「・・嘘だろう?」
「嘘じゃねー、あの人本気でプロポーズ受ける気だ・・」
「まじですか?」
「それはまた命知らず・・もとい大胆な」
怒濤の急襲の翌日上司の意向を聞いたマスタング組の面々がたっぷり5分沈黙してから言ったセリフがこれだ。
「で、っでもそれじゃあ、大佐はブリックスに行っちゃうんですか?」
「ってもしかして俺達全員北行か?」
「せっかく東部に戻ってこれたのに・・」
「お前等心配するのはそこかよ!!とういかもっと驚け!」
だんっと机を叩く金髪少尉の目は寝不足で血走っている。昨晩衝撃の告白を聞いてから殆ど一睡もできず朝一番に出勤して仲間達にこのニュースを伝えたというのにどうも反応に温度差があった。
「いやしかしあの大佐ならやりかねんぞ、ハボ」
「驚くには驚きますけど何かまぁ・・ありかも」
「政略結婚というのは政治的駆け引きの有力な手段の1つですからな」
「どうしてそんなに冷静なんだよぉお〜」
そりゃ俺達はただの部下ですから。
嘆く男を温い目で見ながら残りの3人は無言で突っ込む。この金髪男と黒髪の上官が恋人同士であることはもう仲間内では周知の事実だった。死ぬ気でリハビリした男とその復帰を信じて疑わなかった上官は再会後どこか吹っ切れたのか身内の前では互いの関係を隠そうとしなくなった。正直この馬鹿カップルウザイというのが彼等の共通の認識だがそれを声に出す程薄情でもない。
「形式だけなんだろ?中将が家督を相続するための。俺達詳しい話は知らないんだから泣いてねぇで話せ」
真面目に聞いてやるからと悪友が頭を叩いて促すと垂れ目に涙を浮かべた男は渋々夕べのやり取りを話し始めた。

「あんた本気で・・?」
「もちろんだとも、ジャン」
顔色変えた恋人の反応を面白そうに笑いながらまぁ落ち着けとグラスにワインを注ぐが相手はそれに気付いた様子もない。
「これは形式的なものだ。もちろん法的にはきちんとするがそれだけの話。彼女はすぐにブリッグスに戻るし私はここでいつもと変りない生活を送る」
「いやだってロイ」
「もちろん褥を共にする必要もない。御要望があればやぶさかさではないが、それは絶対ないと言い切られてしまったからね」
「でも、その、」
「ああ愛人を何人持とうと気にする必要もないと言われた。子供ができた場合アームストロングの籍に入れるのはまずいが養育費は出すそうだ・・・まぁその可能性も殆どないだろうと笑われたよ。貴様はどうせあの金髪の忠犬を手放す気はないんだろうとね」
さらりと白い手がハボックの頬を撫でる。毛を逆立てた犬をなだめるような仕種に沸騰した頭も冷えるがまだ納得した訳ではない。
「私のメリットはアームストロング家の力、彼女のメリットは家督の相続と一族の安泰。これは立派な等価交換だよ、ハボック。面倒なのは私が婿入りするという事かな。マスタングの名を捨てる訳だが近しい親族はもういない訳だから大した問題じゃない」
「ロイ、でも・・」
「式は5日後の日曜、場所は聖マリア教会だ。警護主任引き受けてくれるな?ハボック」
穏やかに命じる声は恋人ではなく上官のものだ。その声に
「YES,SIR・・」
へたりと尻尾の垂れた犬は従うしかなかった。

「えっでもそれじゃ肝心の跡取りとかどうする・・ってすいません、不しつけな質問で」
「おう、そこの所はどうなってるんだよ、ハボ」
戦火をくぐり抜けた仲間の間に遠慮という文字はない。眼鏡の曹長が引込めようとした話題は悪友の手で差し戻されてしまった。
「なんでも下の妹の次男坊が見込みありそうだから成人したら養子にするつもりらしい。それがダメでも妹2人は子だくさんだから何とかなるだろうって話だ」
「アームストロング中将の妹ってキャスリン嬢以外にもいたのか」
「・・未確認ですが顔も体もアームストロング少佐にそっくりと聞いてます」
「その情報に間違いはない・・俺あそこの家に行った時家族写真見た事ある」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・」
3人の頭の中にどんな想像図が浮かんでるかは神のみぞ知る。ぷかりと浮いた白い煙を全員が空気に溶けて消えていくまで微妙な沈黙がその場を支配しそして
「まぁ、何だ、めでたい話じゃねぇか!」
ばんとハボックの背を叩いてブレダは立ち上がる。
「要は今までと何も変わりはねぇって事だろ?書類にサインする大佐の名前が変わるくらいでさ。どうせあの人の事だから今までと同じマスタング大佐と呼べって言うに違いないぜ。じゃ俺会計部に用事あるんで」
「確かに強力な閨閥と結びつくのは軍の改革を目指す大佐にとってプラスになりますな・・そういえば大佐に資料捜しておくよう頼まれましてましたっけ」
「えっとそのあの何と言ったらいいか・・・あ、僕通信機の修理頼まれてたんだ・・」
これ以上上司と部下のややこしい関係につき合うつもりはないとばかりに戦友達は次々と部屋を出ていってしまいあとに残ったのは苦虫をかみつぶした垂れ目の駄犬だけ。
「・・・めでてぇ話なんかじゃねぇよ、ちくしょー」
薄情な仲間に向ってハボックは呟く。恋人が例え偽装とはいえ結婚することに我慢なんかできる訳もない。
「そりゃー大佐の将来考えれば俺と正式に結婚なんて夢のまた夢だって判っていたさ。けどそれとこれとは話は別だ・・」
アメストリスに同性婚は認められない。ロイが結婚をカードとして交渉にちらつかせてるのも知ってる。でもそれはあくまでポーズだと本人だって言っていたのに。
「なんでああ、あっさり結婚決めちまうんだよ、ロイのバカ〜俺は納得しないぞー!!」
悲しい負け犬の遠吠えが人気のない大部屋に響く。
けどそれを聞いていたのは部屋の家具だけではなかった。

「・・いい加減ハボック少尉で遊ぶのも止めて下さい、マスタング大佐」
窓から響く嘆きに足を止めたヘイゼルの瞳の副官は隣の男を見上げてため息を吐きながら言った。
「すまないね、ホークアイ。でもあいつの泣きそうな目はなんともチャーミングなんだよ」
「しかし使い物にならなくなるのは困ります・・それでどうなさるおつもりです。今の所判ったのはこのぐらいですが・・」
ぱさりと数枚の書類を手渡して鷹の目はきろりと悪童面の上官を睨む。超特急で調べた結果がそこにはあった。
「さてあの女王陛下が何を考えているのか判らなければ動きようもないが・・ふむ。なるほど。やはりあの教会が鍵かな。わざわざイーストシティで式を挙げるなんてどう考えてもおかしい。形式だけなら書類にサインするだけで済むし、アームストロング家としての面子が立たないのであればセントラルで挙式すべきだろう?ホークアイ少佐」
「確かにそうですが、では一体何が中将の目的なんでしょう」
「・・・多分鍵はこれだ」
白い手袋がはまった指先が指すのは長い人名リストの最後のあたり。そこには1人の女性の名が記されていた。

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