「いてっ」
岩並みに固い営倉のパンに齧りついた金髪の男は顔を顰めた。酷いパンだと思ってはいたがまさか本当に石が入っているとは、と吐き出した固まりはコンクリの床に跳ね返り小さな音をたてる。なにげに見ればそれは石ではなく小さな丸い固まり。
「なんだぁ、これ・・!」
拾ってよく見ればそれは小さな白い錠剤らしきもの。糖衣でコーティングされた表面にはナイフでひっかいたような瑕があった。
「これ・・H?」

時間がないんだ。審議まで1日しかない。お前の話の裏付けとるだけでもそれじゃ足らない。
・・俺病気のふりでもしましょうか?それとも錯乱したふりしてどっか怪我するとか。
阿呆、そんなことしてもすぐばれるぞ。それに仮に本当に怪我したって判事の心証悪くするだけだ。裁判嫌さに首括るマネする奴なんて珍しくない。何とか手は打つがな。

深夜の会話がハボックの頭に蘇る。手にした錠剤を少しの間弄びながら送り主の意図を想像する。どうやら上手い事誤魔化せるブツを手に入れたらしい。ほんと容赦のない人だなぁと苦笑しながらハボックはためらいもなく錠剤を口に放り込んだ。
数時間後俄に慌ただしさをました営倉に白衣の男が呼ばれたらしいと黒髪の大佐は金髪の副官から聞いた。

「遠慮はいらん」
腹心の部下を集めた秘密の会議でロイは言い切った。
「ばれなければ何でも良い。エックハルトとドラインに関する全てを調べあげろ」
「イエッサー!」
その場の全員が即答する。非合法の活動を命ずる上官に意義を申し立てる者は此処には居ない。
「フューリー曹長、エックハルト邸の電話は押さえられるか?」
「できます。交換台の方に仕掛けた方が確実ですので、すぐに取りかかります。それから大佐、ドライン准将の執務室付近の部屋を一時なんとか使えませんか?」
「盗聴か?しかし君が執務室に入るのは危険だろう、曹長」
「いいえ、壁を壊して中にある電話線の配線をいじってこっちに繋げるんです。作業はそんなにかかりませんし、そうすればここからでも会話は聞けますから。僕この建物の電話線の配置全て把握しているんです。」
にっこり笑う童顔の曹長の笑顔には邪気は全くない。がその場の全員の背筋にちょっと冷たいものが走った。
『こいつにだけは逆らわないでおこう』暗黙の了解を胸に秘めロイは続ける。
「ホークアイ中尉とブレダ少尉はエックハルトの周辺を探ってくれ。それからファルマン准尉」
「はい!」
「君は南部に行き、過去の記録を調べてくれ。連中がやってた事は必ず何かしら残ってるはずだ。こちらではまだそれ程日が経ってないから大した証拠は無いだろうが、あちらなら話は別だ。ただ公式の手続きをしてる暇は無い。わかるな?」
つまりコピーも写しも出来ない。下手をすればスパイ容疑を掛けられる危険もある任務を命じているのだが。
「任せて下さい。何、資料室に入るのは簡単ですよ。誰か偉いさんに極秘で頼まれたって言えば大抵上手くいきます。経験上この手が一番良いんです。中に入ってしまえばこちらのものです」
司令部、いやアメストリス軍きっての記憶力を誇る男は自信を持って応える。
「期待してるよ、ファルマン。では諸君仕事にかかろうか」
「イエッサー!」

イーストシティのとある高級住宅街。豪壮な邸宅の一角で電話のベルが鳴った。受話器を取ったのは銀髪の執事で数分後彼は主人の書斎をノックした。
「旦那様、ドライン閣下から御連絡がありました。軍法会議の開催が3日程延期になったそうです」
「ふん、ドラインめ。やっぱり大して役に立たないじゃないか。マスタングを抑える事も出来ないのか」
腹立たしげに呟く男にはあの現場でみせた気弱さなど微塵も無い。ただ野心と欲望に溢れた男がそこに居た。
「いえ、どうやら問題の少尉が急病で延期という事だそうで」
「病気?また下手な小細工を。イシュヴァールの英雄も大した事ないな。まぁたかが3日延びたぐらいで何ができる」
「左様でございますとも。我々には何の心配もございません。会議は我々の思惑どうりに進むでしょう。よろしければコーヒーをお持ちします、旦那様」

誰もあの男を助ける事はできない。本当の罪で裁く事ができないのは残念だがともかくあの子の無念をはらす事はできるのだ。
銀のトレイに写った顔は酷く晴れ晴れとしていた。

同じ頃セントラルのやはり高級住宅街でこちらは白いエプロンをした召し使いが黒い受話器を主人に手渡した。
「おお、ヒューズ中佐おはようございます。今は確かイーストシティに出張中でしたな。マスタング大佐は御健勝ですか?・・はい?ああそれは可能ですが・・ですがそれはグラン中将の許可が必要です。・・そうですか。許可がないと我輩としても勝手に閲覧するわけには・・。申し訳ありません、お役に立てなくて。・・・あーそう言えば我輩今日は仕事で資料室に入る予定がありますからお捜しの資料もついうっかり見つけてしまうかもしれませんな。・・・そうです我輩結構記憶力も良いので。ではマスタング大佐によろしくとお伝えください。・・はい」
そっと受話器を置いた大男は傍らに控えていたメイドに伝言を頼む。
「非番だったが急用ができた。母上に午後のお茶会は欠席すると伝えてくれ。」
「畏まりました、ルイ様」

そしてイーストシティではとある爆破現場で作業着姿の男が部下達に向かって叫ぶ。
「ブレダ少尉の説明は聞いたな!時間がないから作業は3交代制で休み無しだ。大変だと思うが隊長を救うためだ。頑張ってくれ、みんな!」
「イエッスサー!」
力強い声を背中で聞きながらブレダ少尉は現場を離れた。これから幾つかの情報屋をあたり武器の密売ルートを探るのが今の任務だが今のところ成果は今一つ。
狸親爺だよなぁあのおっさん。容易に尻尾は掴ませないってか?
それでも足取りは重く無い。迷ってる暇も落ち込む暇も彼等には無いのだ。
ここで頑張らなきゃ、ハボの野郎が助けられない。あいつは昔から世話の焼ける男だったぜ。
試験のヤマ当て、レポートの手伝い。東部の地方都市にある士官学校で出会った垂れ目の金髪は学業はてんでだめで同室になった男は自分の運の悪さを嘆いたものだった。でも運動能力と実践的な知恵、妙によく働く勘は誰にも負けず、人当たりの良さは面倒ごとも仕方ねぃなと思わせるものがあった。だからこうして今も自分は寒風の中を歩き回る。
皆だってそうさ。お前を助けるために一生懸命やってるんだ。ファルマンや中尉達も。ハボ判ってンのか?お前は幸せもんなんだぞ。
営倉の固いベッドに横たわるくされ縁に心の中でエールを送った男を誰かが呼んだ。何事かと声のする方に顔を向ければこの寒空の下、カフェのテラス席でお茶を飲む物好きが手を振っている。スクエアグラスに冬の日射しが反射してキラリと光ったのがブレダの目に映った。



軍部総出、意外な人物も出て来てます。要するに皆ハボの事が好きなのよーと言いたかった。雑誌の方もきっとハボの病室は皆の溜まり場になっていて秘かに大佐への連絡係りなんかやってるんじゃないかと妄想してます。

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