「やっばいよなぁ、これ」

東方司令部の面々が行方を捜している人物は自分の置かれている状況を顧みてうんざりした様に呟いた。もちろん声には出していない。
それでも何か感じたのか黒い銃口がこちらを睨んだので金髪の軍人はその大柄な体を縮こめた。いかにも恐れ入ったという風に。そうして壁にかかった時計に視線を走らせればもう大分午後は過ぎていて、いい加減自分の不在は周囲に気付かれる頃合だ。ホークアイ中尉の怒りも恐ろしいが、あの我侭上司が飼い犬の不在に気が付いたらどうするだろう。
うーん、サボってると思うかなぁ。一応行き先書いたメモ中尉の机に置いといたけど気が付いてるかね?
そっと外を窺うと店のガラス越しに憲兵隊の黒い制服がちらりと見える。取りあえず彼等は周囲を封鎖し事態の成りゆきを見極めるつもりなのだろう。憲兵隊は普通こういう荒事を大抵軍に押し付けてくるからいずれ司令部にも出動の要請が来るに違い無い。
そうなる前に
何とかしなくちゃヤバいよなぁ。こんな姿大佐に見られたらなんて言われるか。
両手は後ろで縛られて武器はもちろん取りあげられた。しかも彼以外の人質は女性と子供ばかり。その中に座り込む青い軍服を着た金髪の軍人の姿は確かに目立っていた。
やばいよ、ホント。
縛られた手に感じる温もりは今の事態の原因と言うべきものだ。それが徐々に冷たくなっていくのがどうしても気にかかってしまうのは軍人としてどうかと思うが
できたてを食べさせたかったなぁ・・大佐に。
正直今一番気に懸かっているのはそれだけだった。

「犬は己のテリトリーを持ち、日頃それをパトロールする習慣を持つ。これは自分達が野生の狼だった頃の本能であり人に飼われる身となった今もそれは失われる事は無い・・か。なるほど」
パタンと厚い本を閉じた男は満足そうに何度も頷いた。手にした本の背表紙に書かれたタイトルは「犬の行動と心理」
「犬を捜すにはまず犬の行動パターンを知らなくてはな」
心当たりを捜し尽したロイはもしやと思って書庫にやって来たのだが当然そこに捜す相手の姿は無い。そろそろ執務室ではロイの不在がばれる頃で有能な副官の堪忍袋は膨れるばかりだろう。戻った方が良いと過去の経験が忠告してくるがここで諦めるのもなんだか悔しい。
だってあいつはいつも私を見つけるのに私が出来なんて認められるか。
あんたにゃ無理と笑う顔。得意げなそれに負けるのが何だか悔しいのは何故だろう。
やはり飼い主の威厳は保たねばならん。うん、ここで引き下がるなんて焔の錬金術師の名が泣くぞ、ロイ・マスタング。
まさかそんな事で国家錬金術師の名誉に瑕は付く訳無いだろうがそう自分に言い聞かせてロイは捜査の続行を決めた。
用は情報の問題だ。あいつが私を見つけるのは私の情報を沢山持ってるからだ。側近だしな。
コーヒーのさじ加減から嫌いな食べ物。昼寝は日当たりが良い所か、静かで狭いところ。何より本に囲まれた環境を好み、ホコリも黴臭さも頓着しない。そういう己の特性をハボックはしっかり把握してしまってるのだろう。プライベートまで引き込んでしまったのは自分だからそれは仕方の無い事だけど。
「それならこっちだって同じ様にあいつの情報を持ってるはずなんだが・・」
そこまで考えてロイはふと気が付いた。
私はハボックの何を知っているのだろう?

ジャン・ハボック少尉の好きな物─安物の煙草にドライなビール。ボインなお嬢さんとそれから・・・それから?
好きな色は?食べ物は?どんな時一番リラックスしている?例えば疲れている時何を買っ行けば喜ぶだろう?
まいったな、まるで思い付かんぞ。
これがハボックならすぐに司令部近くのロイ御用達のデリに飛び込んでターキーのサンドイッチとクラムチャウダーを買って来るだろう。デザート付で。家にいたならトマトのシチューかクリームコロッケが笑顔と共に出てくるだろう。
いつも側に居るのが当たり前だと思っていたからなぁ。あいつの事知ろうともしなかった。仮にも─
「好きです」と告白してきた相手なのに。
・・・・///

「あれ大佐?そんなところにいたんですか。ホークアイ中尉が捜しておられましたが」
沈黙した背中に呼び掛けたのは童顔眼鏡の曹長だ。やはり資料を捜しに来たらしく手には数冊の本を抱えながら小さな声で忠告する。
「早く執務室に戻られた方が良いです。ホークアイ中尉の表情は大分厳しくなってきてました。・・あれ顔が赤いですね。風邪ですか、大佐」
「いや、さすがに今日は暑いからな。すまん曹長すぐ戻るよ、ちょっとハボック少尉を捜していたのだがね」
「ああ、ハボック少尉なら、ブレダ少尉に呼び出されて昼前に2番街の事故現場に行かれました」
「は?」
思わず素になったロイをおいてフューリーは説明を続ける。
「あの先週ガス事故で倒壊したビル現場です。不審な点は無いと判断されたのですが片づけにあたっていたブレダ少尉がハボック少尉にも一応見て欲しいと連絡があったんです。それで少尉はそちらに行かれました」
「聞いて無いぞ、私は」
「午前中に終わらせないと解体業者が来てしまうとの事で少尉は慌てて出て行かれました。その時ちょうど大部屋には僕以外居なくて、少尉はメモをホークアイ中尉のところに置いて行ったんです。その後すぐ僕は北会議室の電話の調子が悪いと呼び出されまして・・」
空になった大部屋では窓が全開となっていて、いたずらな初夏の風は罪のないメモを床に飛ばしてしまいハボックの伝言は誰にも伝わっていなかったのだ。
「ついさっき戻った時ホークアイ中尉に事情を説明しておきました。その後でブレダ少尉からも問題無し、これから戻ると言う連絡がありましたので2人ともそろそろ戻ると思います」
あっけない幕切れだった。捜しても居ないはずで、不明の犬は司令部の外に出ていたのだから。
「そうか、ありがとうフューリー。皆の平穏のためにも大人しく獄に繋がれるとするよ」
そうして下さいと涙目で訴える曹長を書庫に残してロイはやれやれと執務室に向かう。軽い落胆と失望、ささやかな怒りを感じながら。
全く、予定変更の申し送りは正確にと常日頃言っているのに、ハボックの奴。これでは只のサボリになってしまったじゃないか。
司令部中捜し回った私の貴重な労力はどうしてくれる、あの駄犬。
帰ったら取りあえずあの金髪頭に1発喰らわせ、残業を手伝わせてやろうと決心したロイは執務室に向かった。
ところが
「2番街のガス事故の現場検証終了しました。原因は劣化したガス管によるガス漏れに引火でテロ、その他事件性は無しと判断します」
そこに待って居たのは頭脳派の少尉ただ1人で金髪の大型犬の姿はない。しかも
「御苦労だったブレダ。ところで何故ハボックは少尉は一緒に報告に来ないのだね?」
あの駄犬、危機を察知して逃げたかとロイが問えばブレダは怪訝な顔をして言った。
「あれハボの奴、まだ戻ってませんか?あいつとはエンド通りで別れたきりです。その後昼飯食って俺は憲兵本部に寄ってから戻ったわけで、あいつの方は直に司令部に戻るって言ってましたが・・・」
「はぁ?」
予想外の答えにロイが言葉を失ってた。とそこにノックもそこそこにファルマン准尉が飛び込んで開口一番こう叫んだ。
「マスタング大佐、憲兵隊から緊急の出動要請です!」

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