・・思えばあれがきっかけだったのかも知れません。
実際その場にいたブレダ少尉は語る。
あの一件でコンラートは学校一の有名人になっちまった。教官も講師も皆彼に期待し便宜をはかろうとする。教練なんか全部免除ですよ。・・何でそんな事になるかって?あーそうですねヒューズ中佐の時代からは考えられんでしょうな。あのねこれはイシュヴァール直後の話なんですよ?錬金術師達が英雄に祭り上げられ軍の宝と言われた時期なんです。そう大佐のように20代で中佐になれる者もいた。優秀な錬金術師になる事イコール軍での出世が約束されたと考えられどの士官学校も育成に力を入れていたんです。だって卒業生の業績はそのまま出身校の栄誉になりますからね。マスタング大佐だっていまだに講演依頼とか来ますでしょう?セントラルの士官学校から。だから学校側もこぞって彼の後押してたんです。文献や優秀な人材が豊富なセントラルの学校と比べれば地方のこっちはそれだけ不利ですからね。それがどんだけコンラートにプレッシャーになったか想像もつきませんや。おまけにそれまで奴の事見向きもしなかった連中までちゃほやし始める。将来国家錬金術師の友人を持っていた方が得だと考えた奴らがね。・・カールもそうでした。何かとコンラートにかまい親しくなろうとしていた、表面上はね。本音は・・推測ですけど奴はコンラートの事妬んでたと思います。それまで全く目立たなかった彼が実は大した才能の持ち主で学校中の期待を一身に背負う立場になった。家柄とか金の力じゃなくて自分の力で。おまけに女の事でも負けてたんだ、これはあいつみたいな人間には物凄く悔しい事だと思いますよ。・・俺はね中佐、コンラートが試験受かったって発表された時その場に居たんですよ。ハボが我が事の様に喜んで周りも一緒に騒いでた時カールだけは笑わなかった。いや顔だけは皆と同じで嬉しそうにしてたけど暗い目付きでコンラートの事睨み付けてたんだ。

「証言者の悪い予感は的中しました。12月のある夜大通りで1人の女性が交通事故で病院に運び込まれました。女性の名はハンナ・ヨハンソン。ふらつきながら道路に飛び出した彼女は幸運にもかすっただけで済みましたが運ばれた病院先で治療しようとした医師は言葉を失いました。彼女の身体には明らかに酷い性的暴行を受けた痕がはっきり残っていたからです。」
「・・カール・ワッツの仕業と言うわけかねヒューズ中佐?」
苦い顔で真面目な判事は問いかける。過去の事とはいえ唾棄すべき所行に判事の声は硬く重い。
「はい。ただ本人の主張はあくまで合意の上と言う事でした。その夜は士官学校主催の冬至祭のパーティが開催され彼女がカールのパートナーとして出席していたのは事実です。しかしその後カールの取り巻きと共にいかがわしい宿に連れ込まれ、入院する程の暴行を受けたとこまで合意という証明はできる筈も無い、ハンナ以外は。だが彼女は沈黙を守り告訴も何もしませんでした。ただでさえ難しい問題なのに酒場の娘と軍上級将校の息子では勝負はハナから判っています。当然学校側もこのスキャンダラスな一件を黙殺しました。表面上は何も無かった事にされたのです」
よくある事と言ってしまえば身も蓋も無いがこういう事は確かにあった。軍事国家であるこの国で軍人の力は何よりも強い。それを一番身に染みているのがハンナ達民間人だ。彼女に残されたのは泣き寝入りという選択肢だけだ。

「後の事実だけを簡潔に述べるとこうなります。ハンナが入院してから数日後コンラートが公園で死んでいるのが発見されました。状況から自殺の可能性が高かったが銃は発見されず結局事故死扱いで処理され、学校はそのまま何事も無く残った生徒達を卒業させました。」

事実だけ言えばこんなに短い言葉で終わる。ハボックはヒューズの言葉に苦笑した。あの日あの時どれ程の事が起きたのかハボックの頭にはいまだ整理できないぐらいなのに。
脳裏に浮かぶのは冷たい雨と血の臭い。始まりは一体どこだったのか。

「・・だって」「嘘だろ?何だってそんな・・」「だからカールの野郎がさ・・」「えーだってそれって」
ざわざわ。明日から冬期休暇になる日の朝。寮の食堂で生徒達が固まって声を潜めて話している。そんな固まりが幾つもあって食堂には何処か不穏な空気が漂っていた。そんな中でハボックはブレダの前で彫像の様に固まっている。
「冗談にしちゃタチ悪いぞ、ブレダ」
押し殺した声は低くテーブルについた手は細かく震えていた。内から沸き上がる怒りを押さえるために。
「俺だって信じたくないよ。だがこの話の出所はラッセンだ。あいつの兄貴が病院で医者やってんの知ってるだろ。俺はさっきラッセンに直接聞いてきたんだ。昨晩病院に担ぎ込まれたのは確かにハンナで・・その・・痕があったと」
激昂する友人を刺激しないようブレダは慎重に言葉を選んで説明する。尾ひれがついて酷くなった噂を聞くより判った事実だけを伝えた方がまだましだと思ったのだがその思惑も無駄になりそうだ。目の前の男は鎖を引き千切る寸前の獣の顔をしている。
「カールの仕業か、あいつは何処だ」
「あいつは一足先に冬期休暇に入ったよ、家族と一緒に別荘へ行くといってね。取り巻き連中も連れて行った・・っておいハボ!」
制止の声は役に立たない。ハボックはそのまま無言で食堂を出ていき、ブレダも慌てて後を追う。頭に血が登った友人はそのままワッツ少将宅を急襲する勢いで外に飛び出したが校門を出た所でその歩みは急に止まった。
「何処行く気だい、ハボ坊」
「女将さん!」
校門を出た角でかち合いそうになったのはリンデンの女将エルザだった。何の用だかこちらに向かっていた彼女は血相変えて歩くハボックを目敏く見つけその前に立ちふさがる。彼の行き先などとうにお見通しのように。
「馬鹿な事すんじゃないよ坊や。あんたがあの人でなしを殴っても何にもならない」
「だって!どうして!それよりハンナは大丈夫なんですか?その・・怪我は」
「何日か入院の必要があるけど、命には別状はない。・・けど心の傷までは判らないよ。全くあたしも長くこの商売をやっているけどこんな酷いのは初めてだ。あの糞ッタレはあの子にこう言ったそうだ。訴えたければするが良い。でも俺はお前が誘ったって言うぜ。他の連中もそう証言するだろうな・・てね。悔しいけどそうだ確かにあたし達に勝ち目はない」
拳を握り吐き捨てる様に言い捨てる彼女の目にもハボックと同じ怒りが宿っていた。娘同然に可愛がっていた子を汚されて何もできない自分を責める様に彼女は何度も握った拳で自分を打った。
「じゃあ泣き寝入りする気ですか!そんな酷い目にあったのに!」
「それじゃどうすりゃ良いんだい!裁判でも起こしてあの子を町中のさらし者にするのかい!それともあんたみたいにあいつを叩きのめせば良いのかい?そんな事してあの子が喜ぶと思ってるのかい!」
叩きつけような剣幕にハボックも自分の浅はかさを悟る。今ハボック達が騒いで事を大きくすれば迷惑を被るのは被害者であるハンナだ。理不尽極まりない事だが世間はきっとそう動く。
「・・怪我が治ったらあたしはあの子をすぐ故郷に帰す。それがあの子にとって一番いい」
「そんな・・コンラートに何て言えば良いんだ、俺は」
相手の力のない物言いにハボックもがっくりと肩を落とし壁に寄り掛かる。がしがしと金髪を掻きながら洩れた呟きにエルザの表情が一変した。
「何も言う必要ないよ!全部あいつのせいなんだから!」
その言葉の意味が判らず立ちすくむハボックを無視してエルザの告発は続く。
「なんでハンナがあいつのパートナーとしてパーティに行ったと思う?コンラートがハンナに頼んだんだ!勉強で忙しいしから自分は行けないしカールが是非にと頼んできたからってね。その結果がこれだ!あいつも同罪だよ!」
「痛っつ!」
捨て台詞と共に投げ付けられたのは金色の指輪。小さな鳥が羽を拡げているデザインのそれは古い指輪をコンラートが練成しなおしてハンナに送ったものだ。いつも彼女の指に輝いていたそれをハボックに投げ付けると黒いショールを翻してエルザはその場から憤然と立ち去った。
「これ以上あたし達にかまうんじゃないよ!」
と最後通牒を突き付けて。



重い展開が続いてます、すいません。もうちょっとしたらヒュ様が反撃するはず・・・はず(汗)

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