「やっぱり外は寒いね。無理しないで最初から中に居ればよかった−」
テラスからブレダを呼んだ男は改めて屋内のテーブルに移った。昼時の店内は客の喧噪に満ちあふれ隅っこの衝立ての角にあるテーブルに注意を払う者は殆ど居ない。特に注文の品を運び終わった後ならウエイトレスさえ顧みないだろう。つまり密談には絶好のポイント。
「食べないの?昼まだだろ、少尉。んな警戒しなくても食べてる間は仕事の話はしないって。ちゃんと食べないと力でないだろ」
「それじゃあ遠慮せずいただきます、ヒューズ中佐」
注文の特大ハンバーガーにブレダは思いきり良くかぶりついた。相手の意図は見えないがここで変に意識してると思われるのも困る。今は検察サイドの男には努めて自然に振る舞うのが得策の筈だ。
・・何処までこの中佐殿を騙せるか判らないけどな。
軍法会議所でのヒューズ中佐の辣腕ぶりはブレダも良く知っていた。秘かに同じ頭脳派を自負するだからよけいにこの人の良さそうな笑顔の奥にあるものの怖さを判ってるつもりだった。だが
「食べ終わったら、コンラート・アイスラーの事話してくれないかな少尉?」
絶妙のタイミングで出された言葉にブレダは成す術がなかった。パンを飲み込もうとしてたリズムを崩され喉に詰まらせかけるのをコーヒーを流し込んでなんとか防ぐ。派手に咳き込む事は免れたがそんなのこの相手には何の意味も無い。
「げほっ、全く人が悪いですね、中佐」
ナプキンで口の周りのケチャップを拭きながら抗議するが相手は笑って取り合わない。
「悪い悪い。でも良い経験になったろ。人間モノ食ってる時はかなり素になって油断するのさ。今度試してみな」
「判りました。これからは気を付けますよ。でヒューズ中佐何をお聞きになりたいんですか?」
さっきの動揺など忘れたふりしてコーヒーを飲み干し、ゆったりと構えなおす男はいつもの太々しい態度を取り戻している。そう簡単に相手のペースに乗ってたまるかと言わんばかりの表情にヒューズは内心苦笑した。
どいつもこいつも主人以外には懐かん犬ぞろいだよ。ローイ、良い部下を持ったなお前は。
「取りあえず俺の話を聞いてくれるかな?そうすりゃこれがハボック少尉から直接聞いたって少尉にも判るだろ?その上で俺の質問に答えてくれるのかレシート持ってここを出ていくかはお前さんの自由だ。俺は2度とこの件に関しちゃ話さない。OK?」
ヒューズの提案にブレダは無言で頷いた。

「・・ってとこまで俺は少尉の口から聞いた。どうする?ブレダ少尉。このままここに居て俺に協力してくれるかそれとも無視して出ていくか。好きにしていいぜ」
見えないカードを曝す様に両手を拡げた仕種は板に付いて自分の勝ちを確信したギャンブラーみたいだなと脈絡も無くブレダは思った。それにしてもハボック本人がヒューズにこの話をしたのは間違い無い。ここまで詳しく調べるのはいくらこの中佐が有能でもこの短期間じゃ不可能の筈だ。じゃあハボックがこの話を何故検察側であるヒューズに話したのか。黙っていれば多分絶対気付かれない不利な過去を。その意図が読めない程付き合いの浅い関係ではない。
・・・大佐のためなんだろうなぁ。ハボよ。確かに大佐を救うには良い手かもしんねえが、お前はどうなんのよ。
へらりと笑う垂れ目が脳裏に浮かぶ。テストが近い時なんかそいつはそんな顔して頼み込むのだ。
お願いしまっス、ブレダさん!なんとか助けて下さいよ!
聞いてやってもいいけどなぁ。ハボ。きっと大佐怒るぞ。お前を助けるために必死なのに。
しょーがないっしょ。俺は大佐のほうが大事なの。頼むよ、ブレダ。
・・不器用な奴だよ、お前は。大佐は悲しむぞきっと。
そーかなぁ。
金髪をかきながらへへっと笑う青い瞳の残像はそれでも嬉しそうに見えた。

俺の知ってる事は中佐が話した事と殆ど同じです。大して新しいことなんぞありませんよ。
うんまぁそんなトコだろ。俺も確認がしたかっただけだ。それとコンラート・アイスラーについて他に何か知らないか?どんな些細な事でもいい。
・・・俺はあんまり奴と親しく無かったんですよ。そうですねぇ出身は東部のはずです。
東部の何処だか判るか?書類ではニューオプティンになってるがそれは出生地じゃねぇ。彼の生まれ故郷は何処だ。
生まれ故郷?なんでそんな事を?聞いた事はありませんが奴のアクセントには少し癖がありました。あれは多分東部の北の方の癖だと思います。ヒューズ中佐あなたは一体何をしようとしてるんです。
企業秘密だ。あと一つ教えてくれハンナ・ヨハンソンは今何処に居る?
・・・知りません。
ファイマンス・ブレダ少尉、もう一度聞く。彼女は何処だ。この件は彼女抜きではできない。それは少尉も判ってるだろう?
それは無理です!ヒューズ中佐。だって彼女ははもういない。
何ぃ?
偶然ですが俺は知ったんです。ハボには黙ってましたけど。彼女は2年前亡くなったんです。

カフェの片隅での密談はかなり長くかかった。ようやくランチタイムの忙しさから解放されたウェイトレスが思い出した様にそのテーブルを見るとコーヒーカップも水のグラスも空だった。慌てて水を足しに行くとテーブルの2人は無言で席を立つ。ありがとうございましたぁと明るい声に送られながら軍人2人は寒空の下に戻った。
「奢ってやってもよかったんだぞ、少尉」
「結構ですよ。ハンバーガーで友人売ったなんて思われたくありません。ヒューズ中佐、貴方はこれからどうするつもりです?ハボの野郎は何を貴方に頼んだんですか?」
「多分、お前さんが考えてるのと同じ事だよ、ブレダ少尉。あのワンコはなんとか御主人様を助けたいんだ」
「しかし、大佐はハボックの無実を晴らそうと必死なんですよ!皆だってそうです。それでも中佐は・・」
「仕方ないだろ、両方の言う事聞いてる暇は無いんだ。だったら救える方を救う。悪いが俺にはワンコよりロイの方が大事なんだ。お前さんもハボックの望みを叶えたかったらロイには何も言うなよ。じゃあな」
きっぱり言い切る声に迷いは無い。それ以上の追求は無用とばかりに背を向けて歩き出す男を見送る以外ブレダにできる事はなかった。

それから2日間マース・ヒューズの姿は東方司令部から消えた。

そして会議の前日執務室でロイはこれまで調べた資料を全て戻ったヒューズに渡す。分厚いそれを受け取ってぱらぱらとめくるヒューズの顔は相変わらず厳しい。
「これで全部か。あの細目の准尉はどうした」
「ファルマンはまだ南部だ。ギリギリまで調べたいとさっき司令部に連絡があった」
司令部に泊まり込んでいるロイの顔色も良くは無い。
「つまりあんまり捗々しくないと。まぁそう簡単に証拠が見つかるんなら俺達も苦労はしないよな。じゃ俺はこれからこの資料を検討する。お前は今日は家に帰れ。そしてゆっくり休むんだ。会議はきつい。神経すり減らすぞ。おまけに無精髭を生やした上官なんか判事の心証悪くするだけだ」
そういう男の髭もいつもきちんとしてるのに長さにばらつきが目立って手入れを怠っているのは明白だった。多分妻には絶対見せない姿だろう。
「余計なお世話だ。・・・何とかなりそうかヒューズ?」
疲労が溜まった声はいつもの張りも無い。尤も語尾が小さく心細げになったのは疲れのせいだけでは無かったが。
3日間必死に調べた証拠が確実に無実を証明できる程ではないのはロイ自身よく判っている。この材料でヒューズがどう戦うか彼には想像もつかない。
「何とかするさ、ロイ。俺が今までお前の頼み聞いてやんなかった事あるか?」
学生時代と変わらぬ笑顔。いつもロイを安心させるそれに頷くとヒューズは書類を持って執務室を出ていった。
その後姿に何処か一抹の不安を感じながらロイも帰り支度をする。誰も居ない冷たい家、数日前までそこは煙草の臭いと暖かな空気が満ちていたのに。
「・・・必ず助けてやる、待ってろハボック」


そろそろ捏造過去話が出て来ます。オリキャラ出まくりですが御容赦を!

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