「何も無い。だが今捕まえた連中を尋問中だ。そこから何か掴めるはずだ。」
「無理だな、時間が無い。軍法会議が開かれるのは明後日だ。」
必死の説得をだがヒューズは冷静な声で打ち消す。寝耳に水の話に黒い瞳が見開かれ抗議の声が上がった。
「聞いて無いぞ、ヒューズ!」
「通達は明日の朝イチでお前さんのデスクに届くさ。適当な遅延の言い訳付きで。判ったか、向こうは何が何でもこの件でお前を叩くつもりだ。なりふりなんか構っちゃないのさ。」
「手を廻してるのはドライン准将か。」
半年前に南部から転属してきた男。一見紳士風の風貌に似合わず上昇志向が強いと秘かに囁かれていたが、ロイはあまり気にしていなかった。椅子取り合戦が好きなら勝手にやってくれと言うのがロイの感想で彼がイーストシティの武器密売に関わってなければ視界にも入らなかった男なのに。
「向こうはお前の事ばっちり意識してるみたいだぜ。こんな大掛かりなゲームを仕掛けてくるんだから。」
「ゲームだ?そんな下らない事のために私の部下を・・判った、ヒューズ。こっちは自分で何とかする。お前はハボックのためにできるだけ公平な審議をしてやってくれ。」
「おい、ロイ!」
思いつめた横顔に不穏なものを感じて椅子から立ち上がって出ていこうとする親友の腕を掴んでヒューズは止める。ロイの激昂する程見た目冷静に見える厄介な癖は昔から変わらない。長年の付き合いがここで放すのはダメだと命じた。
「何を企んでる、ロイ。」
力任せに椅子に引き戻し、ひじ掛けに手をついて行く手を阻む。下から見上げる黒い瞳には底光りするように冷たい熱があった。
「どけ、ヒューズ。司令部に戻って捕虜の尋問と捜査を早めるよう手配するだけだ。」
そんな言葉を信じる程浅い付き合いでは無い。視線の強さに怯む事無くスクェアグラスの男はロイの腕を押さえ付けた。押さつける力がロイに説明無しでは逃がさないと告げる。
「嘘つくなよ、ロイ。お前さんがそういう眼をしてる時は大抵ヤバい事考えてる時だ。あのわんこを助けるために何するつもりだ・・言えよ。」
ぎゅっと掴んだ手に力が籠る。痛みに顔を顰めながらなお視線を外さずロイは静かに答えた。
「・・これがゲームなら駒を増やす。敵の敵は味方だ。司令部にはドラインのやり方を心良く思って無い連中もいるんだ。特に古参の将校にな。実を言えば親切ごかしに手助けを臭わせた奴も居たくらいさ。」
東部を足掛かりに中央へ進出しようとする男は確かにここに足留めを食らっている将校達から見れば煙たい存在だろう。機会があれば足の一つも引っ張ってやりたいと思う者もいるはずだ。だがそれは
「あの連中に頭下げるってのか?今までお前が功績あげるたびに難癖つけてた奴らじゃないか。そんな事したら司令部の椅子取りゲームに巻き込まれるぞ、今まではそれを避けてきたんじゃないのか?」
ロイにとっても東方は通過点に過ぎない。有能な人材を気兼ねなく集るのが目的だからここで影響力を持つ気も無い。ここで功績を積みセントラルに戻るのが最終目的だから上層部の将校との付き合いも形ばかり、派閥に近付こうとも思わなかった。
「それ以外にこちらに有利に事を運ぶ手は無い。何とか正規の手順で審議を行える様にして時間を稼ぎ、その間にエックハルトの尻尾を掴むしかハボックを救う方法はないんだ。腐っても階級だけはある連中だ。上手く使えばそのくらいできるだろう。」
「連中がお前の頼みをただで聞くわけ無いよな。錬金術師、等価に何を差し出す?」
今まで孤高を保っていた気位の高い猫が頭を下げるのだ。頭撫でるだけで済むわけは無い。それが判らない猫ではないだろう。それでも
「私が払えるものなら何でも。靴でも舐めろって言うなら舐めてやる」
静かに答える声にためらいはなかった。
「・・あいつのためにそこまでするのか?判ってンのか、靴舐めるだけじゃすまねぇぞ、ロイ」
押さえた低い声は今までとは違う。何時の間にか表情豊かな親友から感情がきれいに抜け落ちてオリーブグリーンの瞳にだけ強い力が籠っている。それに気押されるようにソファの上のロイの身が竦んだ。そしてナイフ胼胝のできた指がそっと頬に触れる。ぞくりと背筋に戦慄が走るそれを抑える様にロイは静かに答えた。
「・・・守ると決めた私の部下だ。どんな事でもする。判ったら手を放せ、時間が無いんだ」
「やだね」
「ヒューズ、ふざけてる暇は・・!」
抗議の声を眼鏡の男は唇でふさぎ、もがく体を両腕で押さえ込む。沸き上がった感情は本人が驚く程激しくそれに流されるままヒューズはロイの口内を貪る。突き動かしているのは怒りか嫉妬かそれすら判らないまま。
「ん・・ん」
息苦しさに肩を叩く手にようやく口を解放すれば漏れた唾液を隠す様にロイは唇を乱暴に拭う。そのまま乱れた息を整えようと上下する肩にヒューズは再び手を置くとぴくりと体が反応するが紅くなった唇から洩れた言葉は冷静だった。
「気が済んだか、ヒューズ。一体どういうつもりだ」
「別に。俺の取り分を先払いしてもらっただけだって言ったらどうする?あいつらの好きにさせるなら俺にだって権利があると思わないか・・ロイ」
乱れたシャツの隙間からそっと手を入れて首筋を撫でる。指先に感じる脈はそれ程早くなかった。少なくとも指の持ち主よりは。
「あいつらじゃこんなもんじゃ済まないぜ」
鎖骨の浮き出た襟元を撫で回しても相手は何も言わない。ただ漆黒の瞳が静かにヒューズを見上げている。そこからロイの感情はどうしても読み取れなかった。怒っているのか、あきらめたのかそれとも軽蔑してるのか。
「お前の言いたい事は判っている。けどヒューズ、私は決めたんだ。自分の手で守れるものは守り抜くと。そのために何でもするって。それが許せないと言うなら好きにするといい。・・でも約束したろう?あの時。私達は只の親友同士に戻ると。それを破るのか、マース・ヒューズ」
あの砂漠で変わってしまった2人の関係を話しあったのは帰還後一度だけ。その時2人は決めたのだ。元の親友で同じ道を目指す同志でいようと。そう提案したのはロイのほうでヒューズはそれを黙って受け入れた。そうしなければ苦しむのはロイだと判っていたから。グレイシアを切り捨てる事ができない自分にはそうするしか無かった。こと人間関係に関しては酷く不器用で脆い所を持つ親友を苦しめなために。でも
本音はそうじゃねぇ。判っちゃいたけどな。
無言でヒューズはもう一度ロイの口を塞ぐ。抵抗のない相手はヒューズの思うがままになるがそれが返って彼を冷静にした。
くそ、これじゃ同じじゃないか。あの連中と。
「2、いや3日だ」
唐突に体を離した男はそうロイに告げる。いきなりの言葉にロイは戸惑うが、ヒューズは構わず続けた。
「3日だけ審理は伸ばす。その間にお前はエックハルトとドラインについてどんな小さな事でも良いから調べろ。そして会議は俺に任せるんだ。決して悪い様にはしない。そしてもしその結果が気に入らなければあの連中を使ってでも好きにしろ。ともかくそれまでは俺にこの件は預けてくれ。・・俺を信じるかロイ」
たった今無体を働いた男のセリフにしてはムシが良すぎるかもしれないがロイは迷わず頷いた。
「信じよう、ヒューズ。お前を信じなくて誰を私は信じればいい?」
無意識の殺し文句に眼鏡の男は情けない顔で笑った。どうやったって勝てない相手はいるのだと思いながら。
・・苦労するよなぁ俺も。なぁエリシアちゃん。

勝算はたった一つ。もし・・・なら。



ヒュ様ちょっとへこんでます。力関係でいえば実はロイのほうが強いと思います。

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