「ヒューズ中佐これはどういう事だね?今君はなんと言った?」
騒然とした状態を収拾しようとまた木槌を使った判事は騒動の元である中佐に尋ねた。興奮したような声は判事もこの予想外の証人に頭が混乱したらしい。一体この裁判はどうなっていくのかもう予測すらできなくなったのは判事も同じだ。
「お騒がせしてすいません、判事。しかし彼が我々の最後の証人です。名はフランツ・アイスラー。自分で叫んだ通りコンラート・アイスラーの実の父親です。さぁ証言席へどうぞ、アイスラーさん」
にっこり笑ってヒューズは呆然と立ち尽くす男を誘う様に手を差し伸べたがそれを遮る様に怒声が響いた。
「何の事です、ヒューズ中佐!彼はヨハン・エーヴェルスで私の執事です。フランツ・アイスラーなんて知りません。おかしな言い掛かりは止めて下さい」
杖を片手にこちらも立ち上がってエックハルトは叫んだ。隣の男もその怒声に我に返ったのかようやくいつもの冷静な顔に戻り平坦な声で主人の後を続ける。
「そうです。私はヨハン・エーヴェルスと申しましてエックハルト様の執事を勤めている者です。フランツ・アイスラーなんて名は聞いた事もありません。・・先程は興奮して何を叫んだか判りませんが審議の邪魔をして大変申し訳ありません。そちらのお嬢さんの怒りがあまりに激しかったせいでそれにつられてしまったのでしょう。すいませんでした」」
そう言って一礼し何事も無かった様に座った男はそのまま動こうとはしない。だがヒューズも負け時と言い返す。
「いいえ、あなたは確かにフランツ・アイスラー氏ですよ。証拠もあります」
「ほう、どのような?もし私がフランツ・アイスラーだと貴方が証明できたなら私は喜んで証言台に立ちましょう。」
挑戦的な言い方は本人に自信があるせいだ。何年も前に死亡したと言われる男と自分とを結び付けられるものならやってみるがいいと銀髪の男は心の中で呟いた。家も家族も失った時からフランツ・アイスラーに関するものは全て失われたはずなのだから。
「ではそうしましょう。だがその前に貴重な証言を有難う、アリス・ヨハンソンさん。このまま退廷してもかまいませんがもしよろしかったら傍聴席にどうぞ。多分貴方にも興味ある話が聞けると思います」
その声に従う様に証言台の女性は一礼すると後ろの傍聴席の方に向かった。空になった証言台を見ながらヒューズは手にした封筒から2枚のフィルム状のものを取り出し判事に提出した。黒いフィルムに描かれていたのは同心円状に何本も重なる白いライン。
「個人を特定するのに一番確実なのは指紋です。なにしろそれは決して嘘を付かない究極の証言者ですから。」
「では君はこれがフランツ・アイスラーの指紋と言うのかね?その根拠は?何しろその人物は何年も前に死亡したと言われている。犯罪者で無い限り記録なぞ残っていないのでは?」
天井のライトに透かしてフィルムを見ながら判事は問う。2枚のフィルムはどれも状態が悪く不鮮明な所もあるが重ねればそれが同一人物のものであるのははっきりしていた。問題はそれが傍聴席から動こうとしない男と重なるか否か。そして出所が確実にフランツのものであると証明できるかである。
徐に2枚のフィルムを手に取ってヒューズは説明を始めた。
「これら2枚の指紋はそれぞれ別の所から採取されたものです。一つは十年程前フランツ・アイスラーが国家錬金術師の試験時に提出したレポート、もう一つがこれ・・」
言いながら次に手にしたファイルから古ぼけた封筒を取り出した。
「コンラートの遺品から発見しました。父フランツからの手紙です。この2点に共通する指紋それがすなわちフランツ氏の指紋となるわけです」
「確かにその2点の共通項はフランツだけだ。いかがですエーヴェルスさんこの際はっきりさせるためにも指紋の照合をお願いできませんか?」
「お断りします、判事」
きっぱりと言い切る男の顔には薄ら笑みが浮かんでいる。自信ありげな男は挑む様にヒューズに反論した。
「第一にそんな古い書類から指紋なぞとれる筈ありません。第二にその手紙は捏造です。あなたのお話ですとコンラートの祖父母はフランツを嫌っていたそうじゃないですか、そんな人達が手紙なんかとって置くでしょうか、孫の死後。そんなでっちあげの証拠で私を動揺させようとしてももう無理ですよ」
「残念ながらこれらはでっちあげではありません。確かにこんな古い書類から指紋の採取なぞ普通無理ですが我がアメストリスには不可能を可能にする者達がいますから。」
「・・錬金術ですか?中佐。でもそれに証拠能力があるんですか?それにしてもその封筒は偽者でしょう」
「ほぉ?やけにはっきり言い切りますね?だが残念ですがこれは本物です。コンラートの祖父母の家から借りて来た物ですから。残念ながら御夫妻は亡くなられていましたが、家を相続した親族が遺品を管理してましたよ。フランツの手紙も本もきちんとトランクにしまわれていました。それに我が軍では錬金術による遺留品の再構成も立派に証拠として採用されてます。従ってこれは十分法的に通用するものだ」
相手の自信を打ち砕くかの様にヒューズはきっぱりと言い切った。それでも敵は崩れず挑発するように言い返す。
「ではその手紙を判事貴方が確認して下さい。本当にフランツ・アイスラー自身の手紙なのか。例え同じ軍人同志でも公平な目で審議するのが貴方の役目なのでしょう?」
「無論だとも。如何なる時も私は公平に審理を執り行う。ヒューズ中佐その封筒をこちらに」
「ハイ、判事どうぞ・・あれ」
手にした封筒を判事に渡そうとした男はふとその手を止めて、しげしげとその封筒を見る。その様子に苛ついた様に
「何をしている、中佐早く渡したまへ」
とせかすとヒューズは抱えていたファイルをの中をごそごそと掻き回し・・やがてもう1通の封筒を取り出すとほっとした様にそれを判事に手渡しながらこう言った。
「申し訳ありません、ファレン大佐。確かにこの封筒は違います。そちらにお渡ししたのが正しい証拠品です」
「何をしてるのかね君は。ではこれが正しい物だね」
受け取った判事は手袋をはめて丁寧にその封筒を調べ始める。それを横目で見ながらヒューズは何をしてるんだと冷笑を浮かべてこっちを見ている銀髪の執事に笑いかけた。
「すいませんね、ばたばたして。ちなみにこれグレイシア・・・ああ私の最愛の妻ですが、から貰った一番最初のラブレターなんですよ。とても大切な物だからいつも持ち歩いているおかげですっかり汚れてしまって・・でもよく違うって判りましたね、アイスラーさん。やっぱり自分で書いた物は一目で判るもんですね、私もどんなに遠くからでも妻からの手紙なら例え百メートル先からでも見分けられますよ」
きっぱり言い切って笑うオリーブグリーンの瞳に写る相手の顔はさっきと違い青ざめてゆがんでいた。
「狐のマース。」
「何とおっしゃいました、大佐?」
隣でぽつりと呟かれた言葉を2人のやり取りに集中していたホークアイ中尉は聞き取って尋ねる。
「セントラルであいつが法律を学んでいた時教官が付けたあだ名だそうだ。狐みたいに狡知に長けた弁論をするっていう意味らしい。私も法廷の奴の姿を見るのは初めてだが・・水を得た魚だな、まるで」
油断させて突き落とし、揺さぶったかと思うと引く。その駆け引きは心理戦と同じで狙うのは相手の自滅。
「これからが本領発揮と言うところだろう、よく見ていたまえ中尉」
獲物はやっと穴蔵から顔を出したばかり。慎重にやらないとするりと逃げてしまうのだから。

「エーヴェルスさん遺憾ながら私はこれを貴方の手紙と判断します。確かに古い物であり判定は難しい。もしこれが偽造であると疑いなら正確な検査もしましょう。しかし検察側がそんなリスクを侵す理由はありません。貴方がフランツ・アイスラーであっても今の所事件に何の影響もないはずだ。それに果たしてこんな物まで偽造できるでしょうか?」
正面法壇から判事手にした物を皆に見える様に差し出した。それは手紙に同封された一枚の写真。古くなってはいるが色は残り画像もはっきりしている。どこかの町並みを背景に笑う1人の男の顔には確かに傍聴席にいる人物の面影が残っていた。
「どうしますか?指紋の照合はすぐできます。別室にいかれますかそれとも・・」
穏やかだが有無を言わせない声に男は少しの間逡巡しやがて決心した様に立ち上がり
「その必要はありません。確かに私はフランツ・アイスラーです」
傲然と宣言し証言台に向かう男を隣に座るエックハルトは不安げに見送っていた。

クリスティファンの皆様ごめんなさい。ちょっとパロってしまいました。だって好きだったんですよ、あのシーン。得意げに切り返す弁護士がとってもチャーミングで、これきっとヒューズにやらしたら合うなーと思ったもので。指紋云々は思いきり御都合主義です。実際は紙の場合指紋が採取できるのは割と短いらしいです。

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