「マスタング中佐!」
銃を片手に声のした部屋のドアを蹴り飛ばして中に飛び込んだ。まっ先に目に飛び込んだのは部屋中に幾つもある本の山。高級そうなソファーセットの上にも絨毯の上にも革表紙の厚い本が積まれていて、その間には幾つかの段ボール箱が無秩序に置かれている。おかげで前の住人達が居心地よく寛いだであろう応接室は完全に物置きと化していた。冷えきった空気の中には古書特有の黴臭い臭いと微かなブランデーの香りが残っている。
尤もその時のハボックにはそんなことどうでもよかった。彼の目はソファーの下、かろうじて空いているスペースに転がっている毛布に包まれた謎の物体に釘付けになった。毛布の端から見える黒髪に、慌ててそれを抱き起こせば血の気を失った白い頬のロイ・マスタングその人である。
「中佐!」
冷えきっている身体をソファーに横たえ蒼い首筋に手を当て脈を計り、怪我がないか毛布を剥いで身体を確かめる。
どこにも外傷は無いし、脈もやや弱いがしっかりしていてとりあえず命に別状はなさそうだが、ぐったりした身体は何の反応も返さない。
「中佐!中佐!しっかりして下さい。」
パニックを起こしそうになる自分を押さえ込んで、青白い頬を叩き必死に呼び掛けるハボックの目に細い睫毛が微かに震えるのが見えた。それに勇気付けられる様にさらに呼び掛ける。
「大丈夫ですか!苦しいですか?今医者呼んできますからね!」
力のない身体を毛布で包み直して電話に向かおうとすると弱々しい手が縋るように伸びて薄い唇が何かを訴えようと開いた。
微かな声も聞き逃すまいと傾けたハボックの耳に弱々しい声でロイは告げた。
「さ・・寒い、お腹すいた、眠い・・何とかしろ救助犬」
・・・・?それは冬山で遭難する人の三大原因です、マスタング中佐。

「・・・・つまりこういう事ですか?夕べ帰宅してから食事もとらずに、ブランデーを飲んでソファーで本を読んでたらそのまま寝てしまったと。この寒い中暖房もつけずに?」
「スチーム暖房のスイッチはいれたぞ・・そんなに怒る事じゃないだろう?」
こくこくとキッチンにあった唯一の食料(恐ろしい事に野戦用の戦闘糧食のパック)のスープを飲みながら羽布団を身体にもこもこと巻き付けてソファーに座り込んだロイは亀の様に首をすくめた。
「怒ってるんじゃなくて呆れてるんです。疲労した身体ですきっ腹に強いアルコールを入れたらそりゃ倒れるに決まっているっしょ?第一ここの暖房は最初に使う時地下のボイラー室のバルブを開けなきゃダメなんですよ。引っ越しの時に不動産屋からそう説明されませんでした?」
「・・・そんな事忘れた。」
胸はって言う事じゃ無いだろうそれは。
「ホント部屋で遭難するトコだったんですよ。もう少し発見が遅れたら。そういや救助犬て何の事?」
「いや倒れてる間に変な夢見たんだ。仕官学校時代、訓練で冬のブリックス山を雪中行軍した時の夢だ。雪の中に倒れてたら大きな犬が必死になって吠えるんだ。あんまりうるさくてそれで目がさめた。」
俺はセントバーナードですか・・・
「大体この部屋どうしたんです、いくら忙しかったとはいえこれじゃ物置きですよ。おまけにホコリだらけで・・もしかして中佐ここに引っ越してから一度も掃除してないとか・・・。」
いくら何でもそれは無いだろうというハボックの儚い希望を「ない。」の一言であっさり打ち砕いたロイはそれが何かとスープのお代りを要求する。
「中佐セントラルじゃどうしてたんです?」
「あっちじゃ上級士官用の官舎にいた。クリーニングサービスや食堂があって便利だったが本を置くスペースがちょっとな。第一私は13の時から寄宿舎暮しだ。いい加減あきたよ。」
「と言う事はこれが始めての1人暮し?」
「そう言う事だ。だからこの家買ったんじゃないか。ところでスープのお代りが欲しいんだが・・・」
にっこり笑ってカップを差し出すロイにこれまたにっこり笑って受け取ったハボックはその胡乱な笑顔を顔に張り付かせたまま静かに言った。
「上官に言うセリフじゃねぇと思いますが中佐。・・・・
アンタには1人暮しする能力ありません!

ああもう冗談じゃない!−スープを温めながらハボックは心の中で叫んだ。あんな生活能力が無さそうな人が一人暮らしだなんて自殺行為だ。掃除やなんかはいいとしても(いや良くはないんだが)人間は食事をちゃんととらなきゃ活動できないてこと知ってるのだろうか?だってこのキッチンにある懐かしの軍支給の戦闘糧食、野戦タイプ、何でこんなものがここにあるか聞いたら答えはこうだ。
「温めるだけでいいし、ちゃんと1食分に分けて主菜からデザートまで揃ってる。高カロリーだから栄養補給にもいいだろ?」
「しかしあんまりおいしくないっしょ。第一戦争中さんざん食ったじゃないスか。いくら便利でも食欲なんてわかないでしょ?」
「その反対だ、食欲のない時にいいんじゃないか。・・・これ食べる時は食欲がどうとかなんていう余裕は無いんだって身体が憶えているだろう?」
それはつまりそこまで追い詰めないと食事しようって気にならないってことですか?とは聞けなかった。
確かにこの粉っぽいポタージュスープの味は俺だって憶えている。これを食べてる時はたとえ目の前に廃虚が広がろうと−そしてそこにヒトの形がしたものが転がっていようと残すわけにはいかないのだ。そうしないと体力も気力も維持できない。できなければ自分もその風景の一部として地面に横たわる事になる。
それはもう軍人なら身体に叩き込まれた習慣だ。そうするとこの人にとっては食事は弾丸の補給と同じものなのか。それともたまにそうなるだけなのかは解らないが、つまり優先順位は仕事−読書−睡眠−食事ということらしい。それで今までよく平気で生きて来たモンだ。このままで良いとは思えないけどどうすりゃいい?俺は只の部下で友人でも無いし、いわゆるプライヴェートにくちばし突っ込む権利もない。けどほっといたらまた同じ事やらかしそうだ。
そこまで考えてハボックはさっきの様子を思い出したようにブルッと身体を震わせた。床に横たわった血の気のない顔、冷えきった身体。心臓をわし掴みにされるという感覚を初めて実感した瞬間。あんな思いは2度としたく無いし、する気もない。だからプライヴェートにくちばし突っ込む権利はないが、護衛としてその身体を守るという義務はあるはずだ!
心の中でそう叫ぶとスープのお代りを持ってハボックは応接室に戻っていった。




お世話係り決定の瞬間ですね。話に出てくる戦闘糧食いわゆるレ−ションは各国の軍隊ごとに色々特徴があっておもしろいです。アメリストスは軍事国家だからそれなりに美味しいものがあるんでしょうか?次はロイ視点でのお話。

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