昔から人は良いが飄々としてどこか捕らえ所のない男だと思っていた。たまに惚れたはれたと大騒ぎしながらさよならと言われればそこであっさり手を離す─そういう奴だったけれど。
東方に赴任して来た焔の錬金術師と何処で知り合ったか聞いた事ないが着任当初からハボックは大佐になついていた。大佐の方もハボックの扱いを心得ていて、おかげで『イシュヴァールの英雄』という肩書きにビビっていた連中もすんなり大佐の事を受け入れられた。俺もまぁどんなエリート士官が来るかと内心警戒はしていたんだけどな。
「えー頭いいし、度胸はあるし優秀な軍人だけど、でも普通の人だぜ。意外に子供ぽいとこあるし」
それなりに人を見る目はあるあいつがそう言って笑うからそんな気構えも何処かにいってしまったさ。それに
「君の作戦は大胆なようで堅実だ。自軍の被害を最小限にしようと計算してるのが良く判る。そういう人材は貴重だよ」
元々軍に大した期待はしてなかった。けど人よりほんの少し回転が早い頭脳を生かせる職業はこれしかなくて、理想も無くただ職業として軍に入った俺の心の奥底を見透かすような目をしてあの大佐殿は俺に言ったんだ。
「私も自分の部下に損害がでるのは好まん。人は決して使い捨ての道具になってはならない」
俺は内乱には参戦しなかったが西部の国境沿いで実戦は経験した。部下をただの数でしか見ない上官連中を沢山見て現実はこんなものだと諦めていた俺に目を逸らすなとその黒い瞳は語っていて
「諦めるのは易い、だがそれは思考を止めるのと同じ事だ。君だって勝負を途中で投げ出す事は決してしないだろう?どんな事をしても打開策を見つけようとするはずだ。現実もそれと同じだよ。私も自分の勝負を諦めたりはしない─例えゲーム盤そのものをひっくり返す事になっても」
ジョークでしょうと笑えればそこでその話は終わったかも知れない。でも深い輝きを宿した瞳は純粋でそこにあったのは紛れもなく世界を変えようとする意志で。
「・・そうですね、確かに俺も諦めるのは趣味じゃないですよ」
思わずそう答えたのは本心。それ以来彼が具体的な何かを言った事はないけれど目指す先は行動が示した。だから自分もガラにもない忠誠心なんて奴を抱いてしまった。ところがこの腐れ縁の悪友は
「あの人いい人だよ、いまいち判りにくいけど」
「意外に子供っぽいところあるんだぜぇ、ニンジンとブロッコリー俺の皿にこっそりよけてたりしてさ」
おいおいそれは仮にも上官に向かって言う事じゃないだろう、と突っ込みたくなる事をぬかし、揚げ句の果てに
「俺、大佐の事守りたいんだ」
こんな真剣な表情、試験の時だって見た事ないぞって顔でそう言った。こいつの抱く感情は忠誠とか心酔とかどうもそういうのと違うものだといらん事に気がついたのは何時だったか。
ちょっと待てや、お前。それはちょっとまずいんじゃないのと思わず突っ込みそうになったけど冷静に考えれば相手はあの女好きで有名なマスタング大佐だ、まさか相手にする訳ないし奴のもまぁ憧れと忠誠が妙な化学反応起こした結果でいずれボインの彼女ができればキレイに忘れてしまうだろう。傍で余計なおせっかいを焼く必要もないさ─と思っていたのに!
「ハボック、コーヒーを入れてくれ」
「ハボ、市内の視察だ、ついて来い」
何が気に入ったんだか大佐の方もあいつをいつも傍に置くようになった。それはお気に入りの部下というより下僕というか、なにか子供が信頼する相手に我が儘言って困らせるのを楽しんでるみたいで着任当初のエリート士官というイメージは(俺達直属の部下の中においてのみ)キレイに崩壊してしまったのだ。揚げ句の果てに
「良いんだ、こいつは私の犬なんだから」
この世で一番苦手なモノに悪友を例えて言った。そう言われた時奴が浮かべた嬉しそうな苦笑に何というかもうどうにでもなれって気がした。2人の気持ちがどういう種類のもんだかなんて傍で騒いだってしょうがないし、またどうにかなるもんでなし。
ただできるなら2人がそれで傷つく事がないように。悪友と話の判る上司、どっちも俺には大切な存在だ─当人達に言う気はないがね。

「待たせたな、ブレダ少尉。別に問題になる所はないから、このまま憲兵隊に廻せ」
「アイ・サー」
渡された書類をロイがチェックするのにかかった時間はハボックの煙草2本程だろうか。何となくお邪魔虫的な気分を感じていたブレダはそれを受け取ってさっさと執務室を後にするつもりでいたのだが
「・・大分肩凝ってますね、大佐」
書類を手渡そうと顔を上げたロイの首がごきりと盛大な音をたてたのに思わず顔を顰めた。
「ああ、この数時間ずっとこの体勢だからな。最近まともに体を動かしてないし、いい加減身体が固まりそうだよ」
見ろ、肩なんか機械鎧みたいだ。腕を上げれば痛みが走るのだろう、苦笑しながら肩を揉むロイの姿にこんな言葉が出たのはまったくの好意からだった。
「辛そうですね、ああ、ハボお前ちょっと大佐の肩揉んでやれよー。知ってました?あいつマッサージ得意なんですよ。士官学校で格闘教えてた教官が理学療法の資格持ってて、んでそれをあいつに教え込みましてね」
だから遠慮なく・・と続けようとしたところで
ぴきん。
突然空気が変った。
・・え?何?俺なんか悪い事言った?
それまでやや弛緩したまったりした雰囲気だった執務室の空気が突然何と言うか張り詰めたものに変ったのを聡い男は敏感に感じ取る。別に険悪になった訳ではない、ただ自分以外の2人の表情が微妙に変ったのだ。
ロイは何か必死に表情を取り繕ろうと顔を強ばらせていて、緊張のためか目尻がやや赤くなっている。ちらりと後ろを見れば悪友は顔を伏せて盛大に白い煙を量産していて
地雷踏んだか?でも何が?・・っていうかこういう雰囲気昔経験した事あるような。
優秀な頭脳が脳内を高速で検索する。やがて思い当たった事例にブレダは一瞬茶色い目を見開いて
「それでは俺はこれを持って憲兵隊本部に向かいます。おいハボちゃんと大佐の肩マッサージしてやれよー」
それだけ言うと後はもうそそくさと執務室を出ていってしまい
「おい、ブレダ・・」
「ご、御苦労、少尉」
その後姿をどことなく慌てたような声が送った。

「・・なんだかなぁ」
逃げるように廊下に出てしばらく歩いたところでブレダはふーっと息を吐いた。
「さっきまでのあの妙に緊張した空気はどう考えてもアレだ。小学校かなんかで○○ちゃんは××君の事が好きなんだーって天然な奴がいきなり叫んだ時の雰囲気にそっくり」
言われた当人同士はお互いに目線を逸らしとっくにそんな事知っていた級友達はああ、言っちゃったと温い視線をお調子者に向ける・・そんな微妙に緊張した、だけど甘いそんな空気が
「どうして部下と上司の間に漂うんだよ!」
自分が去った後あの執務室でどんな場面が展開されるのか─決して知りたくはないがいずれそんなシーンがが日常茶飯事になるだろう事を聡い少尉は深いため息と共に受け入れるしかなかった。

ブレさんはあれで人の機微に敏感だと思います。でもそこで何する訳でもなく静観するタイプ・・のような。

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