金の大地に金の雨降る


穏やかな温もりと乾いた干し草の匂い。苦味のある馴染みの香り。
それが最初に感じたもの。

遠く微かに響く小鳥のさえずり、子供達の歓声
それが最初に聞こえたもの。

覚醒は穏やかで緩やかだった。肌に感じるシーツは洗いたての木綿らしく少し固かったがたっぷりと太陽の光を浴びたみたいに日向の匂いがしてそれだけでロイの心は安らいだ。自分はもうあの冷たくてカビ臭い絹のシーツに横たわってないのだと判るから。
・・温かい。気持ちいい。
窓が開いているのか少しひんやりとした風が頬を撫でる。それから逃れるようにもそもそと毛布に潜り込もうとしたところで
ウォン!
聞き馴れない鳴声がロイの耳朶をうった。
・・犬?
私はまだ夢の途中なのか。ぼんやりとした視界の向こうに大きな茶色の塊を見付けてロイは思う。だってそれまでの悪夢と今はまるで正反対だ。温かいベッドに遠くに鳥の声、目の前には茶色の大きな犬。
あの悪夢に彩られた世界となんてかけ離れているんだろう。古びた屋敷の中で迷いこんだ過去の悪夢、キメラの襲撃に助けにきたハボック・・ハボックは何処だ?
「ハボック!」
そこで一気に目が覚めた。がばと跳ね起きたロイはそこで自分が見知らぬ場所にいる事に気がつく。
「ここは・・?」
見回す限りそこは始めて見る部屋だ。それ程広くない質素な室内にあるのはロイが横たわっていたベッドに木のクローゼット。ベッドの脇には小振りのチェスト、その上には陶器の水差しとコップ。ベッドのすぐ横にはついさっきまでそこに誰かが座ってたかのように木の椅子が1つ置いてある。その背もたれに掛けられているのはお馴染みの青い軍服で肩には星が1つ。そしてその傍らには
ウォン!
思わず立ち上がろうとしたロイを制した茶色の大きな犬がいる。
「・・えーっと」
じいっとロイ見上げる黒い瞳は穏やかで凶暴なものはまるで感じられない。ちょっと小首を傾げて見守るさまはどうもどこかの誰かを彷佛とさせるて思わずその頭を撫でてやりたい衝動にかられるが、ここがどこかをつきとめるのが先決だろう。
どうやら監禁されてるようでもないし、腕の傷は手当てされている。
随分長く眠っていたのか、あのだるさはもう身体の何処にも残ってはいない。開け放った窓を見ても判るようにそこに悪意は感じられない。
だから外に出れば誰かいるはずだとベッドから足を出そうとした所で
ヲン!
だめですよ、寝てなきゃ。と言わんばかりに三たび犬が吠えたところでどたどたと木の階段を乱暴に昇る足音がして
「目が覚めましたか!大佐!」
扉を蹴り破る勢いで入って来たのはもう1匹の犬・・もといジャン・ハボック少尉だった。


ずっと食べてなかったでしょうと出されたのは柔らかく煮込んだクリームスープのお粥だった。舌に丁度良い具合に冷まされたそれを木のスプーンで口に運びながらロイはハボックの説明に耳を傾ける。
今は午後の10時。あの現場で意識を失ってからほぼ1日眠っていた事になるらしい。
「倒れた大佐を背負って俺、取りあえず村に下りたんですけどね。レンベックには医者がいないんですよ。で憲兵隊から車借りてここに運んだんです」
ここ─つまりハボックの生まれ故郷の村だ。それを聞いた時ロイはある可能性に思い立って一瞬青ざめた。
まさかこの家はハボックの実家では─と。だけど
「あ、安心して下さい。ここは村の医者の家です。爺さんだけど元気だし少しだけど生体系の錬金術も使えるんだ。俺もガキの頃から世話になってたから腕は保証します」
あっさり言われてほっと肩の力を抜く。こんな弱った姿を部下の家族に見せる訳にはいかない。ましてハボックの家族に。
「あの屋敷には」
「ホークアイ中尉が指揮してブレダが警備についてます。焼跡は取りあえず触るなと言っておきました」
「良い判断だ。あそこは錬金術師でなければ検証させるな。地下まで焼いたはずだが何が出てくるか判らん。中尉とは連絡がついたのだな?」
「はい、軍用無線機を憲兵隊・・っても2人しかいませんけど、そこから借りてフュリーに直に話せるようにしてもらいました。機械は下にあるから後で持って来ます。ホークアイ中尉達すぐにこちらに来るつもりだったんですが俺の報告を聞いてひとまず安心したらしく、今は鉄橋の事故現場にいます」
「被害は酷いのか」
自分のせいとは言わないがそれでも無関係とは言えない事故にロイの顔も曇る。
「いいえ。鉄橋は確かに崩壊しましたが、タイミングがずれたらしく汽車が鉄橋にかかる前に崩れ始めたらしいんです。で先頭車両の機関士達が咄嗟にブレーキかけて・・2両目ぐらいまでは橋に乗ったけどすぐには落ちなかった。おかげでギリギリのタイミングだったけど皆避難できたらしいです。後部の乗客もすぐ下りましたから人的被害は皆無だそうです」
「そうか・・よかった」
生体系が専門のあの執事にはやはり物質錬成は馴れなかったのだろう。簡単だと甘くみていたようだが鉄橋のような大きなものをタイミングよく崩壊させるのは相当に熟練が必要だったはずだ。
「ええ、本当に」
ハボックにとってもそれは心からの言葉だ。この事件でこれ以上大事な人が苦しむのを見たくはなかったから。
「それで身体の具合はどうですか?1日中死んだように眠っていたからホント心配しましたよ」
馴染みの医師の話では病人のように極端に体力が落ちた状態だったらしい。だから取りあえず点滴をして体力を回復させるのが一番良いらしかったが側にいるハボックには耐え難い時間だっだ。
夢も見ないのかただ昏々と眠る顔は透き通ったように白く何度その頬に触れて体温を確認したい誘惑に駆られたことか。だけどそうやってずっと付き添っていたのにほんのちょっと目を離した隙にロイが目覚めたなんて抜けた話だ。あの黒い瞳が開く瞬間を誰にも見せたくなかったのに。
「ああ、腕の傷も痛まないし身体のだるさはもうすっかり消えた。それよりお前の方は大丈夫なのか、最後に見た時はかなり怪我をしていただろう?」
キメラに立ち向かった時のハボックは確か右腕を庇うような動きをしていたし、頭にはシャツを破いたらしい布がぞんざいに巻かれていた。あの時はロイにもそれを聞く余裕もなかったが気にはなっていたのだ。そして今もその金髪には白い包帯が巻かれていて微かに朱が滲んでいる。
「俺ッスか?大した事はありませんよ。頭は岩でちょっと切っただけだし、右腕は少し外れただけですぐ自分ではめたし」
ほらもう平気とばかりにぶんぶん腕をふり廻したところで
「そんな事してるとまたすぐはずれるぞ、ハボックの馬鹿息子!」
雷みたいな怒声と共に強烈な拳固が背後からハボックの頭を襲った。

「遺言状」の続きでハボック村登場。色々勝手に捏造します。(笑)

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