検察側の話は続く。
「コンラート・アイスラーは東部出身の学生で早くに両親を亡くしニューオプティンの祖父母の元で育ちました。祖父が国軍中佐であったことから士官学校に入学し軍人を志しました。またカール・ワッツの父はワッツ少将で当時東方司令部勤務、その縁で東部の士官学校に入学しています。2人とも当然イシュヴァールに従軍はしておらず普通入学の学生でした。この育ちも環境も違う彼等3人を結び付けたのがハンナ・ヨハンソン。ニューオプティンの酒場リンデンで働く女性でした」
「つまりいわゆる色恋沙汰と言うわけか」
すっかり話にのまれた判事は興味深げに問う。判事ばかりでなくその部屋にいる全員がヒューズの話に引き込まれていた。学生時代のロマンスが何故この事件に関わる事になったのか。話を進めるヒューズにも場の空気が変わっていくのがわかる。これからが勝負だと息を吸った時傍聴席で憮然としているブレダの姿が目に入った。自分の話した事がハボックを追い詰める事になると覚悟はしていたとしても彼とっては辛いだろう。しかしヒューズにとってブレダの話は客観的で判りやすく、その場の状況をよく説明できていたから得た物も大きかったのだ。
・・結構お前さんの話で見えてきた事もあるんだ。それを無にしないようにしなけりゃな。

『リンデン』は俺ら学生の溜まり場みたいなもんでした。ビールは安いし食事も上手くてボリュームたっぷり。女将さんは明るくて働く娘が美人とくりゃ学生が集まらない訳はないでしょ?そこで働くハンナはまぁ皆の憧れの的みたいなもんで俺達より2〜3才年上で金髪の明るい娘でした。そういや俺はよくそこでハボに奢らせてたっけ。レポート代筆の等価交換ってやつで。ホントあいつの成績は超低空飛行でね。いつ落ちやしないかとヒヤヒヤしてましたよ。コンラートもあいつを助けてたけどこれは陸練なんかでヘタった彼をハボがかばった事の御礼みたいなもんでしたかね。
・・・俺はあんまりコンラートと親しくはなかったんです。彼は真面目で大人しいやつであんまり目立たなかった。ただ頭は良かったけど運動はからきしダメでよく演習で皆の足を引っ張りましたよ。そこをハボがかばって荷物なんか持ってやったのが2人の交流の切っ掛けだと思います。カールの奴は・・いわゆる金持ちのお坊っちゃんてやつでしたか。成績も容姿も平凡だけど無駄なプライドだけは人一倍持ってる。ハボや俺みたいな庶民なんか目もくれねェ。ハボックが体術で手加減無しであいつをのせば、ずるしたと教官に訴える・・そーゆー奴です。ハンナにちょっかいかけたのも皆の憧れの的を手に入れたと自慢したかったにすぎません。彼女も馬鹿じゃ無い、まるで相手にしませんでしたよ。ただその時は酒場の女なんかに本気で惚れたわけじゃねぇって昔話の狐みたいに周りに言い訳してただけでした。
・・ハボの奴ですか?うーん俺もあいつとの付き合い始まったばかりでしたからねぇ。あんまり奴の事よく知らなかったんですよ。まぁ、飄々としてる癖に面倒見がよくてマイペースってのは今と同じでしたがね。ハンナにも声かけてデートに誘ったりしてましたがこっちも撃沈。でもあれは本気ってわけでも無かったように思います。大体あいつは顔はまぁまぁで人当たりも良いからちょこちょこ声かけて大体5割の確率で上手くいくんですけど長続きはしなかったかなぁ。あいつが悪いのかしりませんが振られたって泣き付くわりに元カノと友達付き合いしたりするんだから、どれも本気じゃなかったんでしょ。ハンナともそうでした。振られた後でも飲みにいけばよく話すし、リンデンのツケが溜まると彼女に頭叩かれて皿洗いなんかやらされてました。なんて言うか弟扱いされてましたね。・・なんで彼女がコンラートを選んだかって?こればっかりは他人にゃ判りませんよ。ただあいつは多分一番真剣に彼女の事思ってたと思います。ただの遊びや戯れじゃ無く。そういうのって女心にぐっとくるんじゃないですかねぇ。それで絆されたとか。ほらことわざにもあるでしょ?火の隣の氷は溶けるって。

「若者らしい恋の鞘当ての勝者はコンラートでした。生真面目な彼の情熱が彼女に通じたのか彼等は卒業半年ぐらい前から交際を始めたそうです。破れた2人も男らしく諦め、ハボック少尉は2人の良き相談相手となったらしいと友人の証言があります。真面目故に色恋に不馴れな友人を彼なりに応援したかったのでしょう。そのままなら何も問題は無かった。彼等は無事に卒業し立派な軍人となったことでしょう。しかし事件は起きてしまった。
切っ掛けは・・・多分コンラート青年の夢だったと思われます。

「錬金術師になりたいんだ、僕は」
そう言って目を輝かせたコンラートの顔を俺はよく憶えている。希望と夢に満ちた澄んだ光がそこにはあって、すごく眩しいと素直に思った。その言葉が本当はどんな意味を持つのか俺は良く知っていたのだけれど。

「あーいたいた、コンラート。教官が捜してたぞー。」
休講の張り紙を見て生徒達はそれぞれ思い思いの場所に散っていった。こっそり公園に息抜き(喫煙)しにいこうと思っていたハボックは運悪く教官に捕まり友人の捜索を命じられた。
「何でこんな裏手で本読んでンだよ、図書館に行きゃいーじゃん、ってなに読んでンのお前」
隠すように閉じられた本は古ぼけた分厚い革表紙の本でところどころほつれたページは横にはみだしている。表紙には金箔で描かれた円の紋様。それ以外は何もない。
「ああ、ごめん。天気が良いからつい外で読みたくなって。わざわざ捜させてしまった、すまないジャン」
ずりかけた眼鏡をなおして栗色の髪の青年は慌てて立ち上がろうとした。その急な動作で本からとれたページがざざっと舞い辺りに散らばる。
「うわっ、大変!」
「あー急がなくていいよ、別にすぐ来いって訳じゃなし。えーっとこれが最後かな」
散らばった内の何枚かを拾ってハボックはわたわたしている友人に渡そうとしてふとその手が止まる。古ぼけた紙にペンで描かれた紋様は何処かで見たものに良く似ていた。
「・・・これ練成陣?コンラートお前錬金術できるのか?」
思わず口をついて出た言葉に相手は驚き、そしてちょっと困った顔をした。
「・・悪いけど内緒にしておいてくれないか、ジャン」

この本は父の形見なんだ。僕の父は錬金術師だった。研究熱心でよくあちこちに文献を捜しに行ってたよ。でも家にいる時はまだ字も読めない僕に錬金術の基礎を教えようとして母に笑われたりしてた。優しい父だったよ。でも僕が子供の頃クルセクス遺跡・・そうあの東の砂漠にあるやつに行こうとして砂嵐に巻き込まれて死んだらしい。一緒に行ったキャラバンの人がそう教えてくれた。母はすっかり気落ちしてね。それからすっかり身体を壊して実家に戻ったんだけど暫くして病気で亡くなった。で僕は祖父母に育てられたんだけど2人は父を嫌っていてね、思い出話すらするのを禁じた。父と母は駆け落ち同然で一緒になったらしいから気持ちは判るんだけど父の全てを否定されるのは辛かった。例え研究に夢中になって母に寂しい思いをさせても父は僕と母を愛していたし、旅先では必ず手紙をくれた。その手紙とトランクに詰め込まれた錬金術の本が父の唯一の形見だ。これだけは母が隠して僕に渡してくれたんだ。他は皆お祖父様に捨てられてしまった。だから錬金術が父と僕を繋ぐ唯一の糸だ。軍人だった祖父は僕にも軍人になれと言ったが、君も知っての通り僕の体力じゃ到底無理だ。今までだって君に助けられなきゃどうなっていたか。
・・え?その分テストの勉強みてもらってるからおあいこだって?はは、確かに等価交換だ。そういう訳で錬金術の勉強してるのは秘密なんだよ。祖父に知られたら大変だ。でもね国家錬金術師になると話は別だ。これなら祖父の希望通り軍人になれるし錬金術師にもなれる。誰も文句は言わないだろ?だから僕は国家錬金術師になりたいんだ、どんな事をしても。
語る友人の瞳には希望があった。夢を持つ者特有の強い光と情熱が。

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