パアッと夜空に光の花が幾つも開く。慎ましやかな村の生活では滅多にない贅沢だがやっと訪れた平和を祝ってのそれは普段の年よりずっと派手だったのだ音も光も。
「何が起きたか想像つくでしょう、大佐」
「ああ」
戦勝パレードの祝砲に一瞬肩を強ばらせた経験があるロイは頷く。傷ついた男の精神の糸はそこでぷっつりと切れてしまったのだろう。
「俺が最初に聞いたのは叫びでした。まるで獣の断末魔のような。声のする方を振り向いた時見たのは頭を抱えて地面にうずくまったままのエディンとその傍に凍り付いたように固まったリジー・・姪の姿です」

何が起きたか考える間はなかった。ただ野生の動物のように体だけが無意識に動いて呆然と立ちすくむ姪っ子を抱きかかえると思いきり横に飛んだその刹那、背中に鋭い熱が走って
「ジャン兄!」
「来るな!」
近づこうとする甥っ子を一喝しながらハボックは小さな体を守るように抱えて自分の家の前庭に転がり込む。
「家に入るんだリジー!」
何が起こったかも判らず震える少女を背に庇いハボックが塀に立て掛けてあったシャベルを手にして振り向いた時獣の叫びと共に襲ってきたのは黒い影。
「イシュヴァール人め!」
「よせ!エディン!俺だよ!」
手放す事ができずいつも持ち歩いていたのだろう、使い込んだコンバットナイフがシャベルの木の柄を鋭くえぐる。小さな木片が火花と共に飛び散りハボックの頬を掠めた。
「目を覚ませ、エディン!俺はイシュヴァール人じゃない!ジャンだよ!ジャン・ハボックだ!」
襲いくる刃はそう叫んでも鈍る気配は微塵もなかった。いやむしろ自分と同じくらいの技量を持つ相手と判断したのか攻撃のスピードは早まった。
「イシュワラの武僧か?俺の戦友を殺しまくった!」
「違う!」
ハボックの叫びに花火の音が重なる。一瞬明るくなる世界でハボックは相手の瞳に宿る狂気を見た。
怖れ、怒り、恐怖─そして殺戮への密かな歓喜。戦場で見慣れたはずのそれにハボックは飲み込まれそうになるのを感じた。

「もう説得は不可能と覚りましたよ。ああなったら多分誰にも正気に返せない。こうなったらなんとか動きを止めるしかないって思いました」
ただ相手の方が戦いに馴れていた。ハボックには繰り出される攻撃を何とか防ぐだけで精一杯でもし彼に両手があったらとっくに殺されていただろう。
「誰も助けてはくれなかったのか」
「無理ッスよ。酔っ払いの喧嘩じゃない、戦闘のプロ同士の戦いだ。もっとも子供達が騒いだせいで近所の連中は駆け付けてはいたんですけどね。皆遠巻きに見守る事しかできなかった」
戦っているハボックには周りを見回す余裕はなかった。でも泣きながら助けを求める子供の声に祭りの会場から幾人もの男達が集まってきたのだ。中には猟銃を抱えた男もいたのだが
「おい、なんとかしろよ。あれじゃジャンが殺されちまう!」
「そんな事いったって動きが早過ぎらァ、へたすりゃジャンの方に当てちまう」
「誰か憲兵隊の連中呼んで来い!早く!」

集まった男達のそんな会話はもちろんハボックには聞こえなかった。戦う彼等2人を見詰める隣人達の瞳に畏怖の光がやがて宿っていった事もだから知らない。
「・・アレは本当にジャンか?」
「戦争には行ったけどずっと後方にいたって言ってたのに」
周囲の人間なぞまるで気にせず戦う2人の姿は平和な村には無縁のものだ。退役した軍人達がいくら戦場の悲惨さを語っても所詮それは自分達とは別世界─はずだった。でも幾つも手傷をおい、血で紅く染まりながらも戦う事を止めない姿は彼等にこれが戦場の日常だと語る。突き付けられたその事実の重さに動く者はなかった。

「俺も必死でしたからね、とにかく相手の動きを止める事しか考えられなかった。正直に言えば俺もイシュヴァールに戻った気がしてましたよ。生き残るためには相手を殺すしかないって」
何度もナイフの刃を受けた木の柄はもう傷だらけできつい一撃を喰らえば折れてしまうだろう。その事に気がついたのか相手の攻撃が1ケ所に集中する。ハボックの唯一の武器がダメになるのも時間の問題だった。次の瞬間その予想通りに鈍い音をたててシャベルの柄が折れてる。無防備になったハボックを狂気の刃が襲い、誰もが次の光景を想像して目をつぶった時だ
「ぎゃあ!」
甲高い悲鳴と共に皆が見たのは彫像のように固まった2人の姿。ナイフを握った腕を振り上げた男のその付け根には深々と折れた木の柄が突き刺さっていた。
「わざと折らせたんです。そうすればきっと油断すると思った。あぶない賭けですがそれしか手はないと思った」
武器を失った相手に動きはつい大振りになる。ハボックの待っていたのはその一瞬。痛みで動きの止まった相手を思いきり蹴り飛ばし衝撃ではじき跳んだナイフを空中で掴むと地面に倒れこんだ相手に敏捷に飛び掛かかる。
狙うは相手の心臓。
「やめて!」
叫んだのはエディンの妻かハボックの姉か判らない。ただその叫びにナイフわずかに狙いのそれたナイフは男の頬を掠め地面に深々と突き刺さった。その鈍い音を最後に沈黙が辺りを支配する。倒れた男は気を失い誰もが凍り付いたように動けなかった中聞こえるのはハボックの荒い呼吸の音だけでそこに
「何しとるんじゃ、2人とも早く手当てをしないと!」
剛胆な老医師が診察鞄片手に駆け寄る。それを合図に全てが一斉に動きだした。担架を運んで来る者、大きなライトを持ち出す者とあたりは騒然とした騒ぎになった。─ナイフを握ったままのハボックの周りを除いては。
「俺も正直周りは殆ど見てなかったんスけどね。傷のせいで意識を失ったエディンの上から退いてその脇でただ座り込んでいただけでした。皆が何を言ってるのかも判らなかったけど目を上げた時周りの連中が俺をどーいう目で見てるかは判りましたよ。ま、仕方ないですけどね」
あんなの見せられちゃと笑う顔を白い手が挟む。
「強がるな、駄犬。そんな尻尾も耳も垂れた顔で笑うな」
「尻尾ってってねぇ、あんたいい加減・・ってちょっと!」
ぐいと引かれた頭ごとロイの腕に抱かれてハボックは離れようともがくけどがっちり抱え込んだ腕は緩まない。
「お前は自分にできる事をやった、それだけだ。誰に恥じる事もないし誰もお前を責めてはいない。人々が恐れたのは戦争の影だ。お前じゃない。絶対にお前じゃないんだよ、ジャン」
「たいさ」
なだめるように繰り返される言葉の中で初めて呼ばれた自分の名に青い瞳が見開かれる。大きな背中をそれこそ怯えた犬を宥めるように撫でる手の感触にハボックは心の底に埋まっていた傷が癒されるのを感じた。

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