その言葉を法廷にいる人間が理解するのにどのくらいかかったのか。沈黙に支配された部屋から密かなざわめきが潮の様に湧き出て辺りを満たす。
「ど・・どういう事です?ヒューズ中佐は一体何を言いたいんですか?」
「大佐、これはどういう・・」
「何を言い出すんだ、あの中佐は」
「静粛に!」
ガン、ガンと鳴らされる木槌の音がざわめきを消し去り、再び沈黙が戻ったところで徐に壇上の判事は皆を代表するようにヒューズに問う。
「ヒューズ中佐、つまり君はこれが故意の殺人であると言うのかね?過失では無く」
「はい、ファレル大佐。そう信ずべき理由が当方にはあります」
「では説明し給え、中佐。故意と過失では罪の重さも違う。安易な判断は避けるべきだ」
「心得てます、大佐。・・ではこれを」
一枚の書類をヒューズは壇上の判事に提出した。幾人もの人名が書かれたそれは2ケ所に赤い下線が引かれている。下線の上の名前は今話題になっている2人の人物。ジャン・ハボックともう1人。
「これはニューオプティンあるアメストリス国立イースト士官学校の第20期卒業者名簿です。御覧の通りハボック少尉とカール・エックハルト・・婿養子に入る以前のカール・ワッツ氏は同期でした」
「確かにそうだが、これだけなら単なる偶然と言えるのでは?いくら同期と言っても顔も知らない人物だっているだろう」
「はい、我々も最初は単なる偶然と思っていました。この件とは全く無関係な偶然だと。しかし彼等の過去を調べる内に2人には・・いえ正確には3人の間には深い因縁があると判ったのです」
意味ありげな言葉と共にヒューズは一枚のコピーを取り出し、傍聴席の方にゆっくりと示す。目の良い狙撃手にはそこに書かれている見出しの文字がはっきりと読めた。
「・・士官学校の学生、公園で変死。自殺か他殺か?・・古い新聞のコピーのようですね。一体これが何の関係があるのかしら」
問いかけるような声に隣に座った男は答えない。もうずっと彼の口は一言の言葉も発せずただじっと検察側の男を見詰めるだけ。噛み締めた唇はかろうじて叫び出しそうになる己を抑えている。
何をするつもりだ、ヒューズ、と

「これは4年前、彼等の学校が在るニューオプティンの地方版に載った新聞記事です。死亡した学生はコンラート・アイスラー彼もハボック少尉達と同期の学生でした」
その名が出た時傍聴席の1人の身体がびくりと反応したが周囲の者は木月もしない。なぜなら全員の注意は検察側の男に集中しており小刻みに震える男に注意を払う者は居なかった。スクェアグラスの奥から秘かにその男を観察していたヒューズを除いて。
「被害者は士官学校近くの公園で腹部に銃弾を受けた形で発見されました。事件は現場に凶器は無くそれなのに硝煙反応が被害者の右手から出たという不可解な状況のまま結局未解決となった事件です」
「これにハボック少尉とカール・エックハルト氏が関わっていたと言うのかね」
「はい。証人は後程出廷しますが取りあえず事件の概要を簡単に説明します。この事件に関わったのは4人の人物です。ジャン・ハボック、カール・ワッツ、コンラート・アイスラーそしてハンナ・ヨハンソン」

彼女の名が出た時、ハボックの目に艶やかな金の髪が目に浮かんだ。いつもきれいにとかしていたそれを肩から流して笑っていた姿が何年ぶりかで思い出される。もうすっかり記憶の片隅に追いやられたその笑顔は約束を破った自分を責めるように歪んでいた。
・・そうじゃない。最後に彼女を見た時そんな風に笑っていたんだ。いや違う笑ってなかった。ハンナはあの時きれいな顔を歪めて泣いていたんだ。
どうしよう、どうしたらいい?・・助けて、ジャン。
検察側の席で眼鏡の男が紡ぐ物語はハボックに忘れていた過去を思い起こさせる。あの日の雨の冷たさ。がんがん響く心臓の音。そして鼻に付く鉄錆に似た臭い。イシュヴァールで馴れたはずのそれに吐き気を憶えた自分。
ああ本当に随分と昔の事のようだイーストシティに来てからの日々は忙しくて大変で、でもとても充実してたから昔を振り返る気持ちなんか起きなかった。あの人の後を追い掛けるのに必死で他は見えてなかった。・・でもまだたった4年しか経っていなかったんだ。ごめんなコンラート、君の事忘れてて。

「士官学校に行ってみないか」
イシュヴァール終結後上司のウィーバー中佐がそう言った時最初俺は冗談だと思った。だって士官学校ってのは将来軍を背負って立つエリートを養成する所で頭だって家柄だって良いとこの人間が行くとこだろう?
「まぁ元はそうだが御覧の通り今は酷い人材不足だ。特に中間層が不足がちで何がなんでも人手を増やさないと大変でな。そういうわけで先頃上から通達があった。実戦経験者で年齢が若く優秀な者は無試験で士官学校の入学を認めると言うんだ。上官2名以上の推薦があればな。でベイリー少尉なんかとも相談したんだが彼もお前ならいいんじゃないかと」
「えーなんで俺なんスか?俺頭悪いしふんぞり返って部下に命令するなんて柄じゃ無いッスよ」
「阿呆、ふんぞり返れるまで何年かかると思ってるんだ。士官なんて上から無茶言われて下から恨まれる割のない役目なんだ。しかも上に行けるのはほんの一握り、それこそ家柄と頭の世界だ」
じゃあなんでそんなの薦めるんだよー
「だがこいつが居ないと軍は動かん。軍という巨大な組織を動かす大事な潤滑油なんだよ。士官って奴は。でお前が田舎帰って雑貨屋やるってなら関係ないが、もし軍に残るというなら士官になった方が絶対良い。働きによっちゃちょっとは自分の言いたい事いえるかもしれないぞ・・どうだハボック」
にーっこり。破壊力抜群の笑顔でウィーバー中佐はそう締めくくった。

即答はしなかった。でも多分あの時心は決まっていたと思う。ほんの一瞬イシュヴァールで見た焔が心に浮かんだあの時に。

「あああ、比較戦術論のレポート不可だ。どうしよう他の教科の追試もあるのに。・・助けてブレダ様!」
「ってお前この間もレポート俺にやらせたじゃないか!今度は自分でなんとかしろよー」
無試験といっても後の授業は普通と変わらない。そこを考えなかった俺も抜けてたが、ともかく学科には苦労しっぱなしだった。東部の田舎者にいきなり兵站学や戦術論を学べっていうんだ無茶だろうそれは。
「そこをなんとか!構成だけでもいいから助けて。リンデンでビールおごるから!」
「ビーフパイとターキーサンドも付けろ」
「そんなぁー」
同室になったブレダは俺と違って頭がいい。なんだかんだ言って俺を助けてくれたおかげで何とか俺は落第せずにやってこれたんだ。それともう1人俺を助けてくれたのがコンラートだった。

捏造過去話スタート。原作で2度も頭悪いとか書かれたんだからそりゃー苦労したんだろう士官学校では。そして周囲が(特にブレさんが)しょーがねーって助けてたんじゃないかと妄想中。

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