全く調子の狂う男だ。何考えてるんだかまるでわからん。せっかくの非番の日を半日潰されたのにまた戻ってくるなんて。
ベッドから落ちた自分を助け起こそうとする男に何しに来たと問えば、夕飯の支度に来ましたと当然の様に返してくる。不様な様子を誤魔化すようにプライベートだ、余計な事はしなくて良いと差し出された手を払えば、俺はアンタの護衛だからアンタの身体を守る義務があるんです。嫌ならちゃんと健康管理して下さい。と筋の通ったようなしかし無茶苦茶な理論を展開して階下のほとんど使ってなかった食堂に案内された。そこには湯気の立つシチューや消化によさそうな料理がならんでおり、その光景に補給切れの私の胃は恥じらいもなく全面降伏をしてしまう。
すでに日はとっぷりと暮れて丸一日寝ていたことにようやく気付いた。睡眠で疲れはある程度回復したがエネルギー切れで力のない身体にまろやかなシチューはゆるやかに染み渡って、ああおいしいと素直に感じた自分に驚いた。
本当に久しぶりだった。御飯がおいしいと思うのも、義務や義理でなく誰かと一緒にテーブルを囲むのも。

「さーて中佐、取りあえずコイツに目ェ通して下さい。」
食事が終わって食後のお茶となった時ハボックはロイを食堂から応接室に案内した。こっちの方が寛げますよ。と言った言葉に嘘はなく今朝まで物置きと化していた部屋はすっかり片付けられ本来の姿に戻っている。おまけに本に埋もれてロイがその存在さえ忘れていた暖炉には暖かな火が燃え夜の冷気から部屋を守っている。あっけにとられたロイに荷物と本を隣の小部屋に移動してざっと掃除しただけッスよ。と事なげに言う男は今だ青い軍服のままで、彼が一度も家に帰ってない事にようやく鈍い上官も気がついたが、さて何と言ってこのボランティアといって云い労働に報いれば良いものか。素直にありがとうと言えるくらいならもう少し楽な人生送ってるな、と内心葛藤している男をお茶冷めますとソファーに座らせた部下は1冊のファイルを手渡して説明を始めた。
「1ページ目はずっとこの家のボイラー関係を管理していた業者です。定期的に点検と燃料補給に来てくれるよう頼んどきました。
2ページ目はこの近所でランドリーサービスと通いのハウスクリーニングをやっている家です。
洗濯物は週一で籠にまとめて出しておけば回収してくれます。ハウスクリーニングは、ま・3日に1回ぐらいですか、中佐のお好きなように決めて下さい。どちらも身元はチエック済みで、軍関係者も利用してるから大丈夫でしょう。
3ページ目は配達してくれる食料品店とケータリングサービスのリスト。丸がついてるのが夜9時までオッケーな貴重な店ッス。あ・勝手とは思いましたがスープとシチューの缶詰め1箱ずつ注文しときました。すくなくともあのレ−ション(糧食)よりはおいしいと思いますよ。頼めば朝に牛乳と焼き立てパンの配達もやってくれるそうです。
4ページ目はここ管理してた不動産屋その他病院なんかのお役立ち電話リストです。・・・
どうしました中佐何か問題ありますか?」
立て板に水といった勢いで説明されるそれらはそれまでロイが解決しようと思ってできなかった諸問題全てでたったの一日でそれを解決した男に思わず年上の威厳も忘れて尊敬の念をこめて叫んだ。
「すごいじゃないか准尉!たった一日でよくそこまでやってくれたな。」
ばしばし背中を叩きながら子供の様に感心するロイに苦笑しながらハボックはちょっとした種明かしをする。
「ホントいうと全部俺って訳じゃないんですよ。ランドリーとハウスクリーニングサービスはホークアイ少尉が手配してくれました。こうなる前に折をみて勧めるつもりだったらしいスよ。」
「・・・彼女に今朝の私の様子を報告したのかね〜。」尋ねる声は一気に落ち込んだ地を這うような声音である。
「いや、疲労から風邪ひいて熱がでたって報告したんですけどねーなんかすっかりお見通しだったみたいできっと困ってるだろうからこれ知らせといて言われたんです。」
慰める様に言うハボックの言葉に嘘はないが真実はちょっと違った。ロイの欠勤の理由を報告したハボックに美人の副官はこう言ったのだ。
「仕方ないわね。どうせ食事抜いた挙げ句にひっくり返ったに違いないわ。悪いけど准尉、これあの生活無能力者に知らせてくれる?それからもう一度同じ事態に陥ったら有無を言わさず軍の官舎に戻ってもらうって伝えてね。」
最後通告とも言えるそれを初めてのシングルライフを楽しもうとしているロイには到底言えずともかく必要最低限な問題は解決しとこうとハボックはあちこち走り回ったのだ。尤も彼にもホークアイ少尉の怒りが本当はロイにではなく今朝の事態を防げなかった彼女自身に向かっているのは解っていた。だからこうも付け加える。
「(怒ってたけど)心配してましたよホークアイ少尉。」
「そうか彼女には迷惑かけてしまったな・・」
「(俺には迷惑かけたと思わないのか!)ともかくこれでちゃんと(1人で)できますよね。このファイルはあそこの電話が置いてあるチェストの引き出しに入れておいて下さいよ。」
そう言う部下の顔にはこれでお役御免だ!大書きしてある様で何故だか急に不愉快になる。そう簡単に逃げられるのもなんだか悔しいし、惜しくもある。第一あのシチューとこれでお別れと言うのもナンだ。だから昔親友によく使った手を試みた。まずちょっと目を伏せて心持ち頼り無さそうな声で言ってみる。
「ありがとうハボック。これからは1人でちゃんとやるよ。・・・でもお前はもう来てくれないのか?」
「はい?」
そしてここで上目使いに見詰めてみる。
「いくらなんでも料理までは急にはできない。毎日デリバリーじゃ栄養だって片寄るよな。それって身体に良くないだろう?」
「あーまーそ−ッスね。じゃ暇な時にでもまた・・」
じーーーーーーーーーーー
「・・・お好きな時に呼んで下さい。料理しにマイリマス。俺の電話番号はそこに書いてありますから・・」
やった!と心の中でガッツポーズしつつそのページを見れば、病院、水道、電話などのリストの一番下に『緊急!24時間対応』ジャン・ハボック宅と書かれている。思わず彼の方を見ると垂れ目の男は恥ずかしそうにしかし嬉しそうに笑っていた。

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あれから何ヶ月か経ったがハボックは言葉どおり呼べばすぐに来てくれる。そうでない時もこちらの体調を見てるのかタイミングよく来てはマメに世話を焼いてくれて気がつけばしっかり自分のプライベートに入り込んでいた。
これは誤算だ。ただ自分に忠実な使い勝手の好い手足となる部下が欲しかっただけなのに。そう思って引き入れた男はいつの間にか自分の中にしっかり居場所を作ってしまった。
これは・・計算に入ってない。

「そんじゃ、俺帰ります。明日は7時に迎えにきますね。」
キッチンをすっかり片付け、明日の朝食の支度までした部下を玄関で見送る。季節は移りそろそろ長かった冬も終わろうとしている。庭に残っている名残りの雪も来週あたりすっかり消えているだろう。
「ああ御苦労。気をつけて帰りたまえ。」
返事の代わりに銜え煙草を上下させてハボックは帰っていった。そのまま門に向かっていく大柄な背中を何となく見詰める。
仕事でもないのに上司の食事を作りに来る部下とそれを何の疑問も持たず受け入れる上司。傍から見れば何処かおかしな関係は変なバランスを保って続いている。
計算外の事柄は修正の必要も感じられずいつしか当たり前の日常となってゆき、果たしてこの先はどうなるのか。

ま・考えても仕方ないなとため息一つついて私は扉を閉じた。




1人暮しは大変です。面倒な雑用が目白押し。だからこのハボみたいな人がいれば
どんなにいいか・・・結構自分の願望入ってます。

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