話にならない。

話にならない。とんでもない大馬鹿だぞ、お前さんは。
目付きの悪い眼鏡の医師は吐き捨てる様に俺に言った。
馬鹿につける薬はねぇ。2度と俺を頼んな。
そう言って投げ付けられた白い包みを俺は有難く受け取って頭を下げる。
無理言ってすいません。ノックス先生。でも俺の気持ちは変わりません。
鋭いナイフの刃の上でタンゴ踊るみたいなもんだ、お前、いやお前さん達のやる事は。
顔にあわないロマンチックな捨て台詞を残して彼は病室を出ていった。

「はい、ハボックさん今日のお手紙ですよ」
封筒を差し出しながらおさげの看護士は手早く検温などのチェックを済ませる。その姿を鑑賞しながら金髪の入院患者は早速封筒を破って中から白い数枚の便箋を出していた。
「はい、舌だして。それから血圧測りますから腕出して。・・ホントお手紙多いですね。それもアメストリス中から」
「ああ、俺軍人だったから。色々なとこ飛ばされてんたんスよ」
淡々と答える患者の声に影は無い。それでもしまったと思ったのだろう若い看護士は封筒を指差して明るい声で言った。
「でも皆女の人じゃないですかー。モテモテですね。しかもこんなにしょっちゅう来るんですもの。お見舞いとかでかち合ったりしたらどうするんですか?」
病院内での修羅場は禁止ですよ。
見当違いの釘を刺して可愛い看護士は部屋を出ていく。その後ろ姿を見送りながらハボックは漸く1日2本に増やせた煙草に火を付けて手紙の差出人に文句を言った。
「どーすんだよ、お前らのせいで俺はすっかりプレイボーイだぜ。これじゃ可愛い白衣の天使に声かけらないじゃんか、なぁヴァネッサちゃんよ」
手紙の消印は遥か北方、ブリッグス要塞内。

深夜の病院の廊下を白衣の姿が行く。回診の時間なぞとうに過ぎたその時刻に聞こえるのはリノリウムの床に響く足音だけだ。やがてその人物は一番奥の病室の扉をノックも無しにそっと開けた。周囲を窺う様に辺りを見回すと素早く中に身を滑らせる。当然そこは闇の中、そのまま足音を忍ばせて窓際のベッドに近付くとそこで寝息をたてる人影に手を伸ばした。その瞬間
「うわっつ!」
ベッドからのびた手が腕を掴みその身体はあっと言う間に毛布の下に引きずりこまれる。驚いて見上げた視界に蒼い空の瞳が映った。垂れた目がニッと笑って不可解な挨拶を送る。
「こんばんわ、ドクター。金色の大型犬は」
「煙草が好物」
あらかじめ決めておいた合い言葉を黒髪の男が答えると返事の代わりに苦い独特の香りがその唇を塞いだ。

「大分怪我は良くなってきたのだな・・」
やっとベッドから抜け出した白衣の男-ロイ・マスタングは確かめる様にハボックの脇の傷を摩る。焼けただれケロイド状になったそこは前よりずっと固い感触だ。そこから新しい皮膚が傷口を必死に再生しようとしているのが判る。
「ええ、驚いたでしょ?何とか自分で上半身は起こせる様になったんスよ、大佐」
笑う男の顔は少し誇らしげだ。それすらできないから置いていけと目の前の上司に食ってかかったのを思い出したのかも知れない。
「ヴァネッサ・・ファルマンから報告来ました。ブリッグスにエルリック兄弟到着。アームストロング少将と面会したそうです。あとケイト、フューリーからも。南方戦線は今だ戦闘続行中ですが司令部内の通信網は9割がた把握。そのうち秘密回線を設置するつもりだと。相変わらずすげーやあいつ。そうなったら通信機置いておくと良いですよ」
手紙は各地に散ったロイの部下達からだ。それぞれ偽名でハボック宛に届けられるそれは簡単な暗号でカモフラージュされたもので、不定期に訪れるロイにハボックが報告する。
「怪我の功名だな、おかげでアメストリス中の情報が秘密裏に早く手に入る様になった」
丸い国土、4箇所にある軍事拠点それぞれに腹心の手駒がいるのだ。セントラルで飼い殺し状態のロイにとって何よりの情報源となる。
「俺もこの足のおかげでノーマークですからね」
笑う顔にかつての焦燥は見られない。予想以上の事態の急変にこの動けない足でもできる事はあるといってハボックが協力を申し出た時もちろんロイは拒否した。せっかく助かった命を捨てる気か、追い付いてくるならそれで良い、その身体で何ができると何度も説得したが垂れ目の男は聞き入れなかった。
「手足失ったのはあんたも同じでしょう、大佐。その上敵は軍全てと人間以外だ。それに1人で喧嘩売ろうなんて話になりません。俺が追い付く前にあんたを死なす訳にはいかないっしょ」
「ベッドから離れられないお前に何ができる。敵の中には姿を変えられる者もいるんだ。私に化けてお前を殺しに来るかもしれんぞ」
「犬の鼻をなめんで下さいよ、大佐。そんな偽者に騙されるもんですか。第一俺は退役して戦力外だ。奴らだってそう思ってる。これを利用しない手はないっスよ」
そう言って差し出された手をロイは結局拒めなかった。それがどれだけ危険であるかは自分が身に染みて分かってたはずなのに。
手駒が足りないと言うならまだ良い、一番の理由はこうして会う機会ができる−だからよけい罪深い。

話にならないよ、お前さん達は。
成りゆきで協力するはめになった共犯者は2人の関係に気が付くとそう言って舌打ちをした。

「どうしました、大佐、黙っちまって。あと昼にノックス先生来ましたよ。色々話してくれました。あんたは怪我平気?」
腰痛の治療に来る医師はロイに代わって状況を説明し時々この病室を訪れる。かつて勤務した事もある彼にとってここは古巣も同然だから誰にも知られず会いに来る事も可能だ。ロイ自身は用心のためここに来るのはこういう夜更けにしている。
かつての部下の病室に足繁く通ってると知られたら敵の目が再びハボックに向くかも知れない。戦力外となったからこそ監視の目も遠のいたのだから。

「私は平気だ。それより銃は?」
「ブレダに頼みました。小型ですがないよりましです。あと軽めのナイフが数本。リハビリは来週からです」
もうすっかり元の調子に戻った恋人の力強い声にロイは愛しげにその金髪に手を差し入れて撫でまわす。
「しっかり励めよ。だがいいか、武器は最後の手段にしろ。あくまでお前は動けない怪我人でいるんだ。そう敵が思う事がお前を守る最大の武器になるって事を肝に命じておくんだ」
武器を使い抵抗したらその時ハボックは無力な存在ではなくなる。そうなれば敵は容赦なく襲い掛かってくるだろう。
この柔らかな金色の感触を2度と失う訳にはいかないのだから。

「イエス・サー。けして無駄な抵抗はしません。あくまで役立たずと思わせます。2度とあんたにあんな命令は出させません・・ロイ」
『貴様、私より先に死ぬ事は許さんぞ!』
あの叫びはハボックの魂に焼き付けられた。そして誓ったのだその刻印に2度と同じ命令は出させないと。
不自由な身体になってもその思いは変わらない。いやむしろ強くなった。だからハボックはこうしてロイを手伝う。話にならないとあの医者に呆れられながら。
リスクも危険も承知している。これは俺の我侭だ。こうして大佐と会えるのなら俺は何だってする。ヒューズ中佐が生きていたら絶対止めただろうけど。
「大佐、あの対ホムンクルス用合い言葉変えましょうよ。金色の大型犬は焔の錬金術師が好物だってね」
何を言ってると呆れるロイをハボックは引き寄せた。抵抗のない身体はそのままするりと点滴の痕のがある腕に囲われ、ハボックはもう一度その唇を塞いだ。
誘う間も無くロイの熱がハボックに絡み付く。2度と触れる事は無いと覚悟したその感触を味わいながらハボックは思う。
後悔はしない。大佐にもさせない。だけど辛い選択もさせない。ある意味自分の誓いに背く事だけどそのための手段は用意したんだ、きっとロイは怒るだろうけど、足掻いてがんばってそれでもその時がきたらしなければならない選択なのだ。
微かに湿った音は深夜の病室に秘かにだが長く響いた。
「・・次は何時来られます?」
「わからん。エルリック兄弟が北に行った事で状況がどう変わるかまるで読めない。あのアームストロング少将が事実を知ったらどう動くか・・それによるな」
借り物の白衣の襟を正すとロイは名残り惜しげにハボックの金髪を掻き回した。その手が固い頬を滑りするりと胸元の鎖に行き着く。退役した男の胸元からは銀の認識票は失われ代わりに小さな円筒形の小さな銀の筒が鎖で下がっていた。
「これは?」
「おふくろからのプレゼントスよ。田舎の聖人の護符が入ってるそうで、怪我に効き目があるそうです」
奇蹟でも起ると思ってるんスかね。笑う垂れ目の男をロイは黒い瞳で静かに見つめる。
「大佐?」
「奇蹟は錬金術師の管轄だよ、ハボック。ではおやすみ」
そう言ってロイはドアに向かう。後ろ姿を見送るハボックは無意識にその筒を撫でた。


「白衣をありがとう、ドクター。これさえあれば病院はフリーパスだな」
遅いよ。受け取った医者は文句を言ってキーを回す。冷えたエンジンは咳き込むような音をたてて回転を始めた。
「待ってなくても良いんですよ。白衣は明日ちゃんとお返しにあがります」
「うるせい。白衣は医者の誇りだ。そう簡単に貸してられねぇんだよ・・それに怪我人が夜更かしするんじゃない」
「ありがとう、ドクター・・・例の薬はハボックに渡してくれましたか?」
「ああ。あの馬鹿が欲しいと言ったから渡したよ。医者にあんな事頼むなんて話にならんなあいつもお前も」
それは数日前ロイがノックス医師に頼んだ事。
もしもドクター、ハボックがあなたに毒薬を頼んだら。断らずこれを渡してやって下さい。いえこれは毒じゃありません。一時的に仮死状態になる薬です。医療系錬金術師に頼んで創らせたもので後の処置さえちゃんとすれば蘇生できます。
ロイにはハボックがそう言うだろうという予感があった。もし人質になったら、ロイの手枷になるような事になったらハボックは自棄でも無く冷静にその道を選ぶと確信めいた思いがあった。だから手を回しておいたのだ。身体の不自由なハボックが頼れる人間は限られている。そしてそれは見事に的中した。
・・残念だったな、ハボック。お前の御主人は飼い犬の勝手な行動を許す程寛容じゃないんだ。話にならない程私はお前が好きなんだよ。


話にならないとあの医者は言った。ナイフのエッジの上でタンゴを踊るようなものだと。
良いじゃないか。やってやるよ。大佐と一緒なら刃の上で華麗にターンを決めてやるさ。


拍手SS再アップ。リタイア話で小説のアレを読んだ時の妄想。したら原作で似たような事してる・・!しかもあっさり(笑)

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