WALKING IN THE RAIN

しとしと しとしと 小さな水滴が空から切れ目なく落ちてくる。柔らかな水のベールは全てを優しく包み込み空気をグレイに染め上げていた。
「良く降りますねぇ、大佐」
無彩色の世界に目立つのは金色と
「ああ、湿気がすごくて堪らんがこれで東部の穀倉地帯がうるおうと思えば仕方ない」
闇より深い黒い髪。そしてもう1つ
わん!
ふさふさの金色の固まりだった。
「こんな雨の日も市場は開いているのか、ハボック」
無邪気な問いにハボックは苦笑する。中央市場は屋根付きのアーケードでロイも何度も行った事があるのに。
ま、仕方ないか。こんな風に雨の日に散歩するなんて昔なら考えられないよな。
ちらりと視線を下に向ければ今日の功労者がそこにいる。金の毛皮は水にしっとり濡れていつもの光沢はないが足取りは軽やかで彼が雨の散歩を楽しんでいるは間違いない。
・・愛の力って偉大だなぁ。
滅多に見られないロイのレインコート姿にハボックはそっとため息をついた。

『雨の日は無能』有難くない称号を持つ大佐はそれまでは雨の日はカタツムリのように家に閉じこもり湿気に身を任せるように過ごしてきた。恋人兼護衛のハボックにはそれが悩みの種だった。
確かに雨で湿った発火布にいつもの威力はないけれどようは火の気の問題で、代わりのものがあれば焔は幾らでも錬成できる、例えば煙草の火からでも。それより気になるのは閉じこもった時のロイの表情。
「大佐、コーヒー飲みますか?」
「お茶にしましょう、お気に入りのケーキがあります」
「もーいい加減本から離れてくださいよう」
一緒にいるハボックが何を言っても生返事。ヘタをすれば1日ベッドに潜り込んだままで顔も出さない。良くも悪くも活動的な日頃のロイ・マスタングからは想像もできない姿にハボックも最初は唖然としたが、
「仕方ないだろ、雨の日は錬金術師の休日なんだから」
今は亡きスクェアグラスの軍人が教えてくれた話にそうかと思う。
「戦場であいつが大規模な錬成やるとな、水蒸気の関係か知らんがたまに雨が降ったんだ。上に昇った灰を含んだ奴がな。で、俺はそれを利用した。湿気のせいで発火布が使えなくなるからロイの出撃は無理だと上に言った。連中はそれを鵜呑みにして雨の日の出撃は無しになった・・そうでもしなきゃあいつは倒れるまで働かされてたよ」
だから雨の日はあいつにとって唯一の安息日だった。でもそれは自分が大規模な錬成をした事の結果で。
「『罪を侵した者への褒美にしては優しすぎるな、ヒューズ』そう言って1日テントに籠っていたよ。・・それが残っているんだろうなぁ」
それを聞いてからハボックにできたのはロイに優しくする事だけだ。どんな我侭も笑って聞いて、例え返事が上の空でもめげずに話し掛けて。できるなら彼が気に入っている青い瞳のように小さな青空になりたい・・なんて乙女な事を思ったりした。

「雨の日はむのう」そう大佐はよく人に言われる。ホークアイ中尉やあいつに。でもそういう時の声は皆どこか柔らかでてなんとなく優しい。だから俺は『むのう』っていうのはそんなに悪いことでもないと思っている。
でも雨の日の大佐は確かにいつもとちょっと違うんだ。だって朝だっていつもよりずっと起こすのに苦労するし(枕をとって布団を引っ張ってやっと起きる)いつもよりずっと本に夢中だ。(その割にはをめくるスピードは遅い)いつもより・・なんというか甘えた?(離れると悲しそうな顔するからずっと傍にいる)いつもよりずっと静かだし、あんまり笑わない。
そんな大佐をあいつも何も言わないでただ見守るだけでずっと1日そうやって俺達は家に籠るんだけれども。
確かに雨の日はつまらない。外に出れば濡れるし、濡れたら寒い。人間と違って傘のない俺はずぶぬれだ。(犬用レインコートというやつは断固却下する)
でも今日みたいな静かな雨はぬれても大した事ないし、そんなに寒くない。緑の葉はいつもよりずっと鮮やかでカエルとかいつもは隠れた連中が外に出てきて面白いのに。だから
わう。ねぇ大佐、外に出てみない?雨は降ってるけどそんなに悪くないと思うよ。
本から大佐が目を離した時にちょっと言ってみた。膝に足かけていつもの散歩に誘うように。でも大佐が嫌ならそれで諦めるつもりだったけれど。
「・・退屈かい?ジェイそうだなずっと家に籠りきりだものな」
くぅ。そうじゃなくて大佐がつまらなくないのかなって。さっきからずっとページ同じだよ。
膝に置いた俺の前足をひょいと大佐は手に取ると少しのあいだ無言でそれを撫でた。気持ちいいけど前足取られた俺はお手ポーズで固まる事になる。でもその時の大佐の目はどこか遠くを見ているようで
わん!どーしたの?そんなに散歩行くのが嫌ならもういいよ。でもそんな目をしないでよ!
そう言ってぺろりと頬をなめたら急に大佐はにっこり笑って
「そうだな、家にいても仕方ない。散歩に行こうか。ジェイ」
そう言ったんだ。

「雨の日は無能」そういうレッテルが自分に貼られているのをロイ・マスタングはもちろん知っていた。それが彼を守るために親友が考え出した嘘である事も。
『雨の日は焔の錬成が出来ないって事にしておけ。そうすれば上の連中も無理は言えねェ』
そうだな、ヒューズ。火は水に弱い。こんな単純な事実に皆誤魔化されて誰もそれが嘘だなんて思わなかった。だから私は戦いに出なくてすんだけど。その雨は私の罪の証で、その中で憩うなんてとても出来なくて。
以来雨の日は鎖を掛けられたように心も身体も重くなる。東部に戻ってからもそれは同じだった。だけど何をする気力もなくただ時間が過ぎるのを待つだけだった日々を変えてくれたのは金の髪の恋人。
「御希望のカフェのケーキ買ってきました!」
「今頃俺の故郷は皆畑仕事で大変スよ。こんな日はいい休日です」
無理を笑って叶えてくれて。返事もしないのに話しかけてきて、陽気な声で重い空気を吹き飛ばす。さながら小さなお日様みたいに。あいつが優しく甘やかすからほんの少し雨が好きになっていたんだ。どこか柔らかい繭に包まれたみたいに胸の奥の傷が癒されるのを感じた。それと向き合う勇気を与えられたような気がした。そしてある日
わん!!
金色の固まりが尻尾を振って誘う。その澄んだ瞳にどこかが押されて
「行こうか、ジェイ」
自分でも驚く程素直にその言葉が口をついた。そして
「よし、ついでに夕飯の買い出しに行くぞ。ついて来い、ハボック!」
立ち上がった私を見たハボックの顔が面白くて吹き出しそうになった。

「あれは何だ?ハボック。あの紫の花は」
「あーあれは紫陽花スよ。この季節には良く咲いているでしょう」
「確かに良く見るが・・雨にぬれてると雰囲気が違うな。あ、あの小さいの何だ?」
「あんた、カタツムリも知らないですか」
「うるさい、図鑑でしか見た事ないんだ!」
わん!そーだよ良いじゃん。

まるで小さな子供みたいに。はしゃぐ2人と1匹を見ていた緑のカエルが小さくゲコと鳴く。それは雨の終わりを仲間に告げるもので明るくなった西の空にはかすかに七色の虹が現れ始めていたけど、陽気に歩く彼等はまだそれに当分気がつきそうもなかった。

アメストリスの雨期はもうすぐ終わる。


季節シリーズです。雨だからしっとり纏めようと思ったんですが、うーん。雨の日のそれぞれの思いを描いてみました。アメストリスに雨期があるかは知りません(笑)

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