数分後。
・・へにゃん。勢いよく振っていた尻尾は力なく垂れる。しょんぼり俯いたまま金色の大型犬は犬用ドアから家の中に戻った。暖かな居間には綺麗に飾り付けられたツリーとついさっきまであった楽しい空気の名残りがあるだけで、ツリーを見上げる青い瞳はじんわりと曇る。
・・約束したのに。今日と明日はずっと一緒にいるって言ったのに。ここのところずーっと忙しくて朝と夜ぐらいしか一緒にいられなかったからとーっても楽しみにしてたのに〜〜〜。くすん。
ぽたりと小さな雫が飾られなかった銀紙の星に落ちた。
ちくしょー。何で人間は仕事ばっかり大事にするんだよー
がしがし。八つ当たりのようにソファのクッションを齧った犬はぶんとそれを放り投げ、空いたソファの上にどっかりと横になった。いじけた青い目が見てたのはツリーの下に置かれた幾つかの箱。綺麗なリボンで飾られたそれを大事そうにそこに置いたのは黒い瞳の御主人様。
「これは明日になったら開けてあげるから」
これはクリスマスプレゼントなんだよ、ジェイ。
そんなのいらない。一緒に居られるのならそれだけで良いのになぁ。
深いため息と共に黒い鼻先は柔らかなソファに沈み込む。ふて寝を決め込んだ犬の耳に3時を知らせる時計の音が聞こえた。

プレゼント、ギフト、贈り物。これはみんな同じ言葉ってのは知ってる。じゃあくりすますぷれぜんとはどこが違うのだろう。この日に贈るプレゼントは何か特別な意味でもあるんだろうか?だって俺にとっては大佐がくれる物はみんなプレゼントだ。美味しい御飯も暖かな寝床も。いや見ると嬉しくなるあの笑顔や柔らかく撫でるあの手の感触こそが一番大事なプレゼントなのに。
・・俺も大佐にプレゼントをあげたいなぁ。貰うばっかじゃなくてさ。あの青いリボンがかかった少し小さな箱はあいつから大佐へのプレゼントだ。そっと気付かれないようにあいつが置いたの俺見てたんだ。あんな風に綺麗なリボンで包んではいってあげたら大佐は喜んでくれるだろうか。
「嬉しいよ、ジェイ。ありがとう」
今まで見た事無い笑顔見せてくれるかな・・でも無理だ。
だって俺は犬だし。買い物なんか出来ないし。まさか盗んでくるわけにもいかないし・・・待てよ。
見上げた先には大きなクリスマスツリー。
大佐はこれをとても楽しそうにそれを飾り付けていたっけ。もっと沢山飾る物があったら喜ぶだろうな。
むくりと身体を起こした大型犬はぱたぱたとドアに向かった。

うーん。無いなぁ。
そろそろ日も陰る時刻の公園の奥。小さな森がある辺りに熱心に地面を嗅ぎ回る金色の影があった。
秋にこの辺に来た時には一杯落ちていたのになぁ。松ぼっくり。
ザクザク。積もった雪をかき分けて鼻を頼りに大型犬は捜すけど中々成果はあがらない。金色の手足ははびっしょり濡れて冷えきっていたがそんなのは気にしないようだ。
あれならツリーの飾りになるって大佐言ってたし。集めてあげればきっと喜ぶと思うんだけどなぁ。
家を抜け出した犬はそうしてここにやってきた。鼻先を雪に埋もれさせ微かな匂いを目当てに雪を掘り返すけど出てきたのは濡れた黒い地面ばかり。そうして
あったぁ!
やっと掘り出したのは小さな松ぼっくりだった。すっかり湿って黒ずんだ。
・・あんまりキレイじゃないなぁ。これあげても大佐喜ぶかな。
もう日が暮れる。せっかく見つけたけどこれじゃあプレゼントにならないと俺ががっくり肩を落とした時だった。
「ホッホッ、ホ−」
妙な笑い声がすぐ上から降ってきて
「メリークリスマス、健気なわんこ」
見上げた俺の目に真っ赤な服を着た変な奴が立っていた。爺さんなのか白い髭を生やして上下赤の変な服着ておまけに白くてでかい袋を担いで
「サンタクロースも知らないのかお前は。全くロイも勉強不足だ」
見覚えのある四角い眼鏡の向こうからオリーブグリーンの瞳がウインクをした。
わう?えーともしかしてヒューズ中佐?
「いーや今日はサンタ・ヒューズだ。これからセントラルの我が家に行くとこなんだが一生懸命な姿を見かけちまってなぁ」
がさごそ白い袋を探った男が取り出したのは淡い光。よく見るとそれは小さな銀の三角形の固まりで
「綺麗だろう。星の欠片だ。プレゼントだお前にやるよ。だから貰った後は自由にしていいぞ」
うわん! じゃあ大佐にあげてもいい?
「もちろんだ。でもいいのか星の欠片なんて滅多に手に入らないものなんだぞ」
確かにそれは今まで見た事ないぐらい綺麗な物だった。淡く透きとおった光に包まれた銀色の欠片。でも俺1人で見るよりは大佐と一緒に見た方がずっと良い。
「良い子だよ、お前さんは。ロイによろしく言っておいてくれ。エリシアちゃんへのプレゼントありがとうって。じゃあな」
わう! え?ちょっと待ってよ。ねえ!
ありがとうも言う暇も無い。赤い姿はすっと俺の前から消えて見上げた空からは微かな鈴の音が響いていた。

深夜になってとうとう白いものが空から落ちてきた。でも寝静まった街の住人はそのささやかな贈り物に気付かないだろう。その白い切片を舞い散らし一台の車が夜の街を行く。
「2時過ぎちまったけど何とか帰れて良かったスね。大佐」
ハンドルを握るのは金髪の軍人。
「ああ、延焼もくい止められたし、幸い工場は休みでけが人は出なかった。原因も結局漏電だったしな」
一時はテロかと思われた火事は結局事故だった。必死に消火に努めたロイ達軍部のおかげで惨事にはならず現場を捜査したハボック達が見つけた証拠のおかげで事件性も無しとなりようやく彼等は休暇に戻る事ができたのだ。
「ジェイは怒ってるだろうか?ハボック」
ぽつんとこぼれた言葉はいつもの強引大佐と違って自信無げだ。
「うーん、あいつも犬にしては我慢強いですからねぇ。きっと判ってくれると思いますよ」
尻尾を振って送りだした姿を2人は見ている。けどその青い目がちょっと潤んでいたのを目敏い男は知っていた。
「まぁちょっとは拗ねるかな。でもあいつも大佐の事大好きだから、大丈夫。・・けど拗ねるのは俺の方かも」
「ハボ?」
後部座席に座るロイには男の表情は見えない。
「だって今まで俺との約束破ったって大佐そんなに落ち込んだ顔した事無いじゃないスかー、ずるいッスよ」
けどバックミラーに映る青い目はいつもより垂れているように見える。その表情がなんとも情けなくて
─いかん、可愛いと思ってしまうじゃないか
「車をとめろ、少尉」
「はい?」
急な命令に何事かとバックミラーを見れば黒髪の上司は悪戯を思い付いた子供の顔をして笑う。
「頭撫でてやるから2分だけ止めろ、ハボ」
急に路肩に寄せられた車が止まってたのは2分だけではすまなかった。

「もう寝てると思うから、静かに入れよハボック」
「アイ・サ−」
深夜の高級住宅街はもうすっかり寝静まって、庭にあるイルミネーションだけが華やかな光を放っている。その静寂を壊さないようそっと足音を忍ばせて2人はドアの鍵を開けた。
「ただいま、ジェイ」
すっかり暗くなった居間のドアを開ければいつもの寝床に丸まる黒い影が見える。だけどそれだけじゃ無くて
「なんだ・・?」
淡い光がその身体の真ん中あたりに見える。それが金色の毛皮を優しく照らしているのも。
「大佐!」
下がってと護衛が言うより早くロイは愛犬の寝床に膝を付く。平和そうに眠る犬が大きな身体を丸めて抱えるようにしているのは小さな光の結晶で
「・・星?」
咄嗟に浮かんだイメージをそのまま言葉にすれば突然その輝きが増した。
ぱぁぁ。ほんの一瞬だった。きらきらと淡い光がロイとハボックを包み込み、暖かな何かが冷えていた身体に静かに沁みていく。小さな子供の頃、綺麗なツリーを見ただけで幸福な気持ちになった。そんな忘れていた感情が一時心に蘇ったような感覚。
『メリークリスマス、親友殿』
聞き馴れた挨拶をロイは確かに聞いたと思う。
「今の一体・・」
光が消えた後には元の暗闇が残る。ハボックがかちりと手近にあったランプのスイッチをひねるとぼんやりとした光の中に犬が抱えていた物の姿が現れた。
「松ぼっくり?何で今頃・・」
それは大きくて立派な形の松ぼっくりだった。ツリーの飾りに売られてるようにつやつやとして微かに清冽な松の香りがした。
「何処からか拾ってきたんスかねぇ。でもさっきの光は一体・・」
一瞬の事とは言えそれは確かにあった事だ。2人して同じ幻を見るなんてあり得ないだろう。でもいつもなら現実的見解を述べる男はこう言った。
「これはジェイからのクリスマスプレゼントなんだ、きっと。御覧この足を。雪の中を掘り返して捜していたんだろう」
指差す先の犬の足は泥だらけでまだ少し湿っていた。それを愛おしそうに撫でると寝ぼけた大型犬はくぅと鳴く。
「さっきの光は健気な犬が起こしたクリスマスの奇蹟・・そういう事スかね」
「ああ・・そうなんだろう」
世の中に奇蹟なんかありえない。いつもはそう言い切る男も素直に部下の言葉に頷くと、眠る犬の鼻先にそっと唇を落とした。
「メリークリスマス、ジェイ。プレゼントをありがとう」
そうして眠る犬を起こさないようにそっと撫でる手は少し震えていた。そのままの姿勢で動かない人は背後で見守る男に静かに語りかける。
「ハボ・・ジャン、私は今まで神に感謝した事無かった。あの砂漠でそんな気持ちはすっかり失ってしまったんだ。でも今私は感謝したい。あんな大罪を侵した人間にさえこんな素晴らしい贈り物を与えてくれた存在があるのなら心から感謝したいんだ。お前と出会えた事、この子と一緒にいられる事、大事な仲間ができた事・・ヒューズと友人になった事、なんて沢山の幸いを私は受けていたんだろう」
「それは俺も同じです。ロイ。あんたと会えた事、こうして抱き締める事ができる事。それらは俺にとって奇蹟にも等しい事なんです」
言葉通りに抱き締めた男は温もりを与えるように身体を密着させながらそっと囁いた。
「毛布を取って来ます。今夜はここで一緒に寝ましょう。目を覚ました相棒があんたにすぐプレゼントを渡せるように」
ベッドに運ぶのもいいがそれでは松ぼっくりは犬と離さなければならない。それよりこうして一緒にいた方がきっと待っていた犬は喜ぶだろう。ハボックの提案にロイは小さく頷いた。

ロイ・マスタング邸のクリスマスツリーは不思議な事に天辺にあるのは星ではない。それは大きな松ぼっくりでそれからロイはずっとツリーの天辺にそれを飾った。そして彼の肩書きがこの国の頂上に立つ事になってからもそれは変る事がなかった。

クリスマスにはファンタジーと唱えながら書いたんですがファンタジーって難しいと改めて認識しました。元ネタはずーっと昔見た『リリオム』というお芝居のワンシーンから。

いつも来てくれる皆様に心ばかりのプレゼントです。どうぞよいお年をお迎え下さいませ。

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