嵐来襲

その日が来るまで彼の人生は平凡なものだった。10代のうちに戦場を経験するのも、この不安定な国では珍しいものではなかったし、そのまま職業軍人になってしまうのも定番コースといえるだろう。なにより本人が平穏を望んでたし、いわゆる男の野望とゆう奴にも興味はなかった。
いささか思うところがあって軍に残りはしたが、とりあえず退役まで無事に過ごし、可愛いくてボインの嫁さんと結婚しを恩給を貰えればオッケーというのが長期的な夢だった。
そして目下の所彼、ジャン・ハボック准尉−東方司令部所属−の望みといえば
「あーあ、早く彼女の胸に顔、埋めてみたいなー・・」であった。
「え?何か言った、ジャン。」垂れ目の視線の行き先に、いささか警戒の念を感じてデートの相手が言った言葉にハボックは慌てて視線を周囲に向けて、「いやア、さすが話題のカフェだな。平日なのにこんなに人がはいってんなんて。君の目は確かだね、アン」「お誉めの言葉をありがとう、ジャンでも今日は休日よ。」「・・・・」

東方に赴任してきてから始めてできた彼女はなかなか手厳しかったアパート近くのうまい料理を、リーズナブルなお値段で食べさせるレストランの娘は自慢の赤毛に相応しく野心家で、家族経営のこじんまりとした自分の家の店をもっとおしゃれで人気のあるものにしたいと言う野望を抱いている。コックである父の腕は確かだ、後はマーケティングとリサーチである。そういうわけで夜勤あけで半分頭が寝ている軍人はイーストシティで今トレンド(死語?)というオープンカフェに連行されたのであった。
ひさしぶりの晴天で街の目抜き通りは人があふれていて、のんびりそれを眺めているだけで夢の国に行ってしまいそうになる。野心家の彼女は店のインテリアやメニューのチエックに余念がない。このところ市内で過激派が騒ぎを起こしたり、セントラルから手配中のテロリストがこちらに流れて来たという情報が入ったりして、ハボックの小隊はシティ中を走り廻された。直属の上司であるオーベット大佐は書類仕事をやらせれば有能なのだが、荒事には向いて無いと言う人で慎重になるばかりに無駄な命令も多かった。尤も本人も自分の小心さは自覚していて、胃薬を飲みながら奮闘する様は憎めないのだが。
それにしたってさーああいう人はセントラルあたりで事務畑にいれば結構重宝がられるだろうけど、こういう不安定な地域にはもっと実戦に馴れた人じゃないとだめだろ。司令部の偉いさんも何を考えているのやら。一介の准尉ごときが何言ってもしょーがないけどさー。
とアンニュイになりかけた思考は「ちょっとジャン聞いてるの?さっきからマトモに返事してくれないじゃない。」とちょっととんがった声に破られた。「え?やー聞いてますって。やっぱり君の親父さんのシチューのほうがここよりおいしいと思うけど。」
「・・あのねあたしは、テラス席もこういう風にきっぱり禁煙と喫煙席は分けた方がいいか、喫煙者のあなたの意見を聞いたんだけど?」「・・・いやそれはやっぱり分けたほうがいい・・ってここ禁煙席?」デート中にはなるべく煙草は吸わない主義だが、一向に覚めない頭に活をいれないと彼女の機嫌は悪化するばかりだろう
そう思ってポケットのライターに手を伸ばしかけたのだが。「安心なさい。あなたの後ろに並んでる植木の列の向こうが禁煙席よ。気がつかなかった?」いわれてみれば後ろには背の高い観葉植物が何本も並んでいて、後ろのテーブルが見えないほどだ。「いやー気がつかなかったけどこれじゃあんまり意味無いんじゃ。」言いながら吐き出した煙りは風に吹かれて後ろの方に流れていく。
「屋外だからすぐ散るわ。そんなに気にならないでしょう・・目が覚めた?ジャン」
「もーばっちり。この後どこ行く?天気がいいからぶらぶらしようか。」その後俺のアパートで新しいメニューを披露してくれるとうれしーなーと言おうとしたら急に細い指が伸びてきて甘い声が囁いた。
「ちょっと目をつぶって、ジャン」
え?それはとってもうれしいけど、ここはオープンカフェのど真ん中だよな、まア俺は気にしないけど−と目尻を下げつつ目を閉じたが、期待した柔らかい感触は頬にも唇にもやってこない。
「いーいジャンこれから3つの質問をします。目を開けちゃだめよ。答えてくれるかしら。」
「もちろん何でも答えるよ、どーぞ、」これはなんかのゲームかなとのほほんと答えた男は1分後には背中に冷たい汗をかくことになる。
「質問その1、今日のあたしは何を着てるでしょう?」
なんとも簡単でカワイイ質問だな。今日は午前中からずっと一緒にいたんだから・・いたんだけど・いたよな・えーっと、あれ?映像が出てこないぞ。一応手なんか繋いで歩いたりしたよな、時計台の広場で待ち合わせして、俺は寝過ごしかけたんで走って来て・・あそこで待ってた彼女はどんな格好してたっけ?今も目の前にいるのに・・どーしようわかんない・・でもこのままわからないーっていったら怒るよなきっと。うーなにか答えなきゃ、エエイ直感勝負だ!
「えーっとワンピース」「質問その2、服の色は?無地?模様がついてる?」今度は霊感頼りで「ピンクのストライプ・・かな」「質問その3、じゃあ髪型は?」これじゃあ軍事法廷の検事よりきびしいんじゃないか!最後はもう神頼みで「アップにしてるよ・・ね、もう目開けていいかな・・」甘えるように請うのに「最後の質問です。今日のイーストシティのお天気は?」とっても明るい声が答える。「そりゃ晴れだろう」と答えた時、なぜか身体が後ろに逃げようとしたのはもう野生の勘である。
[残念ね、全問不正解よ、ジャン」と宣告が下ると同時に晴天のテラス席に雨が−正確にはジャン・ハボックの頭限定で−降った。パシャン、コップ一杯分の雨はツンツクの前髪を濡らして頬にたれる。呆然とする彼の目の前でオフホワイトのブラウスにブルーのジーンズをはいて赤毛をうしろにながしたアン・セイルは冷ややかに言った。「ちなみにあなたが言った服装と髪型はうちの店のユニフォームよ。それじゃね、あたしこれから新しいメニューの開発するから帰るわ。バイバイジャン。」「ちょっ、ちょっと待ってよ!」追い縋ろうとした手をピシャリとはね除け、赤毛を揺らしながら彼女はさっそうと去っていった。後には湿った煙草を銜えた垂れ目の男が残るのみ。

「ぷ・・く・・くっく」昼下がりのテラス席で起きた一幕は当事者以外には格好の喜劇である。ゴシゴシと無言で頭をふく男の周りには声にならない笑いが満ちたが、ごつい体格に遠慮して大笑いする者はさすがにいなかったのだが−
「く・・く」「後ろのテーブルの人、我慢しないで笑ってもかまいませんッスよ。」背後の観葉植物に遮られたテーブルから聞こえる必死に押し殺した笑い声に地を這う様な低い声で警告するが止む気配は無い。
「ぷふっ・・」「あんたね!いーかげんにしろよ!」夜勤あけの軍人をなめるんじゃねえ、とばかりに視界を遮る植物を押し退けて乱暴に手をついたテーブルには、男が1人座っていた。
つややかな黒い髪に切れ長の眼、一見学生にもみえるジャケット姿のその人は目尻に浮かんだ涙を拭きつつ、にこやかに挨拶してきた。
「やぁ、ジャン・ハボック准尉。なんとも劇的な再会じゃないかね。」

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