金色の犬

目が覚めたのはやっぱり俺の方が先だった。
今日もあのけたたましく騒いで大佐を起こすあの目覚まし時計に勝ったと思いながら取りあえず俺はベッドから飛び下りる。
寝覚めの1本を口に銜えること数分、今だ深い眠りの底に居る人の静かな寝顔を鑑賞する。黒髪を白いシーツに散らして無心に眠る彼の残り僅かな眠りを守るために息を顰めて体を動かさない様に。
ロイ・マスタング大佐。俺の大事な御主人様。

起きて下さい。
頬に湿った感触が押し付けられ、耳元にふんふんと息が吹きかけられる。
起きて下さい。朝ごはん食べる時間無くなります。
ぐりぐりと押してくる体を避けようと大きな羽枕の下に頭を避難させてなお惰眠を貪ろうとすれば、
無駄な抵抗は止めて下さいよ!大佐!
情け容赦無く枕は奪われ耳元に響く声。
起きないとキスしちゃいますよ〜。
わん!という鳴き声と共に湿った大きな舌が顔中舐めまわすに至ってようやくベッドの上のロイは白旗あげて起き上がり、自分を見つめる青い瞳に朝の挨拶をした。
「おはよう、 ジェイ。今朝も起こしてくれてありがとう。」
目の前にいるのは金色の毛に青い瞳。大きな体でふさふさの尻尾を千切れんばかりに振っている大型の犬だった。
「また朝からそれか?ビーフジャーキーは1日5本までだぞ。」
口の端に残る茶色いそれにちょっと怒った様に言えば、くうんと甘えるように鼻を擦り付けてくる。
可愛いロイの忠犬。金色の大型犬、ジェイ。

「いって来るよ、今日は良いコで留守番しておいで。」
白い手袋をした大佐は、玄関で見送る俺の頭を撫でて、迎えの車に乗り込んだ。それを見送った俺はのっそり立ち上がって通常任務を始める。まず裏庭に廻って不審な物はないか、怪しい人影はないか、得意の鼻と耳を総動員して調べる。
大佐を守るのが俺の役目だから。
前にいた奴と同じで。
もともと俺は野良犬だった。物心ついた時から裏通りで塵を漁り、勝手気侭な生活を送っていた。ただほんの一時、人間に飼われていた時も時もあった。
俺の最初の飼い主はまだ小さくて、満足に餌も漁れず死にかけていた俺を拾ってくれた若い男だった。いつも青い服を着て仕事にいく彼は、ペット禁止(どういう意味だ?)と書かれた狭いアパートで暮していて、幼かった俺に一通りの訓練、いわゆる人間と暮す場合のルールを色々と教えてくれた。
「もうちょっと我慢してくれよ。今度昇進できたらペットOKのもっと広いアパートに移るからな。」
よくそう言って俺の頭をすまなそうに撫でてくれた彼は、ある日帰って来なくなった。その日はなんだかやたら外が騒がしい日で俺ら犬の神経を逆撫でするサイレンがそこら中で鳴り響き、キナ臭いが空気を伝って狭い部屋にいる俺の鼻を刺激した。
そうして彼は帰って来ない。1日2日経って腹を空かせた俺が、床でへばってた時、突然ドアが開き
「本当に良い方でした、立派な軍人さんでしたのにテロに巻き込まれたなんてお気の毒に・・・まぁ!」
目にハンカチあてた太ったおばさんと見た事無い老夫婦が部屋に入って来た時俺は脱兎のごとくその部屋を逃げ出した。他の人に姿を見られちゃダメだと常日頃から彼が言っていたので。
それから暫く俺はそのアパートの傍で野良生活しながら彼を待った。そして風が冷たくなり、石畳がしんしん冷える様になった時馬鹿な俺はようやく気が付いた。
彼は自分を置いて何処に行ってしまったのだ。
これが捨てられるというやつかなと思いながら。
俺はもう少し暖かいねぐらを求めてそこを離れた。

「おはようございます。大佐。これが今日の分の書類です。あら今日は護衛は一緒じゃないんですか。」
東方司令部の一画。ロイ・マスタング大佐の執務室には今朝もコーヒーの香りと共に金髪の副官が1日の仕事を運んでくる。
「おはよう、ホークアイ中尉。今日は彼は非番だよ。たまにはのんびりさせてやった方がいいだろう。」
「大佐のお守は重労働ですものね。」
「む、どういう意味かねそれは。アレの世話をしてるのは私なんだぞ。餌だって水だってちゃんとあげてるよ。」
拗ねたような口ぶりに苦笑する口元。側近である彼女でさえ久しぶりに見たその生きた表情にホークアイはそっと安堵のため息をついた。
ようやく人間らしい表情をする様になった。まだ傷は癒えないけどそれでも笑う事ができるようになった。突然に大事な人を失いやっとその傷が塞がりかけた矢先のあの事件。誰もが腫れ物を扱うような空気の中に飛び込んで来た金色の大型犬に変化を期待したのは私だけじゃ無いはずだ。そうしてゆっくりと大佐は生きる事を思い出し始めた。
それだけでもあの金色の存在に感謝するわ。本当に。

健気なハボワンコが大事な御主人様のためにがんばる話。でもハボロイです。

                 

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