DOGS IN THE MIRROR



「迷惑かけたな・・・。」
ハボックの頬に走る紅い線に手をそえて呟くロイはまだ悪夢の痛みが残ってるかの様にどことなく弱々しい。それに付け込むわけではないが、離せと言われないのをいい事にハボックは彼を腕の中から離そうと
はしなかった。
「別に何でもありませんよ。それよりよく魘されるんですか?あんたがサボって寝るのってこれのせい?」
「半分はそうかな?イシュヴァールを経験した者で、寝付きの良いものなどいないよ。」
さらりと出た地名は今では殆どタブー視されるものだ。反逆を起こした異民族とはいえ自国民を平和の名の元に殲滅し尽した事実は重くこの国にのしかかっている。
ロイ・マスタングはその先端にいた。イシュヴァールの英雄。その名称が何を引き換えに齎されたのかは当時仕官学校にいて参戦はしていないハボックでさえ知ってはいた。
けど実感したのはこの時で。何も言えない自分を責める代わりに抱き締める腕に力を込める。それに文句も言わずロイは黙って煙草の臭いが染み付いた胸に頬を寄せた。
『・・・あんた俺らのモンにならない?』
「何?」
「ジャク?」
唐突な申し出に顔を上げて相手を見れば深い蒼の瞳がじっとこちらをみている。何か楽しい事を思い付いた子供のようにその言い方は楽しげだ。
『俺らのモンになりなよ。そうしたらずっと一緒にいてあんたを守るから。夢の中でも何処でも。欲しいもんがあるなら叶えるから。そうすればあんな奴の相手なんかしなくていいだろう?』
現実も何も見えて無い子供のような言い方だが、そこにはなんの作為も計算も無い。
「ちょっと待て、ジャクリーン。いきなりそんな・・」
『なんで?ジャンだって大佐が好きなんだろ。』
「っつ」
いきなり紅くなる頬にロイは微笑んだ。こんな真直ぐで素直な感情はとうの昔に捨て去ったもので、もう2度と取り戻せない。ならばせめて誠実に答えようとロイは事実を言った。
「私は誰のモノにもならない。申し出はありがたいが。」
だからそんなこと忘れろと淡々と返すロイを見下ろす蒼い目が目がすっと細まった。
『冗談だと思ってンの?本気だよ俺。』
むくりと眠っていた獣が目を覚ます気配が辺りに満ちる。
「本気だと思ってるから真面目に答えてるんだ。私には望みがある。それを叶えるまでは誰のモノにもならない。」
『へぇ・・そう。じゃあ殺しちゃうよ?』
「・・・よせジャクリーン」
制止の声を無視して太い腕がロイの首にかかる。ゆっくりとかかる力は次第にその呼吸を押さえ始めた。
『イエスって言ってよ。そうしないとこのままいくよ?脅しじゃないし、今はジャンにも止められないからね。』
意志が強い方が体使えるんだ。
その言葉通り瞳の色は変らない。只時折苦しげになる表情が2人の葛藤を物語っているが腕の力はそのままだ。銃胼胝の出来た太い指が頚動脈を探り当て圧迫する。圧迫された血管の血流はやがて滞り酸素が脳に行かなくなる。代わりにやってくるのは紛れも無い死。でもそこに恐怖は無かった。真摯に見つめる蒼い目はロイの背筋にざわりと恐怖以外の戦慄を呼び起しそれがポケットの発火布に伸ばす手を止める。
『ね、言って。あんなやつにまたあんたを抱かせるくらいなら俺ホントにあんたを殺すから。』
「止めろ、手を離せ、ジャク。大佐、お願いだから抵抗して俺じゃ止められないんです!」
悲痛に叫ぶ男の手はがっちりとロイの首を拘束し、酸素の切れかけた視界は暗く狭まり始める。その中でロイを見つめる金髪の男の顔は泣いている様に見えた。
途切れかける意識を叱咤してロイは片手を上げる。微かに震える手でゆっくりと自分を殺そうとする男の金髪に触れそっとそれを撫でる。
「い・・いコだ、ジャク、リーン。本当に・・すまない・」
狭まった視界の中、確かに金髪の男2人を見たような気がした。
『!』
青ざめた唇に柔らかい微笑みが浮かび、黒い瞳が切なそうに潤んだ。そのまま意識が暗闇に落ちそうになる瞬間、首にかかった手が外れ一気に入り込んだ酸素に追いつけない体は激しく咳き込む。
「大丈夫ですか、大佐。ゆっくり息吸って、吐いて。そう・・やりすぎだ、ジャクリーン。」
『・・』
大きな手がゆっくりとロイの背中を撫で、くずれた呼吸のリズムを戻そうと苦しむ体を労る。さっきまで自分を殺そうとした男の腕なのに心地良いそれに乱れていた呼吸は、次第に緩やかになっていった。そのまま言葉もなく過ごすこと数分、金髪の男はためらいがちに問う。
「ねぇ、大佐。あんたの望みって何ですか?あんなに苦しむのにどうして、まだ軍にいるんです?」
黒髪をそっと梳く手の感触は優しく、温かい。この手を離すのは難しいなと思いながらロイは問いに答える。それによってこの男が離れてしまう可能性もあったのだが。
「軍にいるのは、それが一番近道だからだ。私はこの国を変える、そのためには大総統の地位が必要だ。」
「・・・それは償いですか?イシュヴァールの。」
「あれは償える罪じゃない。ただやるべき事をやるだけだ。」
あの戦場から目を逸らさず、忘れず、ただ嘆くばかりではなく前へ進むために。そのために必要なことなら、躊躇わずに実行する。誹られようと泥にまみれようと、あの砂漠で己の焔に消えた人の苦しみからみれば何程の事があるだろう。
「だから、私は誰のモノにもならない。お前達の気持ちはうれしいが。」
『あんた、馬鹿だよ!何で自分だけ苦しい思いすんの!」
ぎゅっつと大柄な体が抱き着いてくる。なんだか大きな犬にに懐かれてるみたいだと苦笑しながら、ロイは全身で縋ってくる男の背中をぽんぽんと叩いた。するとそれを合図にしたかのようにそっとロイの体が離され、色の薄いガラスの瞳が真直ぐにロイを見詰めた。
「なら、俺らが大佐のモンになります。」 
申し出は今度も唐突だった。



ハボ×ロイ/ジャク×ロイでシリアス。 ちょっと大人なハボとロイを目指してます。

                 

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