書庫は人影が無かった。だだっ広い部屋に壁の様に立つ書架の列を一つ一つ見て回っても誰もいない。今日は雨だから中庭の昼寝スポットは使えないし、屋上も同じだ。ここにいなければ外の倉庫か仮眠室か−しかしカビ臭い書庫の一番奥、めったに人がこないそこはロイ・マスタング大佐のお気に入りの場所の一つで、よく錬金術の本に埋もれているのを発見された。しかしあの無駄に頭の切れる上司がこんな日にいかにもいそうな場所に素直にいるわけは無いし、もしかしたら新手の場所を開発してるかもしれない。大体待ってるというの本当か?どちらかというとストレス解消のためのかくれんぼじゃないかね。第一確かめるって俺が見捨てるとでも思ってんのか。そこ怒るところなのかと自分に突っ込みつつ、次の捜索ポイントに向かおうとしたハボックは何故か振り返った。
薄暗い書庫の奥は誰もいない。本が痛むからと上の方に開けられた明り取りの窓には分厚いカーテンがひかれ光は入らない。マスタング大佐が透明人間にでもならない限りそこにはいないはずなのだが、どういうわけだか野生のあるいは忠犬の勘は何かを感じたようだ。めったに人がこない場所、それなのに書架用の梯子が一番奥の壁際、窓の下に置いてある。ハボックはその梯子のところに立つと誰もいない虚空に向かって呼びかけた。
「ロイ・マスタング大佐いるのは分かってんスよー。今ならまだ中尉も銃の安全装置外してません。」
カビ臭い空気の中に声は消え、返事は無い。「忠犬の勘を嘗めちゃいけませんや。今すぐ降りてこないとこの梯子外して持ってちゃいますよー。」最後通告とばかりに書架に架かる梯子に手をかけると、ばさりと布がめくれる音と共に薄暗い空間に淡い光が射す。
「そんなことしてみろ、お前の上に飛び下りてやる・・」逆光で表情は見えないが地をはうような不機嫌な声と共にマスタング大佐はカーテンを開けて窓辺に姿を現わした。

「あーあ、もうホコリだらけじゃありませんか、それにしてもよくあんなとこみつけましたね。」
長年掃除もして無い出窓部分に座り込んでいた結果、青の軍服はホコリでブルーグレイに、つややかな黒髪もくすんでしまっている。ぱたぱたとそれを落としながら問うと「ふん、自分の目線より上を見ない奴は気付かないが、いつもカーテンで見えない窓が気になって、書架の上に登ってみたら出窓になってる。高い位置で誰も考えないが棚の上からなら簡単に移れるのさ」
まるでかくれがを自慢する子供みたいな答えが返る。「そんなコト考える閑人はアンタぐらいです。第一あぶないじゃないですか、本棚倒れたらどーすんです。」「学者の探究心といってくれ、ここの書架は頑丈だから大丈夫さ。それにしてもお前よくわかったな。ここなら絶対気が付かないと思ったのに。」「ま、忠犬の勘てやつスかね。」
ぺしり。自慢げな大型犬の頭を大佐は背伸びしてはたいた。「うるさい、大人しく待ってろという主人の言い付けを守れない忠犬があるか」「そのことですがね、大佐」ホコリを払う手がゆっくりと肩を押さえ、蒼い瞳が覗き込む様に近付いてくる。
「その言い付けには従えません、きちんとした理由無しでは。俺はね大佐、帰ってこない御主人をジッと待ってるなんてヤです。ましてや俺の知らない所で怪我なんかされるのも耐えられません。だからどんな所へ行こうと必ず着いていくし絶対離れません。」「絶対に?どんな所でも?」視線を逸らさず縋るようにくどい程確認する人に「ええ、俺はあんただけの忠犬ですから。」と言って、約束とばかりに大型犬はぺろりと主人の鼻をなめた。


それ以降ロイの脱走は減った−ジャン・ハボック少尉がいない時限定で。反対にいる時は前にも増して複雑なところに逃げるようになってもはや完全にかくれんぼだと周囲は思っている。大佐の書類が多い日はハボック少尉は何処かに出張させよう−有能な副官はそう考えている。
そして今日も『何処スか大佐ー』忠犬の声が東方司令部に響く。

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