営倉をでると時計は既に深夜を回り中天にあった月も低く傾いていた。人目を憚った訪問に軍用車を使うわけにもいかず、ようやく見つけたタクシーに乗ってヒューズはホテルに戻った。いつもならロイの家に泊まる東方出張だが今回ばかりはそうもいかない。事件の検察側の人間が被告の上司の家に泊まったりしたら周りが何を言うか判ったもんじゃなので司令部でもヒューズは1室を自分の事務室代わりにすると殆どそこに籠って過ごし、ロイとは数回会っただけだ。むろんいつもみたいに大部屋に遊びに行くような事もしない。何処にネズミの目があるかも知れないから。
 フロントで鍵を受け取り、メッセージの有無を確認した後エレベーターで上に上がる。内部に貼られた青いクロスがやけに疲れた眼に刺さった。−青い瞳。何度か親友が誉めたそれが今までとは違った光を秘めてヒューズに向けられていたのを思い出す。
ーあんたに1つネタを提供します。俺はどうなっても良いからこれ使って大佐を助けて下さい。お願いします、中佐。
そうして聞かされた話は偶然というには出来過ぎた話。でも事実なら、上手く使えば確かにこちらにとっては有利になる。だけど。
お前さんの考えてる通りにこれを使ってもお前は助けられない。それどころか有罪決定だ。2度と軍にゃ戻れなくなるかも知れないないんだぞ。・・それでもいいのか?
それはロイの傍から離れると言う事だ。それを指摘しても青い瞳は揺らがない。
いいッスよ。2人共倒れになるより1人助かる方が合理的でしょ?・・俺は何やったって生きてけます。軍を追い出されたらそうッスね、故郷に帰って雑貨屋継ぐか、もしできるならあんたの手伝いでもしましょうか。大佐には内緒で。あんた達だって軍に縛られない手駒が一つぐらいいるでしょう?
冗談めかして言う男の頬は営倉暮しでいつもより荒くシャープなラインを描く。そこに浮かぶのは今までの若者らしい怖い者知らずというよりふてぶてしい笑み。その笑顔の奥に光る鋭い獣の牙をヒューズは見たような気がした。
・・・さすがは犬。あっという間に大人になっちまいやんの。こりゃロイの手に負えるかね。
物思いに耽りながらドアを開けた時、暗い無人の部屋から不機嫌な声が彼を出迎えた。
「遅いぞ、マース・ヒューズ。一体何時まで待たせるつもりだ。」

「・・何時来たんだよ。ロイ。」
コートをクロゼットに仕舞いながらヒューズが問えば、1時間前とやっぱり不機嫌な声でロイは返す。シングルルームの形ばかりの応接セットに腰掛けた彼は黒の上着にズボンと私服だった。
「それより、何を勝手にこそこそしている。・・・あいつに会いに行ったんだろう、ヒューズ。」
「あらま、もうばれた?・・・そうか衛兵から連絡いったな、そんで此処に来ってわけか。」
「そんな事だ。これでも司令部は私の庭だ。さ、話してもらおうか。ハボックと何を話してきた?検察側がが秘密裏に被告を尋問したなんてばれたらただじゃすまないぞ。」
眉間に寄った皺がロイの機嫌の悪さを示す。そう言えば昔から自分の知らない所で事態が進むのを嫌う男だったと思いながらヒューズも向いの椅子に座る。さてどうやってハボックとの会話を説明しようかと思いながら。
素直に全て話すか、隠して誤魔化すか。
「状況を説明しに行っただけだよ。ほら、あいつ全然事態を判ってなかったじゃん?いくら犬でも理由も知らされずに処分されちゃかわいそうだろ。」
「ヒューズ!」
「可哀想だが、事実だ。違うかロイ。」
きっぱり言い切る親友にロイは反論できなかった。確かに今のままではハボックを救う道はない。だが
「・・・あいつは無実だ。嘘は言って無い。あの場には誰かが居てそいつがカールを殺し、あいつに罪をかぶせたんだ。」
ハボックは嘘をついていない。ロイにとってそれもまた事実。
「・・どうやって?説明してみろよ、ロイ。俺が納得できるように。どうやって犯人はあの部屋から抜け出した?周りは兵達が固めてた。第一すぐに爆弾が爆発したんだ。へたすりゃ巻き添えをくってたかも。」
「錬金術師だ。」
ロイの出した答えはそれだ。アメスリトスに数多いる不可能を可能にする者達。
「ほう、そいつは何処にいた?」
「あの部屋だ。そいつは元々そこに居た。そしてハボック達が突入して来るのを待っていたんだ。」
「つまり情報は漏れてたわけだ。」
「悔しいがそうだ。そしてそいつはハボック達が他の連中と撃ち合いしてる時、そこで息を潜めて待っていたんだ。絶好の機会を待って。そして現場を混乱させなるべく兵達が少数になるのを待ったんだ。」
「あの催涙ガスはそいつが仕掛けたのか。でも何故?」
「罪を着せるならなるべく1人のほうが良いだろう?複数なら口裏合わせて誤魔化されると思ったんだろう。」
実際ハボックが窮地に陥ってるのは誰もその場に居なかったからだ。銃撃を受けたと言う彼の証言を裏付ける物は何一つ無い。
「それじゃあハボックがドアを開けた時そいつは何処にいた?」
そこが一番の謎なのにロイの答えはあっけない程シンプルだった。
「隣の部屋だ。」
「はい?そこは誰もいねぇってハボックが証言しただろ。第一出口は一つだ」
「そうじゃない。あのアパートの見取り図を見ただろうヒューズ?問題の部屋は物置きで両サイド左右の部屋に挟まれてたんだ。つまり奥まってても壁の向こうは隣の部屋だ。そして錬金術師に壁は意味を無さない。」
言われてヒューズは見取り図を頭に描く。確かに奥の左右の部屋は他の部屋より奥に長い作りになってはいた。ロイの言う通り壁を抜ければ隣の部屋に出れる。
「そいつはハボック達が銃撃戦をやってる時カールを撃った。そしてハボックが1人になった時あの部屋から銃を撃って彼の注意を引いてその後すぐに隣の部屋に行き、そこのクローゼットに隠れた。そこをあいつはドアを開けて中を見ただけだろう。注意は奥の部屋に向かっていたんだ。わざわざクローゼット開けてる余裕は無かっただろう。」
いつまた奥の部屋から撃ってくるかわからない状況ではありえない事でもない。
「・・間抜けな話だ。だがまぁ俺でもそうしたかな。にしても綱渡りな計画だと思わんか。ちょっとでもタイミングがズレればあいつに見つかってただろう。」
「確かに私のミスにするだけなら、さっさとカールを殺して逃げればよかったんだ。人質を救出できなかった事でも十分私には痛手になったのに。」
「危ない橋渡ってでも致命的な痛手を与えたかったのかね・・・。それでそいつはどうやって逃げた?」
ふと何かがヒューズの頭を掠めた。今までのロイの話とハボックの話が彼の頭の中で何かを導きだそうとしている・・そんな感じ。
「後は簡単だ。爆弾を見たハボックはすぐに退避命令を出す。中にいる兵士は我先に逃げ出し、混乱の中そいつは2階から1階ヘ行く。おそらく2階の床に穴を開けて梯子でも練成したんだろ。」
「非常識だよなぁ、お前らデタラメ人間は。で、兵士に化けて逃げたってわけか。」
「そんなところだろう。どうだヒューズこれでもハボックを疑うか。」
意気込んで問うロイに返ったのは冷静な検事の声。
「ではマスタング大佐、今の話に物的証拠、あるいは証言はありますか?」
予測してた問いだったがロイは返事できなかった。今の推測が彼の手にある全てで、後は何も無かった。現場は爆発とそれに続く火災で瓦礫の山と化し、ロイの推理を裏付ける物は全て焔の中に消えた。
ハボックが撃たれたという証拠も錬金術師が居たと言う証拠も。

辻褄合わせその2。やっとロイが出て来たのに味気ない会話してるなぁ。次はも少し色気のあるシーンにしたいぞ。

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