「何処に行かれますか、ドライン准将」
歓声が響いてくる廊下で声を掛けられた男はびくりと肩を揺らしてゆっくりと振り向いた。後ろから声をかけたのは手に書類袋を持った黒髪の大佐だった。
「大事な御友人を見捨てて行くのですか?彼等も馬鹿じゃない。貴方が頼りにならないと判ったら洗いざらいぶちまけるでしょう、検察に」
「ふん、たかが小悪党の言う事、誰が信用するものか。一介の少尉風情を起訴するのと訳が違うのだよ、マスタング君」
口ひげを撫で付け傲慢に言い放つ男は虚勢で無く本気で自分は安全だという自信があった。自分はイーストシティでの活動に日が浅い。証拠となるような物はまだ無いと確信していた。しかしその心を読んだ様にロイは数枚の書類を広げる。
「確かに准将である貴方を起訴するのは検察も慎重になるでしょう。しかし明確な証拠があれば容赦しません。そして証拠はここにある」
「何!」
「これは南方司令部から発見した資料です。ここを見れば貴方が兵站部の長を勤められていた期間に不良品として業者に返却された銃の数が業者側に残されていた資料と明らかに違うのがはっきり判る。そしてその間密売ルートに流れた銃に明らかに返品された銃と同じシリアルナンバーがある物が多数発見されてます。そしてほらここに貴方のサイン、貴方が銃の横流しに関わったという確固たる証拠ですよこれは」
「貴様、どうやってそれを・・」
「何、優秀な部下が私にはいますからね。何日も埃だらけの資料室に籠って探し出し、ついさっきダブリスから此処に運んでくれたんです。これだけでも十分貴方を起訴できるし、さらに調査すれば余罪も出るでしょう。今度は貴方があの部屋で裁かれるんです、被告として。そして貴方は終わりです。」
そう淡々と告げるとロイはくるりと背を向け歩き出す。もう用は無いと言わんばかりの態度が相手の怒りを誘った。潰そうと仕掛けた罠を逆手にとられた事すら霞むくらい激昂した男は立場も場所も忘れて叫んだ。
「貴様っつ!」
昔は前線で活躍したと言う巨体から繰り出された拳がロイを襲う。司令部内で暴力沙汰など卑しくも准将レベルの者がする訳無いと高を括っていたロイの反応は遅れた。ごつい拳固が目の前に迫って、反射的に右手を上げた時ぴたりと相手の動きが止まる。
「誰だか知らんがうちの大佐に何すんだよ」
「離せっつ、この・・」
何時後ろに来たのか。振り上げた腕を掴み太い首を背後から締め上げているのはさっきまで被告席に居た金髪の少尉だ。身長は同じでも横幅は倍近くある相手をがっちりと押さえ込みながら余裕の顔で彼は上司の命令を待つ。
「いかがいたしましょうか、マスタング大佐?」
「放っておけ、ハボック少尉」
「アイ・サー」
にこやかな返事と共に准将閣下の足は勢いよく払われ、バランスを崩した身体は体重に見合った響きをたてて床に沈む。カエルの潰れたような声を出して受け身もとれなかった男はそのままロイに命ぜられた憲兵に腕を取られて連れてゆかれた。憶えておけと定番の叫びを上げて去っていく相手の姿はしかし黒髪の大佐の目にまるで入って無かった。
「大丈夫スか、大佐。ダメですよあーゆー時背中見せちゃ」
彼の目に入っていたのは空の蒼。どこまでも続く蒼穹を思わせるその色しかロイの目には入っていない。
「えーっと、大佐?聞こえてます?」
どんなにその色が欲しかったか。どれだけ焦がれていたかを思い知らされて愕然としながらロイは右手を上げそして
「やっかましい!この駄犬!」
「ぎゃん!」
屈みこんで自分を覗き込んで来る男のひよひよの金髪頭に思いきり拳を叩き込んだ。
「いってー、何すんスか大佐!」
頭を抱えて涙目で訴える男をロイは怒鳴り付ける。
「それはこっちのセリフだ!私には何も言わず勝手にヒューズとこそこそして、挙げ句に自分1人が犠牲になろうなんて考えて。お前なんかが私を庇うなんて百年早いわ!ブレダ達だってお前を助けるために必死だったんだぞ!その努力を全て無駄にするつもりだったのかお前は!」
ハボックの襟首を引っ掴かんで捲し立てるロイの手は怒りからか微かに震えてそれがハボックを驚かせ、そしてほんの少し嬉しがらせた。あのロイが怒りで我を忘れる程怒っている。彼が感情をむき出しにするのは眼鏡の中佐限定だと秘かに思い込んでいあたから。
「申し訳ありません!マスタング大佐ごめんなさい」
ロイの手をそっと外してハボックは素直に頭を下げ、そうしてそのままの態勢で固まった。この際気の済むまで叩いていいと意思表示したつもりだったのだが、何時まで待っても第2撃は来ない。
頭を垂れ尻尾を丸めた犬の頭をロイは暫し見詰め、手を上げそして振り下ろす。
ぽす。
やけにゆっくり振り下ろされた拳は当然何の威力も持たず間抜けな音をたてて金色の頭の上に落ちた。
「大佐?」
顔を上げたハボックの目に入ったのは底なしの黒。さっきの嵐が嘘の様に静かな声でロイは諭す。
「お前が謝らなきゃならない相手は他にもいるだろう?我々の都合で迷惑かけた相手は私じゃ無い。」
「あー」
「判ったら行け、彼女はもう法廷を出たぞ」
「アイ・サー!」
何日ぶりかの敬礼を返してハボックは走り出す。その背中に向かってロイはそっと呟いた。
「当分は休み無しでこき使ってやる。憶えておけ駄犬」
当分−離すもんか。

「・・マスタング大佐は知らなかったのかね」
廊下の騒ぎに引かれて一部始終を見ていたファレン大佐は眼鏡の中佐に思わず聞いた。友人同士と評判の2人ならある程度情報も交換してると思っていたので。
「検察が被告の上司に情報漏らす訳にはいきません。そうでしょう判事」
優等生の顔で返すヒューズの顔は笑っている。
「そうか・・それではマスタング大佐も気が気ではなかったろう。それであんなに怒鳴ったのだな、安心して。冷静な軍人と評判だが意外な一面もあるのだな」
対象は限定されますけどね。そっとヒューズは心の中で呟く。ちょっとは人目を気にしろってーの。
「しかし、ヒューズ中佐。指紋があったのならもう少し楽に勝負できたのでは?最初からフランツ達を告訴する事もできたろうしその方が検察の為になっただろう」
記録の上では検察がミスを認めた形になる。事件を解決に導いたとしても経歴には瑕になりかねないのに。
「指紋なんてありませんよ、判事」
「何だって?」
あっけらかんと答えるヒューズに真面目な判事は目を見張る。この裁判の要とも言える証拠の筈なのに
「確かに彼はあそこで手袋を外してます。錬成陣が手にある以上壁に直接触れさせなければ術は発動しない。でも発動させたら手はもう離していいんです。そして手を付いた部分もきれいに再構築される。ーまっさらな壁に戻ってしまうんですよ。当然指紋も消えてしまいます。実際あそこからは何も出なかった」
オリーブグリーンの瞳には悪戯が見つかった子供のような楽しげな光が写る。その顔を見た判事は額に手をやって
「では最後のあれはハッタリだったのか!さすがは狐のヒューズ中佐だ。見事に騙された!あの男もあそこまで追い詰められなければ気が付いたかも知れんと言うのに」
破顔一笑。厳格で知られた判事は豪快に笑い、そしてヒューズに手を差し出した。
「興味深い審議だった。ヒューズ中佐。これからも頑張ってくれ給え」
「こちらこそ色々ありがとうございました、ファレン大佐」
表情を改めてヒューズはその手をしっかりと握った。

「待って下さい!アリスさん!」
法廷がある西棟を出たところでハボックは目的の人物に追い付いた。
「ハボック少尉?」
「ああよかった、追い付いて。その・・今度の事御迷惑かけて本当にすいませんでした!」
前後の話抜きでいきなり謝罪された相手はちょっとの間唖然とその姿を見つめそっとそれまで張り詰めていた肩の力を抜いた。本当に長い間抱えてた重荷を下ろした様に何処か軽くなる心を感じながら。
「良いんです、ジャン・ハボック少尉。姉の・・ハンナの事は私の心にずっと蟠っていた重荷でした。本当は何があったのか、どうして姉があんな不幸な目に合ったのか。考えない日は無いくらいでした。でもやっと全てを知る事ができたんですから」
「でも俺は約束したんです。絶対誰にも言わないとハンナに。俺は彼女の死を知らなかった。だから彼女自身が法廷に呼び出される可能性もあると判って尚この話を検察にしました。・・自分の為に。俺はコンラートと同じ事したも同然です」
ハンナが生きていれば法廷に立ったのは彼女だ。自分であの過去を話すのは身を斬られるより辛いだろう。それを判ってながら話したと懺悔する様に項垂れる男は断罪を待つ罪人のようだ。そして宣告は為される、優しい声で。
「顔を上げて下さい。ハボック少尉。ヒューズ中佐が話してくれたんです。貴方は全てを自分の罪にして大事な人を守るつもりなんだと。そのために姉の話を利用するけどどうか許してやって欲しいと中佐も私に謝罪してくれました。だから貴方は違う、コンラートとは違います」
その名を口にする時彼女はまだ苦味を感じる様に顔を僅かに歪めた。それを見るハボックの胸に微かな痛みが走る。
「でもそれもそうしたいと思う俺のエゴなんですよ。その・・コンラートもそうです。あいつも自分の欲望のために盲になったんじゃなく自分とハンナの幸福のためを思っての事だったんです。できればその事知っておいてください」
そしてその父親は息子のために人を殺めた。違うと叫ぶ声に籠った思いは確かに彼女の胸を打ったのだ。
「ええ、法廷でのお話でそれは私にも判りました。許す気持ちにはまだまだなれそうもありませんが。少なくとも最後まで姉の事想っていたのは確かですしね。有難うございます、ジャン・ハボック少尉。姉を庇ってくれて。貴方が居たからきっと姉は立ち直ろうという気持ちが持てたと思うんです・・さようなら」
静かに告げて階段を降りる彼女にハボックはもう一度頭を下げた。

拘留中の証人の話
クルセクス遺跡にいく途中の砂漠で私はキャラバンとはぐれました。ええ砂嵐に巻き込まれて。もうダメだと思った私を救ってくれたのがイシュヴァール人の部族でした。身体をこわした私は暫くその部族に厄介になって・・もう内乱も始まっていたというのに彼等はアメストリス人である私を親身に世話してくれました。しかし戦争が激しくなりとうとうその部族も軍の攻撃を受けて・・私は彼等を守ろうと一緒に戦ったしかし力及ばず彼等は殺され私は捕らえられた、スパイとして。
そして長い間僻地の収容所に拘留されていたんです。戦争が終わってもね。エックハルトとはそこで知り合いました。あいつは軍用物資の密売で捕まってたんですが私が錬金術師だと知ると脱走を持ちかけてきて・・私はそれに乗りました。何としても家族に会いたかったんです。後の事は御想像通り。家族を失った私は悪事に手を染めるのも何とも思わなかった。それからコンラートの死にどうしても納得いかない私は色々調べ、そしてカールとハボックという2人がどうも関係してるらしいと知ったんです。カールは息子の恋人を奪いハボックはそれを責め立てたと。でもそれ以上どうしようもなかった所にエックハルトの娘が結婚したいと連れて来たのがカールです。私は喜びましたよ。正体を明かすわけにはいかにけどきっとチャンスは来ると思ってました。結婚後カールが娘に暴力を振るっているのを知るとエックハルトに知らせ、激怒する彼に今回の計画を持ちかけたんです。目障りなマスタング大佐を黙らせる事ができるしカールも始末できる一石二鳥だと。ええハボック少尉が東部に居たとはもちろん知りませんでした。知ったのは大佐の執務室です。これはコンラートの無念が導いた運命だと思いましたよ。カールを殺しその罪をハボック少尉に着せ償いとさせれば良いと。・・・馬鹿な事考えたものです。法廷での話も最初私は信じませんでした、があの娘さんの叫びは真実の重みがあった。あの話が本当なら私は息子の最後の友人を陥れようとしてるのですから。
そう思ったら反論するのも苦しくなって・・・。

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