リザ・ホークアイ中尉は秩序を愛する。物事が停滞も遅延もなく予定通り進む事は彼女の望む所だ。とは言っても別に彼女がせっかちと言う訳ではけしてない。予定はちゃんと無理がないよう余裕を持ってたてるしどうしても遅れる事があれば臨機応変に対応を変える。要は結果良ければ全て善しで中途の過程は気にしない。だから同僚のデスクが乱雑であろうともちゃんと仕事してくれれば文句は言わないし煙草の煙だって正直それ程気にしない。ただ何事も限度という物はあって
「・・・それでマスタング大佐、明日提出の書類は一体どのあたりにあるので?」
惰眠を貪った揚げ句重要書類を床一面にばらまくような上司を見逃すつもりはもちろんない。絶対零度と密かに言われる氷の笑みを浮かべれば相手は引きつった顔で突然突風が吹いて吹き飛ばしたなどと言い訳するがそれは綺麗に無視して
「ともかく明日までの書類はきちんとそろえておいて下さいね、番号順にきちんと」
それまでは絶対帰るなと目線で釘を刺して彼女は執務室を出る。背中に泣きそうなため息が聞こえたが有能な副官は振り返りはしなかった。

「困ったものだわ・・」
自分のデスクに戻り卓上のカレンダーを手に取ってホークアイはそっとため息を付いた。午後の日射しは傾きかけて斜になった机の影が長く床に伸びる時刻、同僚達の殆どは外回りだなんだと出払っていて小さく漏れた呟きに応える者はいない。
「それなりに余裕を持って振り分けているのに最近ぎりぎりで提出する書類が増えてしまっているなんて」
イーストシティを束ねる東方司令部、その中心となるロイ・マスタングの仕事は膨大なものだ。予算の編成に人事関係、施設や装備のチェックなど全てに彼のサインがいる。おまけに最高責任者であるグラマン中将は些細な雑事までこちらに押し付けてくるからその白い紙の量は洪水並みだ。もちろん彼の仕事は書類だけじゃない。
イーストシティの治安を維持するためのテロリストの捕縛、武器の密輸、果ては天災によるインフラの復旧と日々やるべき事は山の様にあるのだ。しかも忙しいのを見計らったようにセントラルから特急の仕事が襲ってくる。大概は向こうの怠慢で遅れてくるのに提出期限を過ぎようものなら彼等はすぐに東方のミスと糾弾してくるのだ。半ば嫌がらせのそれを東方のプライドにかけてホークアイは遅らせるつもりはない。
だからこそスケジュールにそった進行が必要なのに
「あの無能」
思わず禁句が口を付く。不幸な事に彼女の上司はそれと全く逆の行動を取る男だった。
「物事が予定通りにいくとは限らないだろう、中尉。だからまぁそんなにきっちりスケジュールなんか組む必要ないよ」
勝手に予定外の外回りに出かけ、ドーナツの袋を抱えて帰って来た上司が詰問する彼女に向かってそう言った時本気で殺意を憶えたとしても誰が彼女を責められよう。一事が万事この通りでロイ・マスタングという男は面倒な書類仕事から逃げるためならその優秀な頭脳をフル回転させるのだ。
「だって東方司令部は優秀な人材の集まりだ。別に食堂に新しい鍋一つ買うのにわざわざ私のサインなんか必要あるまい。皆自分の裁量で動けばいいのさ」
正論だが役所仕事から形式が消える事はない。そんな判り切った事を今さら言っても仕方ないだろう。本気で嫌なら構造改革でも何でもやれば良いと思うのだがそうすると余計仕事が増えるのが判っているからこの男は何もしない。
「仕方ないね、形式とか伝統などは無ければ無いで味気ないないものかも知れない」
ぎりぎりまで粘った揚げ句最後は肩をすくめて仕事にかかるのだがそうすると脅威の集中力で大抵の予定はクリアしてしまうからタチが悪い。
振り回される部下達は良い迷惑だが馴れとは恐ろしいもので今ではもう文句を言う者すら居なくなってしまった。
鋼の意志を持つヘイゼルの瞳の中尉を除いて。
「それにしても最近の大佐は困り者だわ」
煎れなおした紅茶に口をつければすっかり香りは飛んでしまっている。そのせいで意識した煙草の臭いの元は今ここには居ない。ずっと追っていたテロリストの捕縛に成功し早めの帰宅をした男こそホークアイにため息吐かせた原因だった。

「中々あれは面白い犬だろう?」
犬と称される件の男性と初めて会ったのは南部だった。軍内部の裏切りによってアエルゴに拉致された大佐を見事救出したのが犬─つまりジャン・ハボックだ。その男を大佐が手を廻して東部に転属させた時は彼のその力量を買っての事だと思っていた。
飄々として一見やる気のなかさそうな捕らえ所のない雰囲気の若い士官。現場ですら煙を絶やさないヘビースモーカーで上官に対する礼儀はまるでなってない。幾つかの部署を転々としてきたらしいが評価はあまりかんばしくなかった。ただ実戦では実力以上の能力を発揮すると何人かの上官は口をそろえてそう評価していたから上手く扱えば良い手駒になるだろう─くらいの認識しか正直最初はなかったのだ。
「意外に面倒見が良い奴でね。送迎の間に朝食を差し入れてくれるんだ」
全く人の噂はあてにならない。一緒に仕事してみればハボック少尉は意外に真面目で人当たりも良い青年だった。態度はラフだが部下の面倒見も良いし面倒な仕事も難無くこなす。
何より彼はイシュヴァールの英雄の名なんかまるで気にする訳でもなく自然に大佐に接してくるのだ。くだらないジョークを言って笑わせ、受け付け嬢の品定めを持ちかけ揚げ句意中の人を攫われても涙目になって笑う。彼がそうやってくれたから他の人達も大佐を普通に受け入れてくれたのだ。あの礼儀正しい、しかしよそよそしかった冷たいセントラルの職場とそれはなんてかけ離れていたことか。
大佐自身も彼の事を気に入ったようで犬とか駄犬とか言いながらも傍を離さない。それはそれで喜ばしい事だと思う。あの荒野から道無き道を行く事を決意した人を支えてくれる人は1人でも多い方が良い。あの大佐が受け入れるのなおの事。だけど
「あー、その中尉。家の方はちゃんとやっているよ。ああ、ハボックも時々掃除しに・・いや、様子を見くるから」
まさかプライベートにまで入り込んでくるとは!切っ掛けは大佐が無謀にも一人暮らしを始めた事かららしい。彼の家事に関する能力は無いに等しい。ほっておけば食事を忘れ部屋はホコリとカビで暗黒のジャングルと化す。亡くなった父もそうだがどうも錬金術師という連中はそういう能力を何処かへ置いてきてしまうらしい。あの父も鬼気迫る表情で研究に没頭した揚げ句家の中で行き倒れるという失態を何回も起こしたものだ。そんなだから当然1人暮し計画はあっけなく潰えるものと思っていた。ところが家の中で遭難しかけた大佐をハボック少尉が発見し救助犬よろしく助けた事から事態は変った。
「えーっと、俺心配だから時々様子見に行きます。なんていうか、あの人ほっておくと家の中でミイラになりそうだから」
垂れた青い瞳に嘘や媚びの色はない。そこには純粋に大佐の事を案ずる気持ちしかなくて
「・・そうね、申し訳ないけどそうしてくれる?手間のかかる上官で悪いけど」
私にはそれしか言えなかった。ほんの少し・・少しだけ心が痛んだけどそれは仕方のない事だ。女である私が男の上官の私生活に介入する訳にはいかないし、ただでさえ敵が多い大佐に下世話な噂は御法度。だからハボック少尉がそう言い出さなかったら遠からず大佐の気侭な1人暮しはピリオドを打った─いや私が止めさせていただろう、どんな手段を使っても。
それからずっと忠実な少尉は大佐の世話を続けてくれた。顔色が悪いと言っては食堂に引っ張ていき、風邪気味だと気付けば強引に仮眠室に押し込む。それは私が言い出すよりちょっとだけ早くて─その度にチクリと胸が痛んだけれど気付かない振りをするしかなかった。

多分きっと私は気が付いていたのだ。マスタング大佐のハボック少尉を見る瞳の色が他の誰とも違っていた事に。

彼が意識するよりずっと早く。


ホークアイさんのポジションはすごく微妙な感じ。有能な部下で同じ志を抱く同志。過去の痛みを共有し個人的なツつながりもある─でも恋愛関係にあるかといえば多分違う。ある意味一番恋愛から離れた位置に彼女は立ってしまったんではないでしょうか。本人の意志と関わりなく。だからハボックに対する感情も内心複雑じゃないかと妄想中

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