BlindGame 


 それは真紅を閉じ込めた球体だった。かつて砂漠の神殿に祀られて民の崇拝を受けていた時その赤は生けるがごとく輝き見る者に希望を与えたと伝えられている。だけどそれは遥か昔の事だ。時の流れの中でそれは幾多の人の手の間を渡り彼等の思いによって変ってしまった。身に纏った輝きは薄れはしないがそれは戦火によって死と怨嗟の朱になってしまったのだ。
たった1人の錬金術師の手によって

「東部の様子はどうだね、マスタング大佐」
のんびりとした声が紅茶の香気に包まれた空気を揺らす。隻眼の独裁者は普段その地位から信じられない程愛想が良い。今も人の良さそうな笑みを客人に向けている。
「おかげさまで最近は治安も安定しています」
客の方も秀麗な顔に涼やかな笑みを浮かべてそれに答える。
「それは良いね。やはり平和が一番だよ」
一見和やかな午後のお茶の光景だがスクェアグラスの軍人あたりが見ればこう言うだろう。曰く
『狐と狸の化かし合い。あるいはコブラ対マングースの茶会』
と。それだけ2人の笑顔は胡散臭さ全開でおまけにお互いがそれをしっかり認識してるのだから余計始末が悪い。
「君の所には優秀な部下が揃っているからね。安心して留守を任せられるだろう。どうだねマスタング君ついでにちょっと滞在を伸ばすつもりはないかね。君もセントラルの料理が恋しくなってきたのではないかな?」
「お言葉はありがたいのですが、閣下。安定したと言っても東部はセントラルに比べたらまだまだです。気を緩める訳にはまいりません」
だからあんたの茶飲み相手をしてる暇はないんだと定例会議にやって来た黒髪の大佐はにこやかな笑顔の裏でそう嘯いた。
実際大して実のない会議のためにわざわざセントラルに来ただけでも憂鬱なのにこうして最高権力者と優雅にお茶を飲まなければならないなんて、うんざりだとロイは内心嘆く。
「そうか。残念だなマスタング君。でも最近はセントラルも何かと慌ただしくてな。この間も国立博物館に賊が入って収蔵品が幾つか盗まれたらしい。犯人は今だ逃走中だ」
「博物館?美術館ではなく?それはまた珍しいですね」
黒い眉が綺麗な弧を描く。セントラルにある国立博物館にはロイも何回か行った事はある。恐竜の骨や古代の発掘品など興味深い展示品は多いが金銭的価値はどうだろう。同じ敷地内にある美術館の絵画などの方が価値は高いだろうに賊は博物館を狙ったらしい。そこにどんな意図があったのか。この食えない男が
わざわざこの話題を持ち出したのはどうしてだ?
「何が盗まれたのです、閣下」
ただの茶飲み話ではあるまい。


─中略─

「別れ際にドクターが私に何と言ったか聞いたか、ハボック」
弛緩した身体を逞しい胸にあずけて目をつぶっていたロイが呟くと黒髪を撫でていた手が驚いたように止まる。てっきり眠ってしまったとハボックは思っていたのだ。激務続きのあげくのセックス、手加減したとは言え受け身のロイにはかなりの負担になっただろうに。
「イシュヴァールを忘れるな─か君は忘れる事ができるかね、マスタング大佐。と言ったんだ」
物憂げな声には憂愁の色がある。まだ憂いは晴れないのかとハボックが傷ましげに眉を顰めた時ふっと白い顔が上がりハボックにふわりと微笑みかけて
「けど私は忘れられるんだ、ハボック」
罪を告白するように言う。
「お前達をこうしてる時、抱かれて快楽に溺れている時・・こうやって抱き締められて眠りに落ちる時私はイシュヴァールを忘れている。あの焔と殺戮の日々を」
『ロイ、もう寝ようよ』

─中略─

「ちっ」
右の肩を浅くナイフが切り裂く。全く容赦のないそれにロイの背に冷たい汗が流れた。
「この駄犬!主人の顔を忘れたか」
空中に起こした小さな爆発で相手を後ろに飛ばす。でも相手は絶妙の反射神経で体勢をすぐに立て直すと再び突進してくる。そのスピードにロイの足がついていかなかった。よろめく足はそのままもつれて
「しまった!」
夜露に湿った土に滑り体勢を崩したロイを銀の刃が襲う。振り上げたナイフを掴んだ指に小さな紅い輝きがあった。
「そこか!」
「ぎゃあ!」
ナイフを握った手が焔に包まれた。ナイフを取り落とした男の動きが鈍った隙を狙ってしなやかな足が空を切る。思いきり足を払われて地面に仰向けになった相手に猫のように黒い影が飛びついてまだ熱の残った指から金の指輪を引き抜いた。
「ハボック。私だ!」
必死の呼び掛けに蒼い瞳が見開かれ、そして
「残念、それはダミーだよ。マスタング大佐」

                 

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