翌朝、まだ暗いうちにハボックはドクターラックレーの診療所にロイを迎えに来た。
「お世話になりましたドクター。御親切は忘れません」
節くれだったごつい手をロイはしっかりと握る。
「ふん。医者が患者の面倒を見るのは当たり前だよ、大佐殿。御礼と言うならイーストシティの旨い酒でも送ってくれ。そんなことより戻ったら一度医療系の錬金術師にきちんと診てもらえ。術師としての儂の腕は素人に毛がはえた程度だからな。ま、当分あんまり無理はしない事だ」
ポンポンと肩を叩いた老医師はそうやって患者を送りだすと後ろに控えていた男にも
「あんまりお袋さんに心配をかけるな馬鹿息子、それと大佐殿に迷惑をかけるなよ、ちゃんと言う事きいて仕事しろよ」
と一言、まるで子供に言い聞かせるように言う。言われた方はうんざりとした顔で
「あのなぁ爺さん俺はもうガキじゃないの。余計なお世話だよ」
憎まれ口を叩けば生意気言うんじゃないと上官がその頭を叩く。何すんスかと言いながらそれでもお世話になりましたときっちり頭をさげるあたりにハボックの老医師に対する気持ちが表れている。きっと幾つになっても頭が上がらない相手なんだろう。
足下で尻尾を振る茶色の犬の頭を名残惜しげに撫でてロイとハボックはその診療所を後にした。

「1時間ぐらい走ったら駅に着きます。そこにホークアイ中尉達が待機しているのですいませんがそれまでこのぽんこつで我慢して下さいね」
ガタゴト。道は当然鋪装されてなく、大してスプリングのきいていないシートにハボックは恐縮するように言ったがロイはそれ程ヤワではない。
「軍用ジープで何時間も荒野を走り回るのにくらべれば何の事もないよ、少尉。それよりコレはお前の家のモノだろう?御両親の仕事の迷惑にならないか」
古ぼけた青いトラックは配達用なのだろう。荷台の後ろの部分にはGENERAL STORE HAVOCの文字が良い感じに掠れて書かれてあった。
「どうせ駅には毎朝注文した品物を取りに行かなきゃならないんスよ。後で親爺が義兄のトラクターで行くようになってますから御心配なく。それより後ろのバスケットにコーヒーとか色々入ってます。よければどーぞ」
言われてみれば小振りのバスケットが後ろの座席に鎮座している。そこからかすかに香ばしい香りが立ちのぼっていてロイの嗅覚を刺戟した。何はともあれ食料の確保と言うのはハボック家の家訓らしい。
「お世話になりっぱなしだな。今はいいよ。ドクターの所で熱いお茶とトーストをいただいてきたから」
「見かけによらずマメな爺さんでしょう?奥さんは5年前に死んじまって今はフレッドと2人きりだけどあの診療所をずっと守ってきたんだ。この村にはなくてはならない人なんです」
「その割には態度が悪いぞ、ハボ。大体お前は年長者に対する礼儀がなってない」
「だってあの爺さんいつまでも俺を子供扱いするんですよ?」
「ドクターにすればお前なんかまだまだ子供なんだよ、少尉。納屋の屋根から飛び下りた5歳の時から大した成長はしていないという訳だ・・うわっ」
ガッタン。ハボックが急にブレーキを踏んだせいでロイはあぶなく鼻をダッシュボードにぶつけるところだ。
「あーもう、あのおしゃべり爺さん!何かイロイロ言ってたしょ?」
じとっと垂れた瞳が情けない表情を作る。それににんまりと意地悪っ子の笑みが答えた。
「そうだな・・大した事じゃないが6歳の時村一番の暴れ牛に乗ろうとして跳ね飛ばされた事とか、7歳の時迷い羊を捜して全然見当違いの山に迷いこんだとか、そうそうあの話は面白かったぞ10才の時隣のメアリー嬢のスカートめくって平手打ち喰らった事とか。それと12才の時・・」
「ストップ、ストップ!!もう勘弁して下さいよ〜」
えんえん続く過去の汚点話にとうとう泣きが入る。そのまま気を取り直すつもりで煙草に火を付けた男はげんなりしながら白い煙をはいた。
「ホークアイ中尉とかには秘密にしてて下しさいよ」
「お前の働き次第だな。例えば脱走3回に1回は見逃すとか」
「たぁいさ〜それ俺が中尉に頭打ち抜かれます〜」
エライ人物に弱味を握られたとハボックは嘆く。その耳の垂れた犬そのものの様子にまぁ5回に1回にしてやるよと非情な御主人様は慈悲深い笑みを浮かべた。
トラックはそのままガタゴトと田舎道をひた走り気づけば辺りはすっかり明るくなって何処からかニワトリの朝を告げる声が聞こえる。
「なぁ・・ハボック」
「何スか大佐」
それまでと違う声のトーンにハボックの片眉が上がる。
「ドクターラックレーがアレコレ言うのもお前の事思っての事だ。それは判っているよな」
「ええまぁ」
小さい頃から面倒かけてきた人だ。厳しい事言うのも自分の事を思ってのことだってもちろんハボックは判ってる。
「お前東方司令部に来てからあんまり実家に帰ってないだろう。まぁ仕事の関係もあるから仕方ないが、ドクターは心配しておられた・・お前が村の人間に気を使って帰らないようにしているのではと」
かつて起きたある事件、それがハボックの心に傷となっているのではと老医師は心配しているのだ。
「あーあ、爺さんそんな事まで大佐に話しちゃったんスかー。まったくおしゃべりなんだから。ホント大した事じゃないんですよ」
苦笑する男の顔に嘘は無さそうだ。でもロイの言葉だけですぐ何の話か判るのだからそれだけ記憶に残ってるのだろう。
だからがりがりと金髪をかきながら言う言葉はいまいち歯切れが悪い。
「俺は別に気にしてないんですよ。村の連中だってそうだ。何かを言われた訳じゃなし近所付き合いだって変わりはないし・・大体東部の村で帰還兵がいないとこなんざない。あんな事件どこだって起きてたでしょうよ」
あんな事件─神経を病んだイシュヴァール帰りの兵が錯乱し村人を傷つけようとした。それを同じ帰還兵が止めた。起こったのはたったそれだけで取り押さえられた兵士も大した怪我はしなかったし、襲われた村人には傷1つつかなかった。確かに内乱の帰還兵が多い東部の村では珍しい事件ではないだろう。だけど
「錯乱した兵士は実戦馴れした相手だったそうじゃないか、十代の新兵だったお前が良く勝てたものだ」
「そりゃこっちは必死だったし相手にはハンディもあった。エディンはイシュヴァールで左腕を失ってましたからね・・って爺さんはそこまで話してませんか。錯乱した兵士の名はエディン・カーライル。階級は曹長で長くゲリラ戦専門の部隊にいた男です」
そこでふとハボックの瞳がロイを見た。その何か問いかけるような視線に心あたりのないロイは落ち着かずに瞳を逸らす。
だってこれはハボックの過去の話でロイには関係ない─はずだ。
そんなロイの様子に何を思ったのだろう。ハボックはちらりと腕の時計を見るといきなりハンドルを右に切った。
「ハボック?」
車はそれまでの道を外れ小高い丘に登っていく。どうしたんだと問うロイにハボックはにっこり笑って
「実は時間結構余裕あるんですよ。駅で待つのもいいけどそこの丘の上なら見晴しも良い。今ならバスケットの中身も温かいからそこで休息しましょう。大佐だってトーストだけじゃもたないでしょう?」
魅力的な提案だがハボックが急にそれを言い出したのがロイの気にかかった。たった今まで自分達が話していた事とそれは何か関係があるのだろうか。そう思ったロイはしかしハボックの説明に言葉を失った。
「この話爺さんが言い出さなきゃ俺も話すつもりはなかったんスよ。俺にとってはもう終わった事だし心配する爺さんには悪いけどホント気にもしてないから。でもこうなるとちゃんと話した方が良いかも知れない。爺さんは知らないけどね、この話実は大佐と無関係じゃないんです」



ハボック村の話が楽しくてつい話が長くなります。リーゼンブールとくらべると一体どっちが田舎なんでしょうね。

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