Pumpkin Dream

「嫌だ、ハボック。ハロウィンの日に出張なんてとんでもない!」
「嫌ってねぇ、あんた。子供じゃないんだからそんな言い分通じる訳ないの判っているでしょう?」
「・・やだ」
ぎゅっと金色の毛玉に縋り付いた男はそのまま拗ねた様にそっぽを向く。その様子に説得にあたっていた部下はあーあとため息を吐いて自分と同じ色の瞳に視線を合わせた。
うー。
低く怒った様に唸る相手の意図は言葉にするよりはっきりしていて
大佐を苛めるなよ!可哀想じゃないか。
どこまでも主人思いの忠犬はもう一度低く唸った。

カエデの葉が赤くなって辺りに散らばり石畳を歩く俺の足にはいつもより冷たい石の感触。空はずーっと高くなって雲は白い糸みたいに細くなった。そうして家々には変な顔をしたカボチャが幾つも置かれるようになる。
今年もかぼちゃ祭りの季節がやって来たのだ。
「今年はどんな仮装にしようか?ジェイ」
かさかさ枯れ葉を踏みながら大佐はとても楽しそうに俺に聞く。
わん。 えーっと、まぁ大佐の好きにしていい・・よ。
「去年は正統派だったからなぁ。魔女帽子にカボチャのリュック。今年はもう少しひねった方がいいだろう?」
ぅわう。 俺去年と同じで良いよう〜。
人間でいえば引きつった笑顔というやつを浮かべてる俺に気付かず大佐は角はどうだとか羽根も良いなとかぶつぶつ続けている。それは仕事してるよりずーっと、ずーっと熱心で俺は逃れられない運命と言うやつをひしひしと感じていた。
ところが
「10月31日セントラルで各方面司令部の代表者会議が行われます。大佐には東方司令部代表として出席して欲しいとグラマン中将がおっしゃいました」
「・・・・」
そう司令部でホークアイ中尉が言った時たっぷり3秒大佐は固まっていて視線はカレンダーに釘付けだった。そこにはでっかいカボチャの絵が描いてあって
「・・それは決定事項なのかね、ホークアイ中尉」
地をはうような低い声に俺はびっくりしてようやくそれがカボチャ祭りの日だと知った。
「完全に決定で絶対に変更不可能な確定事項です」
まけじと中尉の声も低く、あたりにはなんだかおどろおどろしい空気が立ちこめ俺の毛は逆立った。そのまま2人は無言で睨み合い、俺の尻尾は無意識に縮こまる。やがて
「・・判った、スケジュールの調整を頼む。中尉。なるべく早くここに帰れるよう無駄な行事は一切省いてくれたまえ」
「アイ・サー」
普段と変り無い声に戻った2人に、ああ良かった、何だか良く判らないけど喧嘩?は終わったんだと思った俺は甘い。
大変なのはその後だったのだ。

「何だって私が大事なハロウィンの日に出張なんかしなきゃいけないんだ!大体誰だその日に下らん会議を開くなんて決めたのは!あのスケベ眼帯親父が!」
「しー大佐声がでかいっスよ・・」
家に帰ってからずっとハボックは荒れるロイをなだめるのにかかりきりだった。こうなる事を予測した切れ者中尉はハボックとロイをさっさと定時に帰らせ被害を最小で食い止めた。割り食ったのは怒れるロイ大魔神をなだめるための生贄とされた犬2匹。
「スケベ親父はともかく会議サボる訳にはいかんでしょう?帰って来たら腕によりをかけて俺がハロウィンスペシャルディナーを作りますからそれで我慢して下さい。翌日は休日にしておくと中尉も言ってたし」
そうなのだ。別にホークアイ中尉だって意地悪でこの出張を言い付けた訳では無い。彼女だって何とかこの会議には別の人間を送れないかと他の部署と折衝を重ねてはいたのだ。それはロイも判ってはいるだろう。
「ジェイの仮装が見れない。せっかく今年は可愛く天使風の衣装にしたのに」
部屋の隅に置かれた犬模様の包みはロイ行きつけのペットショップのものだ。中には白いフワフワの犬用コートに御丁寧に背中に小さな羽がついた物が入っている。これをロイが買った時着る本犬は最早諦めの表情を浮かべて遠い目をしていたのをハボックは知っている。

健気な奴だぜ、まったく。

「それもその晩に着せれば良いでしょう?こいつだってちゃんと待っててくれますよ」
「そんなのハロウィンの晩じゃなきゃ意味無いだろう?なージェイ」
再びそっぽを向く子供にハボックは万策尽きたと頭を抱えた。このままロイをセントラルに行かせたら何処でどんな爆弾発言をやらかすか判らない。がハボックは少し不思議だった。何故ロイはそこまでハロウィンに執着するのだろう。いくら馬鹿飼い主と言っても別にハロウィンだけを特別にする理由にはならないのでは?
おっかしーよな。大体昔はハロウィンなんて俺が言わなきゃ気付かないくらいだったのに。クリスマスもニューイヤーも女の子とのデートの添え物レベルとしか思って無かったはずだったよなぁ。
「ハロウィンは来年もやって来ます。何でそんなに執着するんです、大佐」
ぎゅっと犬にしがみつくロイの背中をなだめる様に擦るとぱしと手は振り払われる。苦笑しながらそれでもハボックは離れず隣に座り込んだ。すると明後日の方向を向いた背中がぽつりと呟く。
「でも今年のハロウィンは一回しかないんだ。思い出だってそうだろう?」
思い出。その言葉にハボックはふっとスクェアグラスの中佐との会話を思い出した。

それはロイとハボックがいわゆる進行形の真只中に居た頃の事。何でか3人で飲んで真っ先にロイが潰れその寝顔を肴に2人で交した会話だった。季節は丁度今と同じハロウィン間近、店の中にはカボチャのランタンが飾られていた。
「でも大佐って何でも知ってるのに変な事知らないっスね〜。あのカボチャ見て「最近いろんなとこで見かけるがアレは何だハボック」って俺に聞くんスよ」
「おーあいつにゃ知識はあるが常識と良識は無いぞ。・・まぁあのカボチャの事はしょーが無い。ロイのせいじゃないさ」
そう言って寝こける親友をみるオリーブグリーンの瞳は優しかった。その視線にまだはっきりロイの心を掴みかねていたハボックの胸はズキリと傷む。そんなハボックの心を見透かした様に男は笑いそして静かに語り始めた。
「こいつは部下のお前さんにゃ関係ない話だ。でも多分お前さんはそれだけじゃ嫌なんだろう?だから話すんだ。あいつにゃ黙っておけよ」
「・・はい」
「あいつに無いものはもう一つある。・・いわゆる子供時代の思い出って奴だ。それもホントに平凡な」

ロイは子供の頃に両親を事故で亡くした。そして伯父夫婦に引き取られたんだがこれがちょっと問題有りでな。
いや別に虐待されたとかそーいうんじゃ無い。俺も詳しく聞いた訳じゃないから半分推測なんだがどおも子供の育て方が良く判らなかったみたいでなぁ。
真面目で良い人らしかったがいかんせん真面目過ぎた。まぁ厳格と言う上に引き取ったロイを立派に育て上げなければという使命感もあった。立派ってのはこの場合将来人の上に立つ様な人間て事で。
初等教育は家庭教師。休日は音楽鑑賞、美術館とおよそ子供には縁のない所に連れていかれ、外に出れば乗馬の稽古。近所の子供と転げ回って遊ぶなんてもってのほか。
またあいつがそれに不満を言わなかったってのもまずかった。けど幼い頃からずーっとその生活じゃなぁ。それが普通だと思っちまうだろ?
ハロウィンのような子供じみたお祭りなどは無視され、カーニバルが来た事も知らされない。クリスマスはミサと会食で終わりプレゼントは高価だが楽しい物では無かった。美しいツリーはあったが飾るのは女中の仕事で小さな子供は触らせてももらえない。
そんなんだからなぁ。あいつにはハロウィンで仮装した経験も、川で魚釣った思い出も、雪合戦した後のホットアップルサイダーの味も無いんだよ。あのカボチャがジャック・オー・ランタンなんて言う名前だって事すら知らないだろうよ。
「‥‥俺の子供の頃の話、大佐よく聞いてくるんスよね。こんな普通の話どこが面白いだって思ってましたけど、でもとても嬉しそうに聞くんです」
「ああ。あいつも言ってた。お前の思い出は宝箱みたいだって。楽しくて聞くだけで自分も体験したように感じるってな」

そうか。
とハボックはやっとロイの気持ちに気が付いた。こだわってるのはハロウィンじゃ無く思い出なんだ、と。
大佐はこの相棒を自分の家族と思ってる。だからまだ若いこの犬がいろんな事を体験して沢山の思い出を持てる様にしたいんだ。
自分にはできなかった。それは仕方の無い事で、俺はもう持っている。でもこの犬は違う。

妬けるね、まったく。

「・・俺だって大佐とのハロウィンは一年に一回しかありませんよ」
そっと抱える犬ごとロイを抱き締める。静かに耳元に囁く声に返事は無いが拒絶も無かった。こちらを見ている金色の犬も問うような視線を送るだけで吠えはしない。
ここは任せるよ。
そんな声が聞こえたような気がした。
「こうしませんか?今年のハロウィンは夢の中で会うんです」
「夢?」
わん?
ごつい男の似合わぬ言葉にロイはそれまでの怒りも忘れてきょとんと問う。
「俺の村にあったまじないなんですけどね。ハロウィンの夜、寝る時靴をT字に脱いで後ろ向きのまま一言も口をきかないでベッドに入るなら夢の中で愛しい人に会えるって。だから俺はここで大佐はセントラルで、これをハロウィンの晩やってみましょうよ。きっと夢の中で会う事ができます」
「ジェイはどうする。この子が一緒じゃなきゃヤダぞ。私は」
「うーん。犬は靴履かないっスね。でも俺と一緒に寝れば平気じゃないスか?責任持って俺が連れて来ますよ、あんたの夢に」
にっこり笑う垂れた目にはここには無い蒼い空がある。それに何より弱い男は渋々白旗を上げた。
「・・ちゃんと連れて来いよ。ハボック」
ええ必ず。返事の代わりにぎゅっと腕に力を入れるとようやく機嫌のなおった御主人様は腕を後ろに廻してわしわしと金の頭を撫でてくる。そのままロイは2匹の大型犬に挟まれてその暖かさを堪能した。

数日後。
「いいか、相棒。寝室入ったら一言も吠えちゃだめだ。ワンもクゥも無しだぞ」
駅で大佐を見送った次の日、家にやって来たあいつは寝る前に俺にこう言い聞かせてくる。
「それとベッドに上がるのは後ろ向きな。そう今日は俺と一緒に寝るの、大佐のベッドで。んな顔すんなって。そうすれば夢の中で大佐に会えるんだから」
わう。ホントーかよ、それ。犬の俺が言うのもなんだがヒカガクテキ(胡散臭い話を大佐はこう言う)じゃないのかなぁ。
「良いんだよ。気は心ってな。こーゆーのは思い込みが大事なんだ。お前だって大佐に会いたいだろう?」
わん!そりゃもちろん。大佐が居ないのは淋しいし悲しい。シゴトっていうのが大事なのは知ってるけどほんとは何時だって一緒に居たいんだ。俺の望みはそれだけ。ほんとにそれだけだよ。
「判ってるって、お前が大佐の事思ってるのはちゃんと伝わってるよ。だからこれからも一緒に行こうぜ」
夏の宵も、春の朝も、秋の夕べも、冬の午後も共に過ごしいつかあの素直じゃ無い大事な人が自分の思い出もたくさんの宝石が詰った宝箱なんだ思える様に。
なぁ、相棒と俺の頭を撫でるあいつに俺はこっくり頷いた。あいつの話は難しくてちょっと判らないけど大佐を思う気持ちは判ったから。
・・・オモイデってなんなんだろう?それ触れるのかな、綺麗なのかな。よく判らないけどそれが沢山あると大佐が喜ぶなら俺、それ集めるよ。それで前のかぼちゃ祭りの時みたいにはいって大佐に上げるんだ。そうだどうやって集めるのか夢で会えたら大佐に聞こう。夢の中ならもしかしたら話ができるかも知れないから。

1歩、2歩、3歩‥ゆっくり後ろ向きでベッドに上がった男と犬はそのまま無言でしばらくごそごそしていたが
やがて男は犬の頭を一つ撫でるとそのままサイドテーブルのランプを消した。

ハロウィンの夜。外は冷たい風が吹き荒れ、形の無いひそやかな影が夜空を翔る。もしその中の一つが家に入れてと
窓を覗き込んだらこんな光景を見ただろう。
イーストシティでは金髪の男と金色の犬が、遠くセントラルでは黒髪の大佐が。とても幸せそうな、まるで子供が
遊んでいる時みたいに楽しそうな寝顔で眠っているのを。


ハロウィン企画ハボワンコ物。今年はちょっとせつない系となりました。話の中に出てくるまじないはイギリスのものです。正確にはなにか決まり文句を唱えるのですが忘れました。そしてホントは夢に出てくるのは未来の夫です。彼等が見た夢の話はまた何処かで書くつもりです。このままサイトを御覧になる方は右の、トップに戻る方は左のボタンを押して下さい。

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