怒鳴り声の主は傍聴席にいた。怒りで赤くなった顔を震わせながら立ち上がった男は発言の許可も無いのに言葉を続ける。
「さっきから聞いていれば皆根拠のないうわさ話じゃないか!そんな不確かな事でわしの娘婿を愚弄するとは許せん!そういう事件があったとしてもそこの少尉の思い込みって事もあるじゃないか!」
「ミスターエックハルト、お静かに。あなたに発言権はありません」
「そうだ、それにそういう事ならそのコンラートって青年もそいつに殺されたかもしれないじゃないか!そんな危険な人間を部下にしてたなんて問題だろう!」
「静粛に!」
言葉と共に木槌が振り下ろされ鈍い音が何度も響く。それに気押される様に叫んでいた男は漸く腰を下ろした。隣の執事が宥める様に何かを囁きそれに何度も頷く男の呼吸は徐々に静かになる。
「ミスター、御身内の事でもあり感情的になるお気持ちは良く判ります。しかしここではあなたに発言権はありません。今度私の制止を聞き入れなければ即刻退廷して頂く、よろしいですか?」
穏やかだか有無を言わせぬ言葉に無言で頷いたが、その顔には納得できないとはっきり書いてありそれを見て取った判事は検察に問う。
「ヒューズ中佐、義父としての彼の怒りももっともだと思う。今までの君の話で具体的な証拠や証人は居ないのかね?」
確かに娘婿が過去にそんな酷い事をしたと言われて素直に納得する者もいないだろう。ましてこのまま話が進めば彼等に不利になるのは目に見えている。なんとかこの流れを変えようと目論んだ男の発言はしかしヒューズにとって好都合だった。
「いいえ、判事。我々も憶測で話を進めているわけではありません。ちゃんと証人を用意しています・・2人」
「2人?控え室には1人しか居ないと思ったが?」
「まだ着いて無いようです。大分遠方の方なので・・でも必ず来ます。ですから先に彼女の証言をお聞き下さい」
そしてドア側に立つ兵士に向かって呼び掛けた。
「検察はアリス・リンドを証人として喚問する」

「あなたのお名前は?」
証言台に立った女性は臆する事無く答える。
「アリス・リンド・・旧姓はアリス・ヨハンソン。ハンナ・ヨハンソンの妹です」
金髪をショートカットにした彼女はそう言ってハボックの方を見た。質素な身なりながら意志の強そうな瞳は姉と同じ濃いブルー。それがハボックに向けられて微かに頷く。しかし当のハボックは惚けた様に口を空けたままだ。
「よく見つけてきたなぁ・・」
フリーズしたハボックを見ながらブレダは感心した様に呟いた。妹がいるとは聞いていたが自分でさえ彼女の故郷は知らなかったのに。ブレダが彼女の死を知ったのもほんの偶然。任務で訪れた地方の新聞の三面記事からだったし、当然そこに妹の名は無かった。過ぎた事だと自分の判断でハボックには知らせてなかったがそうでなければ本人かと思う程証言台に立つ女性はハンナに似ていた。
・・強いていや、妹の方が気が強そうかも。
軍法会議なんて民間人には無縁の場所に呼び出されあまつさえ証言台に立つという状況になっても落ち着き払っている女性を見てブレダはそう判断した。
なんか・・言いたい事ありそうな感じだな。

「遠い所をよく来てくれました、ミセス・リンド・・いえここではヨハンソンとお呼びしましょうか。審議に入る前に基本的な事をお聞きします。あなたがお姉様と離れて暮していたのは何故ですか?」
まるで世間話をするみたいに穏やかに聞くヒューズに緊張も溶けたのか肩の力を抜いた彼女はハキハキと答える。
「私の身体が弱かったためです。私達の母は早くに亡くなり、父もイシュヴァールで戦死しました。私は生まれつき身体が弱く病院にいく事も多かったため母方の叔母に引き取られてました。姉は父の恩給を私の治療に全て費やし、自分はニューオプティンで働くという道を選択しました。少しでも仕送りができれば良いといって」
「妹思いの女性だったんですね。・・何時お亡くなりに?」
「2年前です。・・交通事故でした」
彼女の言葉にハボックが弾かれた様に顔を上げた。さっきから彼にとっては驚きの連続なのだろう。もの問いたげな視線がヒューズに向かうが彼はそれをきれいに無視して話を進める。
「そうですか・・さてミセス・ヨハンソン。あらましは別室でお聞きになっていると思いますが貴方がここに来たのは4年前の事件の真相を知っていると証言したためです。それは確かな事ですか?」
「はい、そうです。私はここにその証拠を持って来ました」
そう言うと彼女は証言台の上に中くらいの紙の箱を置いた。色褪せた花模様が印刷されたそれはかつてはプレゼントとして誰かに送られたに違いない。今は角もすれて紙もぼろぼろになったそれから取り出されたのは1通の手紙。こちらも白い封筒は黄ばんで年月を感じさせる。
「これは姉の遺書です。ニューオプてィンから帰郷した姉は2度自殺未遂をはかりました。幸いどちらも大事に到らず命は助かったのですが、姉は理由を決して私には話してくれませんでした。たった1人の姉妹じゃないかと私が泣いて縋っても頑に口を噤んでました。ただこれ以上そんな事するなら私も後を追うと言うと漸く諦めたようで後日この箱を私にくれました。『ここに全てを書いておいた。でもお願いだから自分が生きているうちには読まないで』と言って」
「あなたは約束を守られた」
当時の事を思い出して声を沈ませた彼女を労る様にヒューズの声が響く。
「そうです。それから姉はなんとか立ち直ったように見えました。笑顔を取り戻しまた働きに出ようかと言い出した矢先の事故で亡くなったのが残念でなりません。・・・本当は葬儀の時この箱も棺に入れて埋葬しようかとも思いました。それだけ辛い事なら今さら知っても悲しみが増すだけだと思ったのですが・・」
「どうしてそうしなかったんです?そして何故今日ここに来て下さったんですか?正直私は断られると思いました。あなたには辛い事を思い出させるだけなのに」
それはもっともな疑問だった。いくら軍人でも証言を強制する事はできない。なら何故彼女はここに立ったのか。
「それが姉の願いでした。箱を渡された時こうも言ったんです。もしジャン・ハボックという軍人さんがニューオプティンでのコンラート・アイスラー事件で何か罪に問われたり不利な状況になったらこれを公開するようにと・・正直私にはよく理解できませんでしたが、この箱を処分するのだけは止めました。・・そうしてヒューズ中佐が訪ねて来られた時漸くその言葉の意味を知ったのです」
「では貴方はそれをもう読んだんですね」
ヒューズの問いに証言台の女性はしっかりと頷いた。

この手紙をあなたが読む時私はもうこの世にいないでしょう。たった2人の姉妹なのにあなたにこんな辛い手紙を残して逝く私を許して、アリス。本当なら何も残さないようにしたかった。だけど私を助けてくれた人がそのために困った事にならないようこれを残しておきます。もしこれが何十年も経っていてその心配もないようならこの先を読まないでくれると嬉しいわ。でもそうでないなら・・これを公にしてもかまわない。アリス、その時はどうか躊躇わずにそうして欲しい。
彼女は一気にそこまで読んだ。そして次の文に移ろうとした時僅かに躊躇らったのがハボックには判った。そのせいでその先の言葉が彼には予測できてしまった。
読むな。
聞こえないのを承知で証言台の女性に訴えかける。
読まなくていいんだ。今さら。
無言の訴えは彼女に届かない。僅かなためらいを振り切ってしっかりとした声が法廷に響いた。
まず初めに言っておくわ。・・神にかけて証言します。コンラート・アイスラーを殺したのは私、ハンナ・ヨハンソンです。

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