最初に目にはいったのは驚愕の表情を浮かべた男。光を失った目は信じられないとばかりに見開かれ、叫び声を遮った布は半分ずれかけていた。胸や足を染めた血は鮮やかに赤く、呆然としたハボックが我に返って首筋に手を当てれば微かな温もりが残る体から命の証は感じられない。
「どうして・・?」
確かに誰かがこの部屋に居たはずだった。さっきの銃撃は確実にこの部屋から行われたはずだ。なのに彼の目の前には椅子に座った死人しか居ない。部屋は小さく椅子の後ろに木のテーブルあるのはただそれだけ。テーブルの上に置き時計でもあるのかやけにカチコチ規則正しい音がハボックの耳を刺激してくる。
「何だァ一体・・」
無意識に首を伸ばしてそっちを見たハボックの目が見開かれる。テーブルの上には確かに置き時計があった。それだけでなく円筒形の物体が詰まった四角いブリキの箱。時計と箱が何本かのワイヤーで結ばれているそれはハボックには見慣れた代物で。
「隊長、3階には誰もいませーん。」
背後から聞こえてくる部下の声にハボックは大声で叫んだ。
「全員、退避!爆薬が仕掛けられている。急いでこの建物から出るんだ!」
叫びながらハボックは目の前の人物を椅子ごと肩に担ぎ上げる。そのまま廊下を走り抜けるとまだ状況が飲み込めてない部下の背中をどやしつけながらそのアパートから飛び出す。彼等が飛び出すのと2階のあの部屋から爆音と焔が吹き出したのはほぼ同時。駆け寄ったロイ達はハボックの肩に担がれた『荷物』を声も無く見詰めていた。

「・・・誰が爆弾をセットしたんでしょう。そいつは俺達が突入して来るのを知っていたんでしょうか?第一あの中にはまだ彼等の仲間がいた。俺らが確保して階下に送ってなきゃあいつらもやられていたんだ。」
ハボック達との銃撃戦が長引けばその可能性は十分にあったのに。
ぽつりとハボックはこぼした。目の前の男はハボックの話を思い描いてるかの様に目を伏せながら答えた。
「さてねぇ。突入直後にセットして自分はさっさととんずらしたんじゃないか。口封じのためとかでさ。」
「あの周りは完全に包囲してました。俺達の目を掠めて逃げられた奴なんかいませんでしたよ。」
「ま、お前さんの部下の報告を聞く限りじゃそうなってるがな。それは後にしてそんでどうした?」
「俺は大佐に・・マスタング大佐に事実を報告しました。大佐は被害者を取りあえず病院に送り、現場の後始末をブレダ達に任せるとエックハルト氏に報告に行かれたようです。俺は司令部に戻り詳しい報告書を書く様に命じられました。」
「ロイは何と言った?」
「・・何も。御苦労と言ったきりそのまま出て行かれました。司令部に戻ったのも遅く俺の報告書と受け取るとそのまま執務室に戻りました。その後俺は自宅待機を命じられてそのまま帰宅しました。」
それがハボックには辛かった。状況は不審な点が多いが人質を救出できなかったのはあきらかにハボックのミスなのに鉄面皮の上司は顔色変えず報告を受け取っただけ。叱責も怒声もないそれは返ってロイの失望を表わしてるようで無言の圧力を掛けてくる。ロイの信頼を失ったのではないかという思いはハボックに恐怖に近い傷みに感じられた。「甘いなロイも。そう言う時は取りあえず身柄を拘束しとくもんだ。お前さんが逃亡する可能性だってあるのに。」
「なんで俺が逃げなきゃならないんです!」
同室の記録係りの存在も忘れて思わずハボックは叫んだ。
「作戦中のミスで人質を死なせた。しかもそれを隠ぺいするために虚偽の報告をしている。このまま無事に済むなんて思ったわけじゃないだろ。事実次の日にゃアパートに憲兵が行ったんだ。」
その事件の事を考えて眠れなかったハボックが漸く浅い眠りに就いたのは明け方。それを突き破る勢いでアパートのドアがノックされたのはその数時間後。赤い目をしたハボックがドアを開けると黒い服の憲兵が部屋になだれ込み彼はそのまま身柄を拘束された。ともかく逆らうのは不味いと判断し彼等に従ったがそのまま営倉に放り込まれたのは予想外だった。少なくとも上司にあたるロイに確認させるのが筋なのにそれも無い。どうやら上司に報告が行ったのは自分が拘束された後らしいとこっそり教えてくれたのは顔見知りの憲兵だった。
「俺は嘘はついて無い!確かに人質を死なせてしまったのは俺のミスだが確かにあそこには誰かいたんだ!」
「それを判断するのは俺達だ。・・もういいぞ、調書はとった。営倉に戻せ。」
激昂する男を無視してヒューズはドアの外に控えていた兵士に声をかけると、分厚い書類を片手に部屋を出ていく。
「ヒューズ中佐!」
その背中を男の叫びが追い掛けるのも気付かないふりして。

冷え込みは昨日よりきつくなった。毛布どころか固いマットレスまで体に巻き付けてもまるで役に立ちはしない。
もっとも例えここがイーストシティで一番のホテルのスィートだったとしても今のハボックに安らかな眠りは訪れはしないだろうが。
・・何でこんな事になっちまったんだ。俺は嘘はついてねぇ。あの部屋に誰かがいたのは確かなんだ。誰かが俺に向かって撃ってきた。それは間違いないのに。
だが目に入ったのは死体とテーブルだけ。隠れる所は何処にも無い。それもまた確かな事。目を瞑ればその光景がはっきりと写真の様に脳裏に映る。目を見開いた男はまるでハボックを怒鳴りつけようとするみたいに口を開けていた。その歪んだ表情は写真で見た幸せそうな男と似ても似つかない。そしてハボックの記憶に残るあの傲慢な男とも。
あいつとまさかこんなトコで再会するなんてなぁ。これは一体何の冗談だ。それともこの事は事件と関わりがあるんだろうか?あんな昔のとっくに忘れてしまってた事が。
今日の取り調べで話さなかった事を思い起こす。関係ないと思って話さなかったがその判断が正しかったか今のハボックには自信がなかった。ハボックが思い悩んでいるのは自分の未来では無かったから。
このこと大佐にはどう影響すんだろ。俺だけの処罰で済めばいいけど大佐にまで及ぶ可能性もあるよな。大体なんで憲兵があんなに早く動いた?一体誰が指示を出した?大佐が命じるならまだ判るが一体誰が?
軍隊は縦社会だ。直属の部下を上司に報告も無しに拘束するなんて普通あり得ない。そんな無茶ができるのはロイより世程上の人間しか居ない。だがそれ程大きい事件とも言えないこれにあえて横槍を入れる人間がいるだろうか。
大佐のあら捜ししてる連中かなぁ。でも俺なんて潰してもしょうがないだろ。たかが犬一匹捕まえて何になる?
自嘲では無く普通にハボックはそう思った。秘かな野心を抱く黒髪の大佐についていくと決めたのは自分。何でもする忠実な犬になると宣言したのはハボックの本心からだった。だからこの事が主人であるロイにまで影響するのは耐え難い。
犬が足引っ張ってどうすんだよ。あの人にゃ少しの瑕も許されないのに。ヒューズ中佐はそのために来たのかな。大佐を助けるために。・・そうなら良い。俺のせいで大佐の歩みが滞るのは絶対嫌だ。俺は忠実な犬なんだから。
言い聞かせる様に何度も心の中で呟く言葉は呪文のようだ。自覚し始めてる思いを打ち消すための。何万回言ったかしれないそれをまた呟こうとした時夜の冷気を通して固い音が響いた。むき出しのコンクリートを歩く軍靴の音。
おかしいな?巡回はさっき行ったばっかだぞ?・・しかもこっち来る。この営倉にいま入ってるのは俺だけなのに。
毛布の中の体に緊張が走る。鍛えた筋肉がどんな不測の事態にも応じられるよう神経を研ぎすます。そのまま待つ事数分。足音はハボックの入った房の前で止まった。そしてがちゃりと鍵を廻す音がしたと思うと微かなきしみと共に開くはずのない鉄の扉が開かれる。
「・・しけた面してるなぁ、ワンコ。」

昼間会った男がそこにいた。

ヒューズとハボの会話ばっかりですがもう少し続きます。ロイも早くだしたいんですけど・・。

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