蒼の犬 

決して言っていけない言葉がこの世には─ある。 

 始まりはある晴れた5月の朝だった。
「おはようホークアイ中尉」
朝のコーヒーの香りと共に現れた金髪の副官にロイはにこやかに挨拶を送る。
「おはようございます、マスタング大佐。夜勤御苦労様です」
にこやかなのも無理はない。夕べこの黒髪の大佐は夜勤だった。
だから今朝は彼女と業務の引き継ぎをすれば無罪放免、晴れて家に帰れる訳だ。昨晩は大した事件もなかったから睡眠は仮眠室でたっぷりとれたし何よりホークアイ中尉の手に一枚の書類もない事にロイの開放感は高まるばかり。後はできたての恋人と朝の挨拶を交し(もちろん只の挨拶で済ます気はない)今夜の約束をしたら後は自由なのだから爽やかな笑みもこぼれようというものだ。しかし
「ハボック少尉はどうした?いつもはもう来ているだろう?」
引き継ぎも終わりコーヒーも飲み終わった。後は帰るだけだというのに肝腎の垂れ目の少尉の姿は執務室に現れない。
「そうですね。いつもはもう来ているはずなんですが」
「ふむ、遅刻とはけしからん。中尉今すぐ電話してあの駄犬を叩き起こしたまえ」
そうじゃないと私が帰れないじゃないか─私情丸出しのコメントは控えロイはせいぜい謹厳な上司の顔で命じた。もっともそんなの鷹の目にはバレバレだったけど。
「判りました、それでは・・」
ハボックの顔を見るまでは帰らない。そう顔に書いてある上司に仕方ないとホークアイが電話機に手を伸ばした時だ。
どたどたと廊下を走る音が聞こえ
「大佐!」
ノックもせずに飛び込んで来たのはくだんの少尉。さては寝過ごしたのかと
「ハボック少尉、ノックは忘れないで。ここは一応上官の執務室です。それから朝はもう少し余裕を持って・・?」
氷の女王の威厳を込めて諌めようとしてふと気付く。
「少尉その格好は何?」
駆け込んで来た男が着ている物は確かにアメストリス軍の制服だ。しかし軍帽なんか精々閲兵式にしか使わないし着込んだ裾長のコートはまるで季節にそぐわない。そこを問いつめようとしたところで
「すんません、ホークアイ中尉!」
「ちょ、ちょっと少尉?」
背中を押されあれよあれよという間に廊下に追い出されてしまい背後から
「あとできっちり説明しますから!取りあえず今は大佐と2人きりにして下さい」
悲痛な声で訴えられおまけに鍵のかかる音までする。声の真剣さは滅多な事では動じないホークアイ中尉さえ固まらせる迫力があった。

「どうした、ハボック。朝の挨拶にしては大胆だが中尉に迷惑かけるのはいかんな」
2人きりにしてくれ。ハボックの言葉を誤解したロイはやや顔を赤らめながらでも一応年上の余裕でたしなめた。でも
「そんな事どうでも良いッス大佐!」
滅多に見せない真面目な顔で迫ってくる年下の恋人は
「ちょ、ちょっと待て、ハボ。我慢できないのは判るが一応ここは執務室で・・」
たじろぐロイの目の前でハボックはいきなり軍帽を取って
「俺、こんなんなっちゃいました!」
涙目で訴えた。
朝の光でキラキラ光る金髪の間からにょっきり生えたソレ。
三角でやや垂れ気味のふわふわの毛で被われたソレは
かつてイシュヴァールの英雄の頭にあったものと同じ物体だった。正確に言えば種類は多分違う。同じ三角だけどやや大きめでちょこっと折れた感じのそれは
「犬の・・・耳か」
ショックから立ち直ったロイがそう指摘するとハボックは無言でコートを脱いで後ろを向く。下は私服でTシャツにジーンズそこにはさみか何かで切ったのだろうギザギザに切れた裂け目からぼさっと垂れ下がっているのは同じくロイの目にはお馴染みのとある動物のとあるパーツ。
どうしましょうと涙の滲んだ蒼い瞳は無言で訴えてくる。
それにため息1つついて経験者はおもむろに問うた。
「・・ハボック、お前どこの魔女の恨みを買った?」

 かつて黒髪の焔の錬金術師は魔女の呪で長い間猫耳、猫尻尾を備えたマニアックな姿だった。その呪を解いたのが誰あろうハボックその人なのだがまさか彼までこんな姿になろうとは。
「俺は悪気はなかったんですよ〜〜」



                 

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