昼下がりのエンド通り。幾つもの商店が軒を列ねるそこはイーストシティでもっともにぎやかな通りだ。今日は平日だからそれ程込み合ってる訳では無いが買い物の御婦人や子供達が和やかにそぞろ歩くそんな平和な光景を壊したのは1発の銃声だった。

「はい、軍人さん。待たせたね」
まだ温かいそれが入った紙袋を渡された時だった。金髪の少尉の首筋にお馴染みの感覚が走ったのは。
そして
「逃げるな、止まれ!」
「うるせぇ!」
「きゃあ!」
全てがほぼ同時に起った。通りで幾つかの怒声と悲鳴が交錯し次の瞬間店のショーウィンドウが銃声と共に砕け散る。
「下がって!」
店内の客を庇って前に出たハボックが銃を構えた時2度目の銃声が辺りに響き、
「動くな!これが目に入らないか!」
突然の闖入者は叫んだ。
金色の小さな頭に押し付けられたのは武骨な黒い筒。恐怖に強ばった瞳は暖かなブラウンでそれがハボックを縋る様に見つめている。
入って来たのは少女と大人の男、又はこう言えるだろう─犯人と人質。
「じゅ、銃を捨てろ!軍の狗!」
銃を抱えた男は青い制服の存在を予期して無かった。驚きは恐怖に変りそれを怒りで押さえ付けようと血走った目がハボックを睨む。僅かな逡巡の後ハボックは手にしたそれを投げ出した。トリガーに掛かった指が震えるのを見てこれ以上犯人を刺激するわけにはいかないと判断したからだ。こういうのはトランプカードの城と同じで僅かな刺激でも崩れてしまう。
「ほーら言う通りにしたぜ。おっさん。次はどうするんだい」
両手を拡げ何も持って無い事を示すと男はほっとした様に息を吐いて次の指示を出し始めた。

「現場はエンド通りのベーカリーです。先月できたばかりの」
小隊の出動準備が整うまでに状況はなるべく把握しておかねばならない。急遽ミーティングルームとなった大部屋では電話を取ったファルマン凖尉が説明役をつとめていたが第1報では曖昧な事だらけだ。
「犯人は1人。巡回中の憲兵が職務質問したところ突然逃げ出し、通りを逃走中通行人を人質にとって現場の店に立てこもった模様で、拳銃を所持しているとの事です」
「何だそりゃ、手配中のテロリストか何かか?」
「判りません。何しろ突然の事で向こうも慌ててまして・・」
「人質の安否は?年齢は?」
「目撃者の話では15〜6才の少女。銃声は2発聞こえたそうですが怪我している様子は無い様ですが、中に入ってからはちょっと・・」
「じゃあ店の中の人も人質になってるんですね」
「・・で要求は何かね?政治犯の釈放か?身代金か?」
「それも、今の所は・・。私見ですがどうも後ろめたい人間の突発的な犯行の様で、計画性も何も無いのではないかと推察できます」
テロリストの計画的な犯行ではなく、むしろ素人の犯罪らしい。その言葉になんとなく彼等の顔がほっとしたのは日頃それらを相手にしている者の余裕だろうか。
「やれやれ憲兵もとんだ人物に職質したもんだぜ。それでその店はなんていうんだ、ファルマン」
「ベーカリー・ルドルフです。セントラルに本店を持つ」
「ああの行列のできる店か。店主も災難だな。・・では行こうか、諸君。相手は素人とは言え人質が複数いるんだ。決して油断せず、人質の救出を最優先に行動せよ!」
「アイ・サ−!」
命令一下、それぞれの持ち場に彼等は散って行こうとするがそこで1人が急に立ち止まった。
「どうした、ブレダ少尉何か気に掛かる事でもあるのか?」
男が立ち止まったのははしっこの机の前だった。乱雑に積まれた書類と吸い殻の山が築かれた灰皿のある。
「いえね、そーいや俺ハボと別れたのエンド通りだったんです・・」
そこでいまだ姿の見せない少尉の事を全員が思い出す。垂れ目の少尉は日頃マイペースな男だが事任務に関しては真面目で仲間内の信頼も高い。そんな人物が事件が起ったのに姿を見せないのは確かに不自然だ。
「あ!そう言えば」
「何だね、ファルマン」
目付きの鋭くなった上司を刺激しないためか、いまいち歯切れの悪い口様で細目の凖尉は言った。
「その・・未確認情報なのですが・・目撃者の中にこう証言する者が居たそうです。人質の中に軍人が1人混じっている、金髪で大柄の」
「ほぉ・・それはおもしろい」
きゅっと白い手袋を嵌めながら黒髪の大佐はにっこり笑った。絶対零度の微笑みで。

待ち時間はただ今のところ30分。かわいらしい文字で書かれた張り紙を見た時、垂れ目の少尉の足は止まった。
「おい、ハボ何処で飯食ってく?角のカフェのクラブサンドなんかどうだ?」
「・・わりィ、ブレダ。俺ちょっと用事思い出したわ。メシ1人で行ってくれるか?」
「ん?良いけど。じゃあ俺飯食ったら憲兵本部寄ってくから」
「おーごくろーさん。俺は先戻って不審な点は無かったって大佐に言っておくよ」
そんな会話を交したのが2時間程前だったか。両手を縛られた男はそっと外の様子を窺って三たびため息を吐く。
・・憲兵の奴ら丸投げする気だなこれは。さっきから何の動きもないでやんの。そーっすと次に来るのはきっと・・
熊より恐い焔の錬金術師サマだろうなぁ。また張り切って来るぞ、あの人は。
それまでに
何とか人質の安全だけでも確保しとかないと。この素人のおっさん何とかしなきゃ。
興奮気味にうろうろ歩く男も、それに手を掴まれている少女も気力の限界が近付いていし、他の人質だって似たり寄ったりだ。人質はハボック以外に5人で20才以下が3人と親子連れが1組で子供はぎゅっと母親にしがみついたままだ。彼等は別に縛られはしてないがそれでも拳銃への恐怖は見えない鎖となって体を拘束してるだろう。
犯人が素人であるのはハボックにはすぐ判った。それだけに扱いがデリケートなのも。
こいつ、銃持ってるんだから善良な一市民て訳じゃないが、こーゆーの馴れて無いよなきっと。時間が経てば経つ程焦るだろうし、多分どうして良いか判らないんだろう。何の要求も出して来ないし。ここにいきなり軍部がでばって来たら錯乱すんかもしれねぇ。
ハボックは軍人だ。だから行動には必ず上官の命令が必要だ。それが絶対の原則ではあるが。
現場の判断ってのも有りだよな。
そっとハボックは縛られた手に力を入れた。

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