a Kind of Magic!

Trick or Treat! Trick or Treat!
黄昏の中に子供達の声が響く。秘密の知らせが書かれた木の葉が中を舞い、オレンジのランタンは声なき笑いを風の音と一緒に響かせる。生者と死者の境界が曖昧になるこの一夜、金色の犬達を従えた黒髪の魔法使いは闇より現れて子供達に焔の神秘を見せるのだ。

「素晴らしい!」
支度の整った1人と1匹を見て黒髪の大佐は感嘆の声を上げた。その予想通りの反応に同じ蒼い目、金色の毛並みのコンビは思わずそっとため息を吐く。彼等の愛しい人は時にとんでもなく少女趣味に走る事があって、今日は1年に1度彼がそれを爆発させる日─ハロウィンなのだ。いつもなら犠牲になるのは金色の犬1匹だけだが今年は何故か人型の犬─金髪、垂れ目の少尉までもが巻き添えを食っている。
それにはこんな事情があった。

練兵場の落ち葉がすっかり黄色くなったある日の午後、東方司令部を束ねるロイ・マスタングの執務室を1人の婦人が訪れたのがそもそもの始まり。
「お忙しいところ時間を割いて下さって本当にありがとうございます、マスタング大佐」
見た所は「お母さん」というイメージがぴったりな中年の御夫人。胴も腕もどっしりとして貫禄十分だがエクボのある笑顔は快活そのもの。きっと白いエプロンにシチュー鍋を持った姿が一番似合うだろう彼女が纏っているのはお馴染みの青い軍服だ。肩ひもないところから事務職と思われる彼女をロイはにこやかに迎える。
「どういたしまして、イデューナ・ビョルク大尉、あなたこそ東方司令部の広報を一手に引き受けて休む間もないと聞いていますよ。あなたのそのバイタリティは尊敬に値します」
「ま、相変わらず女性にはまめでいらっしゃる」
東方一女たらしの微笑みも親子並みに年の離れた女性には効かないらしい。軽くかわされてロイは今度こそ素で笑った。セントラルにいる誰かを思い出しながら。
「それはさておき、今日伺ったのは他でもありません。マスタング大佐にぜひ御協力して頂きたい事があるんです」
と本題を切り出した彼女がテーブルの上に拡げたのは一枚のポスター。一面にゴーストや狼男、ジャックランタンなどのイラストが描かれたその真ん中に踊る文字は
「HALLOWEEN PARTY・・?」
「そうです、もうあと2週間程でハロウィーンです。東方司令部としては毎年この日、孤児院などにお菓子を持っていくなどの活動をしていましたが、今年はもう少し盛大にイースト・ホームでちょっとしたパーティを企画したんです。幸い予算も採れましたし何より子供達は喜ぶでしょう」
その孤児院は国営で当然ながら軍関係の子供が多くいる所だ。内乱の傷跡が残る東部には親を戦火で失った子供は沢山いて、彼等の両親を奪ったせめての罪滅ぼしに軍も何かと援助している。
「それは素晴らしい。ハロウィーンは子供達のお祭りだ。ぜひとも楽しい1日を過ごしてほしい。もちろん部下達にもぜひお手伝いさせましょう」
幸いうちにはそれ程ごついのはいないから・・とロイが続けたところで相手はにっこり笑ってテーブルの下を指差した。
「いえ、私達が欲しいのは彼なんです」
ふっくらとした指先の向こうにはフサフサの金色の固まりが青いクッションの上でのったりと寝そべっていて。
わぅ?
自分が話題になってるのに気がついたのかそこで眠っていた彼─ロイ・マスタングの愛犬ジェイ眠そうな蒼い目をこちらに向けた。

「前のハロウィーンで仮装した彼を見た事あったのでこれだって思ったの」
テーブルに拡げながらお客様と大佐は熱心に話しあっている。時折視線がこっちを向くから話題になってるらしい俺が話題になってるのは判るけど・・・背中にざわざわした感じがするのは何故だ?
「私の家に園芸用の小さな引き車があってね。それを綺麗に飾り付けてそこにカボチャやお菓子を一杯乗せて彼に引いて貰って子供達にお菓子を配ろうと思うの。ただあげるよりずっとと子供達も喜ぶでしょう。ホームではペットは飼えないし、彼は大きいけどとても大人しい様だから小さい子に囲まれても吠えたりしないでしょう?」
小さい子?そりゃ向こうが手を出さなきゃ吠えたりしないけどさー。正直子供って苦手さ。いきなり尻尾引っぱったりするんだもの。
「もちろん!ジェイは優しくて賢い犬だから決して子供に吠えたりしませんそれに彼は子供好きですから、喜んでお手伝いしますよ。なぁジェイ」
うゎう。ちょ、ちょっと大佐何勝手に決めちゃうの!
「ほら、任せてくれって言っている。当日の衣装は私が責任持って用意します。うんと愛らしくハロウィンにふさわしい子供が喜ぶような犬に仕立ててみせますよ」
わーう!あのさぁ、俺の意見とか聞いてくれない訳!
黒い瞳をキラキラさせて宣言する大佐にオレの抗議のうなり声は届くはずもない。
「御協力感謝しますわ、マスタング大佐。きっと素晴らしいハロウィンになるでしょう!」
何故かすっかり意気投合した2人に俺の声なんか届くはずもない。魔女風にするとか、いや天使が好いとか、白いレースはどうかとか不吉な単語が乱れ飛ぶ会話に俺の背中の毛は思いきり逆立ったけど─多分運命ってやつには誰も逆らえないんだ。

「それでどうして俺まで巻き添えを食わなきゃならないんです?」
すっかり晴れたハロウィン当日。何も知らされずに執務室に呼ばれた金髪の少尉は上官命令と言われてなんの抵抗もできず上司の言うがままに手渡された衣装を身に付け─そうして憮然とした顔で上官に問う。
「だってジェイを1人で行かす訳にもいかないだろう?もちろんあの子は賢いから私がいなくても立派に役目を果たせるさ。でのやっぱりお目付役は必要だ。それに犬は多い方が子供達も喜ぶ」
「・・あんた楽しんでますね」
特注のフサフサの金の耳と尻尾に革の首輪、何故か黒ベストに白いワイシャツ黒マント。
職権濫用なんのその。一度はやらせてみたいと思っていたどこがお子様向けと突っ込みたくなるような恋人のコスプレにロイは満足げに目を細める。その足下にはでっかいカボチャ型魔女帽子を被った犬が視線を余所に飛ばしている。背中には黒いピンとした翼が付いて首輪にはこれまたカボチャのぬいぐるみ。
「もちろん。ああ、お前の衣装も特別に作らせたオーダーメイドだから汚すんじゃないぞ。その耳のリアルな感じなんか素晴らしいだろう。手触りだって最高だ。ジェイの衣装の方は正統派にしてみた。やはり子供には正しいハロウィンを見せてあげなくては」
「正しいって何です、正しいって。第一何であんたは来ないの」
わん。そーだよー大佐だけ普通なんてずるい!
てっきりカメラ片手に同行すると思いきや、彼等の飼い主は今日は執務室におこもりと言う。溜まりたまった書類の山に冷徹な魔女がブリザードを巻き起こしかねないんだとロイは苦笑してハボックの尻尾を撫でた。
「ま、今日は寝るまでこの姿だから。家に帰った後ゆっくり観賞させてもらうさ。お前は手伝いが終わったらジェイを連れて直帰、ハロウィン・スペシャル・ディナーを作って私の帰りを待てよ。2匹とも」
「そんな〜」
わーぅ。夜までこのカッコでいなきゃいけないの〜
「上官命令!」
横暴な御主人は2匹の犬の抗議なんか聞かない。さぁ行っておいでと引導を渡して書類に戻ってしまう。

にっこり笑ったその笑顔に一瞬影が走った事に忠犬達は気が付いただろうか。

「変だな・・」
廊下を歩きながらハボックは耳付きの頭を傾げる。仮装した男と犬1匹、司令部の廊下では目立つ事この上ないが皆今日が何の日だか知ってるからああ。そうかと温い目で見られるだけだ。
「あの、大佐がこんなイベントに来ない訳ないんだ。例え仕事が溜っていたってきっと抜け出すに決まっているのに」
ヒマがないなら作ればいいと普段から豪語するロイだ。ほんの1時間かそこらの空き時間ぐらい余裕でひねり出す事もできるのに行かないとハボックに言う。その場にホークアイ中尉の姿はなかったのに、だ。
「なぁ変だよな、相棒」
わん!そうだね、いつもの大佐ならきっと一緒に行くって言うと思うけど。
とっとっとっとハボックの歩幅に合わせてやや小走りの犬も同意をするように吠える。それに合わせて頭をすっかり被ったカボチャ型帽子が重たげに揺れた。
「ま、きっと我慢できなくなってこっそり抜け出してくるに決まっているさ。と、俺ブレダに今日の事言っておかないと。一応俺の隊の事も頼んでおいといた方がいいだろうし。悪い相棒お前は先に車の所で待っててくれよ」
悪友のブレダは犬が苦手だからこのまま連れて行くのはまずい。なんでも小さい頃追い掛けられたのがトラウマになってるらしいが本人曰く身体が反応してしまうだけで決してこの金色の犬を嫌悪してる訳ではないと酒の席でハボックにこっそりブレダは告げた事がある。自分の態度に賢い犬が傷ついたら申し訳ないと。
わう。はい、はい。じゃあ俺は外で待ってる。
気にしないよとばかりに尻尾を一振り、大型犬は駐車場の方へ走って行きハボックは大部屋のドアを開ける。
「わぁ、ハボック少尉お似合いですね」
「狼男にしては耳が垂れてますな」
「お前、その姿なら1メートル以上は離れていろ」
「あら、ブレさんたらつれないのねー。」
「ぎゃああ!!」
ハボックの仮装で大部屋もすっかりお祭り気分だ。それ以上近づくなと喚く悪友に何とか後を頼んでさて行くかと最後の一服に火を着けて廊下に出た時前を歩く小柄な姿が目に入った。
「ホークアイ中尉!」
「あら少尉、まだ出発してなかったの?」
数冊のファイルを抱えた金髪の副官は犬耳姿の部下に彼女の小さな愛犬を思い出して引き締まった口元を緩めた。
「今から行くとこなんですけど、その、今日の大佐の仕事ってそんなに大変でしたっけ?」
「いいえ、それ程ではないわ。1時間ぐらいなら外に出る余裕あるわよ」
「そっスか・・」
「・・訳があるのよ、大佐がイースト・ホームに行かないのは」
ハボックの表情で彼が何を聞きたいのか鋭い鷹の目はすぐに察したのだろう。目線で彼を無人の部屋に誘うと静かに語りはじめた。

「あのホームには軍人の子供達が沢山いるでしょう?元々あそこはもっと規模が小さい施設だったのが内乱で家を失った子供達を収容するために政府が今のように規模を拡大したの。だからイシュヴァールで親を無くした子供が殆どなのよ。父親が戦死して、母親も病に倒れたとか両親とも軍人だったとか色々あるけどね」
そこまでならハボックも知ってはいた。イシュヴァールに一番近い軍事拠点がこのイーストシティなのだ。戦死者の数は他の地域よりずっと多いし孤児になった子達だって珍しくも無い。
「毎年、内乱終結記念日にはあそこから何人かの子供達が献花にやってくるのセレモニーの一環としてね。あれは・・そう大佐が東部に赴任して初めての式典だったかしら。式典が終わった後、式に参加した子供の1人が大佐の所に来て言ったの。『どうして私のパパを連れ帰ってくれなかったの』って」
内乱終結は秋だった。今のように枯れ葉が舞い散り、大気が澄み渡って硬質な青い空がやけにきれいだったその日、お仕着せのギンガムチェックの制服を着たおさげの少女は式典でイシュヴァールの英雄と讃えられた男に向かってはっきりそう問う。無垢なその言葉に焔の錬金術師は一体何が言えただろう。
「・・・その子はまだホームにいるんスか」
「いいえ。私も気になってそれとなく注意していたのだけれど。2年程前にニューオプティンの子供のいない家庭に引き取られていったわ。農場を経営してる裕福な家庭という話だった」
「そっスか・・」
イシュヴァールを経験していないハボックはそれ以上何も言えなかった。

わーう!遅いじゃないかー
「ごめんな、相棒」
助手席に俺を乗せてあいつは車のエンジンをかける。その横顔がなんだかちょっとさっきまでと違って見えるのは俺の気のせいだろうか。
「まぁお前の出番は最後だからそんなに慌てなくても良いんだ」
わぅ。そーなの。ならもう少し大佐のとこに居たかったなぁ。
窓の外は商店街なのかオレンジ色のカボチャがそこら中に飾られショーウィンドーでは白いオバケが笑う。いつもよりゆっくりめのスピードで車がその中を進んで行くと
「・・なんにもできないのかなぁ」
ふいにあいつがそう呟く。視線はずっと前を見たまま。
「確かに俺はイシュヴァールを知らないし、そんなのが無神経に傷口触るなんてやっぱだめだよなぁ」
いしゅhぁーる?何それ?
「でもずっと傷口抱えているのも辛い事じゃないか?なぁ相棒」
わーう!何の事だか判らないよ!
「例えば大佐がどっか怪我してしていて、それを我慢してたらお前どうする?」
わん!そんなの決まっているじゃないか!痛くないよう舐めてあげるんだ。俺にできるのはそれくらいだけどでも、できることはするよ!
「そっか・・」
普通判るわけないんだけれど、こいつは何故か俺の言う事が判るみたいだ。大佐がよくこいつの事を犬って言ってるけど本当にそうじゃないかと思うくらいこいつは俺の思ってる事を当てる。今もそうだったのか黙り込んだあいつは
「・・俺にできる事か」
そう呟くといきなりハンドルを切った。急な回転に俺は助手席から転げ落ちそうになり抗議の声をあげるがあいつはまるで聞いてなくて
「ちょっと寄り道するから!付き合えよ相棒!」
そう言って一件の店の前で車を止めた。

「あれ?」
書類の数字を追っていたロイの耳に入ってきたのは聞き馴れた鳴声。
「ジェイか?いやそんなはずはない。もうホームに着いている頃だし」
どこかの犬が紛れ込んだかブラックハヤテが来てるのかと思ってそのまま数字に戻ろうとするロイを呼ぶように犬の鳴声が窓の外から響く。犬好きの人間がそれを無視するのは不可能で立ち上がって下を覗き込めばそこにはカボチャ型魔女帽子を被った金色の犬の姿。
「ジェイ?お前ホームに行ったんじゃないのか?ハボックはどうした?・・て待ちなさい!」
主人の姿を認めるや金色の犬は一声吠えると建物の影に消える。ロイは慌てて執務室を飛び出し犬の後を追って裏庭に出る扉を開けた。その瞬間視界一面が闇に包まれる。
「Trick or Treat! 」
聞き馴れた少し掠れた声が耳に囁かれ
「わっ、ちょ、待て何をする!」
微かに煙草の香りがする腕にまるで荷物のように担がれる。地面から離れた足を思いきりばたつかせ必死に抵抗するががっちり拘束した腕は揺るぎもしない。
「ハボックだろう?いい加減ふざけた事はよせ!」
「ノー・サー!」
そのままどさりと車に放り込まれやっと黒い布から顔を出せばべろんと湿った舌が顔を舐める。
くー。ごめんなさい、大佐。でもあいつが大佐のためだって。
「おい、一体何を考え・・おわっつ」
急発進した車はそのままスピードを上げる。みるみる後方に消える司令部の建物に
「車を止めろ!この駄犬!」
怒り狂ったロイは叫ぶが運転席の男は
「だってハロウィーンですから」
と嘯く。そこで相手の意図を察したのかロイの顔が僅かに歪むとそこをまた湿った舌が舐める。
「ハロウィーンには魔法使いが必要なんスよ。そこに衣装用意しといたからあんたもちゃんと着て下さいよ」
後部座席に置かれた箱を見れば黒い帽子に木の杖が入っている。ようやくロイは自分を包んでいたのが魔法使いの黒い衣装である事に気が付いた。
「しかし、私は・・」
「子供達だってその方が喜ぶ。何たってあんたは本物のウィザードだ。ほら前に酔って俺らに見せてくれた事あるでしょう?あれをやってくれれば大歓声間違いなし!あ、ホークアイ中尉にはちゃんと許可とってます。明日その分頑張ればいいって」
「勝手に決めるな!」
本気の怒声。その激しさに一瞬隣に居た犬も怯むが
わん!どうして?一緒に行こうよ大佐。
今度は怒りで震える手をそっと舐めるとはっとしたように手の震えが止まる。
「ほーら、相棒も一緒に行こうって言ってるじゃないスか。あんたは今日は魔法使いで、ハロウィーンの魔法を見せにお伴の犬とホームに行くんです。それの何処がいけない事なの」
バックミラーに写る蒼い瞳がじっとロイを見つめる。真摯な瞳はロイに知っているよと語りかけた。
知っているよ、貴方が辛い思いをしたのも、今も痛いのも。でもできるならそこから出てきて。辛いまま変らないのはもっと苦しいでしょうと。
「相棒も俺もあんたが一緒じゃないとつまらない。あんたが笑わないと楽しくないんスよ」
くーん。そう、大佐が一緒に行かなきゃ俺も嫌だ。どっか痛いなら舐めてあげるから。
「・・・情けない犬達だ」
ばさりといきなり黒い帽子を被ったロイの表情は隠れてハボックには見えない。だけど金の毛並みを撫でる手にはもう怒り感じられず
「そこまで言うなら行ってやろう。だがその代わり明日の仕事はきっちり手伝えよ。その犬耳つけたままで」
きっつと上げた黒い瞳にはいつもの輝きが戻っていて
「そんな〜」
と嘆くハボックを上官命令と豪快に笑い飛ばした。

白い手袋をはめた指がパチンと鳴ればカボチャの口から幾つもの火花が飛び出し、空中で焔のダンスを踊る。歓声を上げる子供達の前でもう一度指を鳴らせばそれらは集まって一匹のドラゴンとなり空中に焔の文字を描く。
「Trick or Treat! 」
それを読んだ狼(犬)男は金色の犬が引く車から幾つものお菓子を子供達に振りまいて
「Trick or Treat! 」
残った一つを魔法使いにそっと渡した。

すいません、やっと更新です。とっくにハロウィン終わってますねー。
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