自分の部署へと退出し始めた時だ。ちょいちょいと白い指が忠犬を呼ぶ。
「何ですか?閣下」
なんとなくハボックの声が警戒の色を含んでいたのはその目付のせいだ。悪戯を思い付いた悪ガキのそれに犬の勘が激しく反応する。そして
「さっきのアレな。実は嘘だ。エリシアとはそんな約束してないよ」
出て来た言葉は案の定ロクなものではない。
「これは罠だ。軍部内のネズミをおびき出すための」
「罠・・ですか?」
黒い瞳はいたって真面目でハボックは素早くドアに近づき外の様子を探る。そうして護衛以外の気配が無い事を確認すると顔を引き締めてロイの前に戻った。
「チャーリーからの報告にもあるように軍部内で密かに反政府グループの援助をしている連中がいる。自分の手を汚さずに私を倒しその後釜を狙うような輩が」
その事はもちろんハボックも知っている。それがここ最近特に活動を活発にしているのも。特にロイを狙うテロは未遂を含めればかなりの数になる。
「彼等は焦っているんだ。このまま私の政策が進み軍備が縮小されれば自分達は役立たずになる。まして議会勢力が力を強めている今、いつ政権が彼等に移るのかと戦々恐々なんだ」
「でもあんたすぐには民主制にするつもりは無いって閣議でも言ってますよね。今議会派を押えているのはあんた自身でしょう」
確かに急な政権の移行はロイも無理だと思っていた。民主制にするにはまだ国民の準備が必要でそれには時間が掛かる。早くても今の子供達が大人になる頃に民主制に移行が望ましいと思ってはいるがそれでは遅いと言う連中もまた多いのも確かだ。そのバランスを旨く保っているのはロイの手腕だが
「それも判らん馬鹿が軍部には多いのさ。旧勢力という奴だ。そいつらをあぶり出すのに私は絶好の餌だろう」
「ロイ!」
東方時代のやり方を思い出してハボックの顔が険しくなった。いくら言い聞かせても最前線に出て来た指揮官にハボックはどれだけ悩まされたか知れない。
「勘違いするなハボック。今は私だって無茶はしないよ。工場の視察に行くのはダミーだ」
その言葉にほっとハボックの肩の力が抜けた。
「いいか、工場視察の予定が変更になったのを知っているのはさっきの打ち合わせに出た人間だけだ。そこをゲリラが襲撃してくれば少なくとも情報を漏らした人の数は限られる」
急な予定変更で警備は万全と言い難い。しかも人の入りやすい工場の視察。狙う側から見れば好条件なそれに食い付く可能性は高いだろう。
「じゃああんたはちゃんと安全な所に居ますね?」
「ああ、執務室で入れ替わったら書斎に籠る。あそこなら私が居ても誰も気が付かない。危険な目にあうのはお前の方だ」
ロイ・マスタングの忠犬。何処へ行くにも影のように付き従う金髪の護衛を知らない者はいない。
「だからこそ、お前がダミーに付く意味がある。お前が居ればそれは本物のロイ・マスタングだと誰もが思うだろう」
「本当に中にいますね?危ない事しませんね」
一時でも目を離すのは不本意だと忠犬は鼻を鳴らす。例えそれが大事な任務でも。その情けない顔の男の頭をロイは手を入れてぐしゃぐしゃに掻き回す。見えない耳を撫でるように。
「ローイ」
ダメでしょうと止めた手を振り払って黒髪の独裁者は
「約束するよ、危ない事はしない」
それ以上は聞かないと男の唇を塞いだ。

例え裏切りのキスでも恋人なら甘い。



                 

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