「やぁ、ジャンどうしたんだいそんなに血相変えて」
部屋の扉をぶち破る勢いで入って来たハボックを迎えたのはそんな穏やかな言葉。徹夜でもしたのかコーヒーカップが置かれた机には何冊のも厚い本やメモが散乱していて部屋の主の目は少し赤いが表情はいたって普通だ。そのいつもと変わり無い笑顔にハボックの背筋にぞくりと何かが走りそれまでの激情が急速に冷えていくのを感じた。
「・・コンラートお前聞いてないのか?ハンナの事・・」
「ん?ああ交通事故にあったのは知ってるよ。でも大した事ないって聞いたから・・」
「そうじゃねぇだろ!」
視線を本から離さず答える相手にハボックは思わず机を叩いて怒鳴りつけた。その拍子に本の山が崩れハボックの前に何冊か落ちる。鈍い音をたてて落ちたそれらは以前見たボロボロのものではなく美しい革の表紙に金箔で構成式が描かれた真新しいもの。1冊でも新兵の給料が飛ぶと言われる高価な錬金術の本。それを見たハボックの瞳がすっと色をなくす。
「・・お前彼女を売ったのか?」
「な・・何を言うんだよ、ジャン」
「とぼけるんじゃねぇよ!じゃあこれは一体どうしたんだよ!こんな高い本何冊もどうやって手に入れたんだよ!ハンナにカールのパートナー引き受けさせた礼だろう!あの糞ったれが何するかそのできの良い頭で考えなかったのかよ!」
「おい!よせってハボ!」
背後の制止を振り切ってハボックは相手の胸ぐらを掴みあげ壁に押し付けた。首を締め上げられて相手が苦しそうな顔をするのもかまわず続けようとした時
「錬金術師になるんだ、僕は!」
それまで無抵抗だっだコンラートが叫んだ。伏せられていた目が真正面からハボックを見据える。
「今度の試験は東部全体が相手だ。今までと同じにやってちゃとても勝てない。他の連中は優秀な師匠につくのが当たり前なのに僕にはそんな余裕も無いんだ。学校のサポートって言ってもそもそもここには碌な資料が無いんだ。こんなんじゃ勝てない!」
「だからって!」
「援助を申し出てくれたのはカールだけだ!セントラルから本を取り寄せてくれて現役の国家錬金術師と会えるよう取りはからってくれた。それがどんなに有り難かったか君に判るか!」
熱病みたいにぎらつく瞳と死に物狂いの叫びに気押された様にハボックは手を緩めるとコンラートはそのままずるずると床に蹲る。それでも憑かれた様に呟く声は止まらない。
「試験に受かればセントラルに行ける。そうしたら彼女を呼び寄せて一緒に暮すんだ。ちゃんと説明すれば彼女もきっと判ってくれるよ、仕方なかった、僕のせいじゃないって。ともかく国家錬金術師になるんだ、そうすればなにもかも上手くいくんだ、きっと絶対」
「・・・無理だよ、お前には」
「ジャン?」
静かな、しかし強い声にうわ言めいた呟きは止まる。床に座ったコンラートが見上げればそこに深い蒼の瞳があった。
「俺はイシュヴァールで1人の国家錬金術師に会ったことがある。その人は指先一つで数百人の人間を焼き殺したけど決してそれを命令のせいにして逃げようとはしなかったんだ。凄く苦しんで心がずたずたになっても自分のした事に目をそむけなかった。あの人はきっと戦争終わった今でもそれを忘れようとはしないと思う。・・判るか?国家錬金術師になるってのはそう言う事だ。命令一つで沢山の人を殺さなくちゃならない。しかもそれに耐える強さが要るんだ。お前にそれができるか?」
小刻みに震える手を見ながらハボックはそう問うと屈んでその手に小さな金の指輪を渡す。
「ジャン、これは・・」
「ハンナは退院したらこの街を出ていく。いいか2度と彼女に会うな。その代わりお前は自分の夢を叶えろ。それが等価交換ってやつだろう」
低い声でそう言い捨てるとハボックは立ち上がって部屋を出る。閉じた扉の向こうから何か叫ぶ声が聞こえたがそれに振り返る事はなかった。

「コンラートは事件から数日後の深夜寮を抜け出し、翌朝死体で発見されました。その前日ハボック少尉が彼と激しく口論していたという証言もあり、警察も一応彼を取り調べましたが何の証拠も出ず、また同室の者が彼のアリバイを証言したためすぐに疑いは晴れました。同様にハンナ嬢も取り調べを受けましたがこれもアリバイが証明されています」
「つまり状況からみて自殺の線が濃厚だと判断されたわけだ」
「そうですね、しかし学校側は錬金術師候補が自殺したなどと上に知られたくはない。警察を丸めこんで結局は事故死にして幕を引きました。事情を知る者達には箝口令をひき全てをうやむやにした。後日卒業パーティの会場でハボック少尉がカールを殴りつけ負傷させるという事件を起こしますがそれも只の喧嘩とされた。尤もその件で少尉は南部の最前線に送られる羽目になったわけですが。結局遺族にも本当の事は教えられませんでした」
髭の中佐は口論の内容までは言わなかった。それが故人に対する配慮かなにかの布石かはアリバイを偽証した少尉にも判らない。

そうだあの2人は何も知らされなかった。だから自分は1人で調べたんだ。何であの子が死ななきゃならなかったか。そして私の考えは正しかった。思っても見ない展開になったがこれは天の助けなのか。裁判などどうでも良い。どうか真相を教えてくれあの子の死にはあの男が関係していたのか。これは正しい裁きなのか。

「そうするとヒューズ中佐、これはハボック少尉の復讐というわけか。カールのせいで彼は友人とその恋人を失ったから。しかし4年も経ってからというのは何故だね」
「本件が計画的なものとは考えられません。どの時点で気がついたか判りませんがハボック少尉は救出対象が憎い仇敵だと知った。しかも任務は危険で不慮の事故があってもおかしく無い状況だ。上手くやれば罪には問われないかもしれない・・そういう誘惑に駆られたとしても不思議はありません」
「ふむ・・」
ヒューズの言葉に納得したように判事は独り相槌を打つ。若い少尉の過去の悲劇はそれだけ説得力があったが
「ど・・どういう事です、ブレダ少尉、このままじゃ少尉は本当に犯人にされちゃいますよ?ヒューズ中佐は何を考えてあんな話を持ち出したんです」
ハボックの無実を信じている東方司令部の人間は納得できない。そもそも彼等はヒューズがハボックを救ってくれると信じていたのにその彼がハボックを追い詰めているのだ。予期せぬ展開に人の良い曹長はまだ信じられないといった顔をしている。
「けどこれで大佐の責任問題にはならない。ハボックの個人的な動機による殺人まで上司は見抜けないからな。そして多分エックハルトも事を公にしないだろう」
「何故ですか?」
「動機を考えてみろよ、フューリー。卑劣な手段で貶められた友人と恋人の復讐だ。これが公になればカールの所行も世間に知れ渡る。どっちが世間に同情されるか想像つくだろ?決して大佐のマイナスにはならない。むしろハンス・エックハルトにとって良い目にはならない。あの計算高いおっさんがそんな事するもんか。多分このまま引っ込むだろうよ。そして俺達はあいつの裏の稼業を遠慮なく捜査できる」
「だけど少尉はどうなるんです!無実の罪で牢屋いきですか?しかも過失じゃなくて殺人じゃ罪は重くなるじゃないですか!」
押し殺した声は確かに前に座る黒髪の上司の耳にも入っているだろう。どういう気持ちでそれを聞いているのかその背中に動揺は見られない。
「・・・仕方ないだろ。それがハボックの望みなんだから」
大佐に累が及ばない様に。あの麦わら頭が無い知恵絞って必死に考えた結果がこれだ。その気持ちが判るから俺は協力したけど・・・これでお前は満足か?ハボ。
問いかける様に被告側に座る男に視線を向ける。金髪の男の入廷直後の緊張した面持ちは消えて今はなんとなくさばさばした表情に変わっていた。
・・・けど他に手はなかったのかよ。皆お前の無実を信じて頑張ってきたんだぞ。そいつを全部無駄にするのか?
やりきれない思いを込めて自問しても当然答えは出ない。その代わりその時傍聴席の一角から叫ぶ声がブレダの耳に飛び込んで来た。
「でっ、デタラメだ、そんな話!死んだ人間を侮辱するにも程がある!」

過去編終わります。次から反撃編かな?はたして「逆転☆判」になるでしょうか

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