And they・・

後にセントラル動乱と呼ばれたあの戦いから約1年後。ある村の雑貨屋に黒髪の男がやって来たのは冬のよく晴れた日。
「元気そうじゃないか、この駄犬」
店の主人を犬呼ばわりした男は着古したツィードのコートに洗いざらしのジャケットという質素な出で立ちだったが
「あんたも元気そうですね、マスタング大将閣下。お祝いのワインはちゃんと届きましたか」
実質的には今この国を統べる立場にいる男だと誰が想像するだろう。
「ああ、皆と一緒に乾杯をした。・・お前も来ると思っていたのに」
「いや、行こうかと思ったんスけどね。皆に気ぃ使わせちゃ悪いと思って」
垂れた青い瞳に映るのは動かない両足。とうにふっきったはずなのにいざとなったらこの姿を昔の仲間に晒すのが怖くなったとは言えなかった。だがそんな逡巡など付き合いの長い男にはお見通しなのだろう。元気を出せとばかりに金の髪がぐしゃぐしゃとかき回されて
「情けない顔の犬なんか私は好かん。だから私がここに来たんじゃないか」
「え・・?」
「私はお前の足を治しに来たんだよ、ハボック」
思っても見なかった台詞に青い瞳が見開かれた。

「ちょっと待って下さい!」
どこか邪魔が入らない広い場所はないかと言われハボックは使っていない納屋にロイを案内した。むき出しの土の上に横になれと言われともかく従ったハボックはその周囲を囲むように錬成陣を書き始めたロイに顔色を変えて叫ぶ。
「俺の身体、中枢神経が途切れているんですよ!普通の錬金術でも無理だって医者にも言われた。あの賢者の石って奴ががないと無理じゃないですか、そんなの大佐は持ってないでしょう!まさか大将みたいに体の何処かを犠牲にするつもりですか!」
容赦のない黒い爪はあの時正確にハボックの腰椎を貫いた。途切れた中枢神経は2度と再生する事がないと医者も医学書も宣告したのに。
「大将だと言ってるだろうがこの駄犬。安心しろ、腕も足も無くならない。私の差し出すものは持っていても大して役に立たないものさ」
事も無げに言い放つロイにハボックは眉を顰めた。
「・・まさかあんたの真理の扉って奴を等価に差し出すつもりなんですか?でもそれって錬金術が使えなくなるんでしょう?」
「ほぅ、良く知ってるな、ハボ」
「アルフォンスに聞いたんスよ。あの子がどうやってこちらに戻ってきたか」
体を取り戻した少年がまず一番に始めたのは世話になった人々の所へのあいさつ回りだった。そうして律儀にこの垂れ目の少尉のところにもかつて鎧の姿だった少年は現れた。
「ゆっくりしてもいられないってのを俺が無理に引き止めて全部聞きました。俺がリタイアした後あんたがどれほどつらい目にあっても戦い続けたことも。そうして最後にアルは言いました。もう僕錬金術は使えないんだと」
兄さんが扉を開けて僕を連れ戻しに来た。だから帰りの扉は僕が開けなくちゃ。
多分この国で最強のその力を手放す事に兄弟達はすこしもためらわなかった。晴れやかなその笑顔によかったなとハボックは心からそう言ったけど
「俺の足なんかのためにあんたが錬金術を手放す事なんかない。あんたはこの国を背負っていく人間で力はいくらでも必要だ」
絶大な威力を誇る焔の術。それを手放すのかとハボックは叫ぶがロイは穏やかに笑う
「お前のためじゃない。私のためだ。私がお前に傍に居て欲しいからその足を治すんだ」
「ロイ・・」
すっと横たわったハボックの傍にひざまずいてロイはその頬を愛おしげに撫でる。
「アルに聞いたのなら知ってるだろう。私が失った視力をどうやって取り戻したか。お前のために捜していた賢者の石を私は自分のために使ってしまったんだ」
「その場に俺がいたって俺はあんたに石を譲りましたよ!あんたがやる事はまだまだこれからでその為に目は不可欠だ。あんたがそんな事気にする事なんかない!」
頬に添えられた手を掴んでハボックは叫ぶ。抱えきれない重荷を背負う人にもうこれっぽっちも悲しみは背負わせたくないのだ。まして自分がその原因になるなんて冗談じゃないと。
「この足も何もかも俺の未熟さが招いたもんです。あんたが気にするのは仕方ないかもしれないが俺はもうそれを受け入れてる。この身体でもできる事はあるしこうして会う事も触れる事もできるんだ。俺は十分満足ですですから無茶はせんで下さい」
俺は幸せなんだから笑ってと蒼い瞳は語りかける。辛いのから逃れるためだけに危険な賭けをするのは止めて欲しいと。
「・・お前の言いたい事は判るよ、ジャン」
握られた手にロイは額を寄せた。それはどこか祈るような仕種に似ていたが
「だからこれは私の勝手な望みなんだ」
再び顔を上げた時、その黒い瞳には微塵の迷いもない。
「あの戦いの中でもお前を忘れた事はない。平和になりこうして時々会えるだけで満足すべきだと何度も自分に言い聞かせはしたのだがな」
未だ政局は不安定でテロの対象になりやすい自分の傍に大事な人を置く。その危険性にロイは何度も諦めようとしたのだが
「結局思い切れなかった。どうしても私はお前に傍に居て欲しい。だからこれは罪悪感でもなんでもない。私が勝手にやる事でだからお前が気にする事なんてないんだよ」
「けど、ロイ、通行料が」
「その心配もない。なぜならこの錬成陣は鋼の改良型だから。通行料の心配もいらない、安全なものさ。まぁ多分お前は何も見えないと思うが」
立ち上がった男は静かに両の手を合わせる。祈りの姿にも似たそれにハボックが手を伸ばしたところで
「焔の錬金術師、最後の錬成だ。お前のために使えて良かったよ」
晴れやかにロイは笑い─そうして2人を光が包む

「出張は真理の業務に入ってはないのだがね」
白い光が消えた後納屋の中に現れたのは巨大な扉と白い人影。鏡のように似たそれは口ぶりまでも本人の皮肉癖が移ったようだった。
「そっちが通行料を要求するならこちらに引っ張ってくれば良い。幸い無理矢理開けた扉とスカーの陣のおかげで今の私はこの国最強の錬金術師だからな。こんな無茶もできると思ったんだ」
「たかが部下の神経繊維数ミリのために自分の扉を差し出すなんて物好きだな、錬金術師」
「犬は主人の傍にいるべきものだろう。私の真理はそれだ」
「長年仕えた火蜥蜴より犬を選ぶか。全くお前達は面白い。さぁお前にとっての等価を差し出して望みのものを持って行くが良い。いっとくがこの錬成陣の記憶は消すぞ。こんな事2度と起きては困る」
「お前も真理を名乗るならたまにはこちら側へ来ればいいんだ」
言い返すロイの身体を薄く淡い焔がを包む。やがてそれは体から離れ中空に浮かぶ巨大な火蜥蜴の姿となり開かれた扉の向こうに消え去って
「さようなら、そうして・・今までありがとう」
主の言葉に送られながら扉は静かに崩壊していった


「・・後悔はしてませんか、ロイ」
厳しいリハビリを経て晴れて現場に復帰した金髪の護衛官がある日昔の様に煎れたてのコーヒーを置きながらそっと問えば
「いいや、全く」
即答した黒髪の大将閣下は晴れやかに笑う。
「思えば錬金術で望みの物を手に入れられたのはアレが最初で最後だったな」
この国の人達のために力が欲しいと学んだ術はしかし武器になりこそすれ人を救うものにはならずロイに取り返しのつかない重荷を背負わせた。それを後悔した事はない。仲間を守る事はできたし最後の最後で大事な人を傍に取り戻す事はできたのだから。
「だがそれにいつまでも頼ってはいられない。あの戦いで私は人の力というものを学んだつもりだ。どんな人知を越えた強大な力でも人は負けない。だからもう良いんだ」
仲間も同志も今は沢山いる。道は困難でその先にまだ光は見えないが
「お前が一緒なら歩いていけるさ」
「俺はあなたとどこまでも一緒です」
傷ついた掌に誓うように唇が寄せられて初めてロイは望みのものを手に入れた。

・・And they lived happily ever after.

お伽話ならこう括られるだろう。だけど彼等はそうじゃない。見えない先をただ歩みを止めずに進むだけだ。だから
And they walked together ever after.
の方が彼等には相応しいのかもしれない。





本誌で最終回を読んだ時のSSを加筆修正しました。ハボックの足どうしてもロイに治してもらいたかった!でも石ないと通行料払えないしロイの扉だけでハボックの足治せるのかなと思って勝手に裏技作りました。(笑)扉1人分が賢者の石1個と等価とは思えないんですが何となくロイはハボックの足を自分の力で治したいと思ってたんじゃないかと。

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