室内を微妙な雰囲気に陥れた犯人がさっさと逃亡をした後、沈黙がその部屋を支配したのは1分ぐらいだろうか。
ぎゅっつと吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて動いたのはハボックの方。
「あー、その気づかなくてすいませんでしたね。大佐。確かにすっごいこってそうだ」
がしがし金髪をかきながら近づく様子はいつもどおりだったけど
「いっ、いや、大した事ないから!気にしなくて構わんよ、ハボック少尉」
いつもは待ってましたとばかりにマッサージさせるロイが遠慮したのは、多分前代未聞の珍事に値する。
大体ブレダに言われるまでもなくハボックのマッサージの腕をロイはとっくに知っていた。きつ過ぎず、緩すぎず辛い所を探り当てて揉みほぐす腕はこいつこれで飯を食っていけると内心感嘆したぐらいでこれまでも密かにたびたびその黄金の指に奉仕させてたのだ。ホークアイ少尉あたりに見つかればあまり部下を私用に使うなとお小言言われそうだからこっそり。そんなロイの遠慮をどうとったのか。ハボックはちょっと苦笑を浮かべて
「今さら何、遠慮してんです?」
「お、おいハボック」
慌てるロイを無視してさっさと背後に回ると問答無用で肩を掴んだ。

「ああ、こりゃ確かにガチガチだ。これは随分と辛かったでしょう。どうして早く俺に言わなかったんです?」
背後でハボックが嘆くがロイにはそれに答える余裕は無い。背中に感じる男の体温に勝手に速度を早めた鼓動が相手に聞こえないかとそればかりが気にかかって
落ち着け・・落ち着け!ロイ・マスタング!ハボックにマッサージしてもらうなんて何時もの事じゃないか!何をそんなに緊張する事がある!
自分を宥めるのに必死だから。
今の私は国軍大佐でこいつは只の部下。それ以上でもそれ以下でもない。マッサージなんて確かに私的な事だけど私が無理強いした訳じゃ無いし、純粋にこれは部下の好意であって・・って好意って何だ好意って!いかん、また頬が熱い・・。恋愛に関して百戦錬磨の私がなんでこんな思いをしなきゃならないんだ!
残念だが黒髪の大佐は知らなかった。百の遊戯も1つの本気には叶わないって事を。
それまでの恋愛はいつでも自分でコントロールできた。仕事が忙しければ会えないのも平気だったし、別れを告げられる事があっても悲しみはほんの一時、後には何も残らない。だけどこの気持ちは違う─こんな気持ちの終わらせ方をロイは知らなくて。
こんな無言のままじゃまずい、ともかく何か言おうと口を開きかけたところでハボックの手が唐突に止まった。
「ハボック?」
振り返れば蒼い瞳に当惑の色が浮かんでいる。
「やっぱり、止めましょうか・・俺に触られると緊張します?」
「ハボ・・」
「ええと、その・・色々ふちらな事やっといて今さらなんですが、俺仕事中には絶対その手ェ出すとかキスしようとかしませんから!その辺はちゃんと弁えているつもりです、心配しないで下さい!」
「はい?」
「大佐の立場が悪くなるような、そんなヤバい事にならないよう気を付けてますので・・いてっ!」
熱心な言葉は急に途切れる。なんとなればロイがいきなり背筋を思いっきり伸ばしたからで、丁度ロイの頭のあたりにあったハボックの顎は強烈な頭突きに見舞われたのと同じ。
「な、何すんスか、大佐〜」
不意打ちに危うく舌を噛む所だったとハボックが抗議するがくるりと振り向いたロイの顔には怒りの色。
「やかましい、駄犬!貴様が主人を愚弄するような事言うからだ!」
「はい?」
心当たりのない非難にハボックは痛みを忘れてその顔を見つめる。
「お前、私が自分の立場のためにお前を避けてたとか思ってるな?」
「えっ、いや、別にそういうつもりじゃないんスですけど・・」
詰問に蒼い瞳が揺らぐ。ロイといわゆるおつき合い状態になった時ハボックが一番に心配したのはこの関係がロイの足を引っ張る事になりかねないという事。たたでさえ敵が多いロイ・マスタングが部下と─なんてこれ以上も無い立派なスキャンダル。ロイのその野望ごと好きになったハボックにしてみればその邪魔になるくらいなら軍から消える覚悟すらしているのだ。だからロイが自分に触れられて緊張するのはもしかしてその事を心配しているのかと。
そういう衝動は確かに自分の中にあるのだから。でも
「それは私がお前の事を信用してないと言ってるのと同じだろうが!」
ハボックを見上げる苛烈な黒い瞳はそんな疑いを綺麗に打ち砕く。そこでようやくハボックはロイの怒りの原因を理解した。ハボックの考えているリスクぐらい当然ロイだって考えない訳はなかった。もし─なんて事想像し最悪の事態だって予想はしたけどそれでも─それに打ち勝つ道はきっとあると思っている。なければ作ればいいだけだしそのリスクを知った上でハボックの告白にロイは応えたのだから。
その覚悟を疑われたのだ怒るのは当たり前。
「すいません、大佐!」
思わず頭を下げればぶつかりそうになるくらい黒い瞳が近くにあって、慌てて顔を上げようとしたハボックの頬をがしっとロイの手が掴む。
「不思議なものだ。お前はぜんぜん変らないのに」
「大佐」
「触れてくる手も煙草の匂いもそれまでと何一つ違わないのに勝手に鼓動が早まる。お前がそれに気付かないように近づかないようにしていたんだがな。可憐な少女じゃあるまいし我ながら滑稽だ」
「どこが滑稽なんスか!」
苦笑して離そうとする手を今度は逃さないとばかりにハボックが捕らえる。
「俺なんか下手にあんたに近づいたら何するか自分でも判らないから、プライベートと仕事の区別も付けられないがっついた男と思われんの嫌だからあんたが辛そうにしてんのに目逸らしたんです。逃げないとか自分で言っときながらホント情けねぇ男でしょ」
我慢できると思っていてもこうして触れればその決心は砂の城並みに脆く危うい。前みたいに抱き締めてはやる相手の鼓動を直に感じたいと思ってしまう。格好付けようとして言った言葉は実行できる訳はなくて情けなさがつのっただけだ。
「・・・情けない男と滑稽な男が2人、一体何をやっているんだろうな」
クスリと黒い瞳が猫の様に細められる。それに誘われたように蒼い瞳が近づいて
「情けなくて滑稽で・・でも俺達には大事な事をやっているんです」
「ハボックにしては言うじゃないか」
じゃあ御褒美下さいとねだればそっとその瞳が閉じられる。

それからファルマン准尉がノックするまで執務室に私語はなかった。

ぐるぐるな2人まだまだ暗中模索状態です。

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