「アメリストス軍法第二十条に基づく審問を始める。私はフランツ・ファレン大佐。この案件で判事を務める」
低いがよく響く声が部屋に響く。灰色の壁に囲まれた室内で直立していた出席者はそれを合図に一斉に着席し、今度はその音が壁に当たって低く響いた。それ程広く無いその部屋に正面に一段高くなった法壇、左右に弁護側と検察側のための長めのテーブル、真ん中には証人台、そして後ろには木の柵で仕切られた傍聴人席がシンプルに配置されている。
左の検察側にはスクェアグラスの男、そして右側の弁護側には
「なんでハボック少尉だけなんです?弁護人はどうしたんですか?」
傍聴席で童顔の曹長は不安げに隣に座った同僚に囁く。が、むっつりと腕組みした少尉はそれには答えなかった。
代わりに答えを教えたのはさっきの低い声の主。
「審議に入る前にもう一度確認を
したい。ジャン・ハボック少尉、昨日君は弁護人を受ける権利を拒否すると申し立てた。その考えに変わりはないかね?」
「ありません、サー」
困惑を含んだ声を断ち切る様にきっぱりと金髪の少尉の声は言い切り、その声は傍聴席の右側最前列に陣取る黒髪の大佐の耳にもはっきりと聞こえた。
「御存じでしたか、大佐」
冷静な副官もさすがに驚きは隠せない。しかし隣の男は無言だった。ただその膝の上できっちり組み合わされた手が微かに震える事で持ち主の動揺を伝えている。
一体何を考えているんだあいつは!いくら大して力のない弁護人でもいると居ないじゃ大違いなんだぞ。馬鹿者!
柵の向こうにいる金髪に向かってロイは叫びたい衝動を押さえるのに苦労する。つい数分前直立するロイの前を通って入廷したハボックは一度もこちらに目を向けなかった。数日ぶりに見た金髪の部下は営倉暮しのおかげで頬のラインがシャープになりいつもの茫洋さが抜けた顔は別人の様によそよそしい。垂れた青い目に変わりはないがそれがロイを映す事は無くその事がロイに昨日帰った家の冷たさを思い出させた。もう何日も他人の手が入って無いそこは雑然として埃っぽく空気は淀んで冷えていた。
台所に置かれたカップ、居間に散らばった書類の束、主の居ないDOG HOUSE。だけどこの事件が解決しさえすればそれらは消えて無くなるはずだった。また暖かく居心地の良い家になるとロイは思っていた。あの金髪の忠犬が戻りさえすれば、いやなんとしても絶対取り戻すつもりではいたけれど。
もしハボックがそれを望まなかったら。もしハボックが全ての罪を被ってロイを救おうとしたら。
あの馬鹿、駄犬。もしかしていらん知恵を巡らしてんじゃないだろうな。私はそんなの望まないぞ、ハボック
夕べの不安がゆっくりと形を為していく。握りしめた手に力を込める事でロイは何とかそれをねじ伏せようとしていた。

「どういうつもりだ、あの少尉は」
検察側傍聴席に座る男は苛立った様に手にした杖で床を叩きながら隣の執事に言った。本来軍関係者以外は傍聴不可の場に彼等がいるのは告訴した本人であるとのと
「全てをあの少尉のせいにして蜥蜴の尻尾を切るつもりかもしれんな、マスタングは」
その後ろに座った大柄の軍人の力によるものだった。
「そんな事しても無駄ですよ、ドライン閣下。むしろ余計マスコミには叩かれます。部下を見捨てた非情な軍人としてね。まぁあの哀れな若者がどうなろうと我々には関係ありませんがな」
主人の苛立ちを宥める様に応える銀髪の執事の口元には薄らと笑みが浮かんでいた。

「・・以上が本件の概要です。検死の結果死亡したカール・エックハルト氏の身体には銃創が3ケ所ありその内心臓付近を貫通したものが致命傷になったという事です。残りは腕と肩にあり、腕はかすった程度のものでしたが、肩には銃弾が残っていました。鑑定の結果ジャン・ハボック少尉の所持していた銃のものと一致しています。」
「心臓のものはどうだったのかね、中佐」
「こちらは弾が貫通しており特定はできないと監察医は言ってます」
ヒューズの答えに真面目そうな大佐は眉を顰めた。弁護人がいない審議をなるべく公平に行おうとする彼の姿勢はロイ達にとって数少ない幸運ではあった。尤も検察側はそんな事気にもしていないだろう。手にした書類に目もくれず陳述を続けるヒューズの口は淀みも無い。
「銃創の違いは被害者を撃った者の位置の違いだと思われます。つまり心臓の傷は近くで、肩の傷は離れて、あるいは間に何らかの遮蔽物があったと思われます。ジャン・ハボック少尉が報告したように。どうですか?少尉」
中央の証言台に立つ金髪の男は無言だった。さっき判事に答えて以来彼の口は閉ざされたままで検察側の確認も判事の質問にも答えていなかった。
「どうやら少尉は黙秘を続けるらしい。しかし弁護人も拒否し黙秘を続けると言う事は検察側の主張を全て受け入れるのと同じことになるぞ。それでいいのかハボック少尉」
静かに語るヒューズにハボックは何も答えなかった。ただ見交わす瞳の奥にある互いの真意を探りあうだけだ。
「・・それでは話を続けましょう。これまでの証拠と報告書をもって我々軍法会議所はカール・エックハルト氏の死の原因はジャン・ハボック少尉の銃弾によるものと結論付けます。彼は現場においておそらく椅子に縛られた被害者をテロリストと間違えて射殺してしまった。そしてそれを隠蔽するために居もしない人物をでっち上げ、誤魔化そうとした。これはアメストリス軍の軍人として恥ずべき行為であり厳重に処罰されるべき罪です。またそのような部下に救出作戦の指揮を命じたロイ・マスタング大佐の任命責任も問われるべきだと考えます、ファレル判事」
「・・どうやらヒューズ中佐は親友を見捨てるらしい。巻き添えを食うのはごめんと言う事だ。ま、正しい判断と言えるかな」
親友を弾劾する男をそう評して軍人は自慢の口ひげをひねる。切れ者と名高いマスタング大佐の親友がどんな手を打ってくるかと警戒していたのだがそれも杞憂に終わりそうだ・・とほくそ笑んだ時。
「しかしそれは事実でしょうか」
思い掛けない言葉に目を向ければ検察側の男が意味ありげにこちらを見て居た。スクェアグラスの奥には挑戦的な光が浮かび声にならないメッセージを伝えた。まだ終わりじゃないぞと。
「我々はハボック少尉の経歴、及び軍歴を詳しく調べました。少尉は十代に志願兵としてイシュヴァールに送られました。むろん後方支援に廻されましたが幾つかの実戦も経験し、終戦後、部隊の上官の推薦を受け士官学校に特別枠で入学。卒業後は南部の前線での戦闘に参加し功績も上げています。東部に配属されてからはマスタング大佐の直属の部下として部隊を率いイーストシティの安全を守って来ました。先だって行われた北方司令部との合同演習でも指揮した小隊が模擬戦で勝利し、北方司令アームストロング少将から賞賛の言葉を貰っています。・・つまり少尉はいわゆる実戦馴れした兵士であり、その能力は若いながら高く評価されています。そんな人間がこのような新兵並のミスを侵すでしょうか?」
「何が言いたいのかね、ヒューズ中佐。君の説明では確かにハボック少尉は優秀な軍人らしい。だがカール・エックハルトを死なせたのは彼以外に居ないのだろう?」
意外な言葉に戸惑った判事は質問はこの場の人間全てが抱いた疑問だった。一見単純なこの事件を検察はどうするつもりなのか。
「ファレル判事、ハボック少尉は検察に対し故意に虚偽の報告を行っています。彼はカール・エックハルト氏と面識がありしかも2人の間には過去ある事件がありました。本件はその事と密接な関係があると思われます。つまりカールの死は過失ではありません。」


やっと裁判のシーンになったー。ちょっと調べたところいわゆる軍法会議なんかでは判事や弁護人を務めるのも皆軍人です。でもちゃんと大学やロースクールなどに通って資格を取るらしい。ただ民間の弁護士も被告が望めば参加できるらしいです。(アメリカ軍の場合)

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