「司令部内での発火布の使用は非常事態に限る。そう御自分で仰ったのをお忘れになりましたか大佐」
書類の束を抱えて入ってきた金髪の副官は振り上げたロイの手袋付きの手を見て冷静に指摘した。
「いや、その中尉。ただ私はそこのサボタージュ中の少尉に正義の鉄槌を下そうとな・・・」
ヘイゼルの瞳に睨まれ下し所のない手を振り上げたままロイが弁解するとどれどれと彼女は窓際に寄って下を見た。
眼下には平和そうに眠る金髪の男。
「もう昼休みはとっくに終わってるだろう?なのにあんなトコで1人怠惰に惰眠を貪っているんだ。前髪の一つも燃されても文句は言えんだろう」
「ですが大佐、ハボック少尉はつい先程まで先日の廃工場の現場検証と後片付けで勤務中で昼食も取る時間もありませんでした。そしてこちらに戻ってやっと昼食となった訳ですからこれはサボタージュにはあたりません」
はいこれはその報告書です。と書類を渡すと己の日頃の所行を綺麗に忘れて勝ち誇っていた上司は拗ねた様にそっぽを向いて手袋を外した。その様子が悪戯を止められた子供そのもので淡いルージュに彩られた唇は緩いカーブを描いた。
「・・何か面白い事でもあるのかね、中尉」
拗ねた子供が不機嫌に呟く。
「いいえ。でももし大佐がハボック少尉の髪を燃やしていたら大変な事になってましたよ。ほら御覧下さい」
「?」
白いが銃胼胝のある指が眠る男の腹の辺りを指さす。そこには黒い毛玉が1匹気持ち良さそうに眠っていた。
「ブラックハヤテじゃないか。気付かなかった。確かに危なかったな、また嫌われる所だ」
「ええここで火を出せばブラックハヤテはよけい大佐に近付こうとしなくなりますわ」
黒と白の小さな子犬は先頃ホークアイ中尉の愛犬になったばかりで時々こうして司令部にやって来る。犬好きを自認する黒髪の大佐はその度構おうと必死になるが最初の印象が悪かったのかイマイチ懐こうとはしてくれない。
おかげで昼時にサンドイッチを片手に懐柔を試みる国軍大佐の姿は東方司令部では見慣れた光景と化していた。
「何で私には1メートル以上近付かないでハボックとは一緒に昼寝するんだ・・」
第一印象の悪さでは同じなのに小さな子犬は飼い主と拾い主の次に金髪の少尉に懐き黒髪の大佐からは微妙に距離を取りたがる。
ロイにはそれがどうも納得がいかない。それを
「ブラックハヤテにとってハボック少尉は同類ですから」
とあっさり解決した副官はサインの済んだ書類をチェックし始める。
「1メートルがブラハのナチュラルディスタンスなんですよ」
「ああ、野生動物同士が取り合う不可侵の距離の事か。しかしそれは心外だ。私はブラックハヤテを食べたりしないぞ、どこかの少尉みたいに。ハボックが犬でブラハが同類扱いするのは判るがもう少し懐いてくれるといいんだがなぁ」
私は頭を撫でたいだけなのに、と報われぬ片恋にため息吐いて追加の仕事を始める上司にホークアイ中尉はそっと心の中でその理由を告げた。
仕方ありませんわ。大佐。犬は他の犬の臭いが付いた人間には懐かないものですよ、と。


「それではこれよりイェガー曹長の独身お別れパーティを始めます。気楽な身分とお別れの可哀想な曹長に乾杯!」
陽気な声に唱和する様にグラスを掲げた手が宙に伸び澄んだ音をたててぶつかり合う。乾杯の音頭を取った金髪の男は隣にいる本日の主役のグラスに豪快に自分のグラスをぶっつけた。
「おめでとさん!これでお前も無茶できなくなるぜ。そこのとこ肝に命じて仕事しろよ!」
「ありがとうございます、ハボック隊長」
手荒い祝福を受けるのはハボックより2才程若い部下だ。次々に出されるグラスのせいで既に真っ赤になった顔はアルコールより別なもののせいで目も潤んでいる。そんな初々しい様子を面白がる古参の軍人達は口々にからかう。
「まぁなんだ尻に敷かれない様がんばんな」
「そうそう女ってのは恐いぞ!」
「それより怪我しねぃよう気をつけな。あんな可愛い子。後釜狙う奴一杯いるぜー」
「大丈夫ですよ!僕のルースは!」
「どうかな?油断してるとあそこに座ってる人に持ってかれッぞ〜」
武骨な指が指す先、奥まった席には黒髪の大佐とその側近達。一軍曹の結婚祝いの会には珍しい階級の人物が話題になってるのに気が付いたのかグラスを上げて応えた。
「庶務のルース・エディソン嬢の事なら良く知っているよ。一度食事に誘ったが断られた。何処ぞの軍曹との約束の方が大事だったらしい」
「そいつはすげぇ!」
東部一女たらしの粋なセリフに歓声があがりグラスが飛び交う。喧噪の激しくなった店内、煙草の煙で霞んだ空気を通して黒い瞳は顔を赤くした部下の肩を叩く金髪の男を見ていた。
蒼い垂れ目に人の良さそうな笑みを浮かべて周りの連中と笑いあう男はその視線に気付きもしないで自分のグラスを飲み干す。
ハボックの癖に!
つられる様に自分のグラスを空けたロイにはすかさず次のグラスが渡された。

「・・大佐、マスタング大佐起きてます?」
うるさい、駄犬。御主人様の邪魔するな。
「あーあ、完全に潰れてますね。ぐだぐだだぁ」
失礼な事言うな。私は平気だ。頭撫でるな、犬の癖に。
「何だか今日はやけにペース早かったからなぁ。ちょっと目を離したらこうなってた。悪いけど後頼むわハボ」
「はいはい・・」
何だその嫌そうな声は!
宴も終わりに近付いた頃黒髪の大佐は珍しく沈没してしまった。普段は結構酒に強いのにこうなったのは疲労が貯まってたのか、それともいつもはペースメイカーを務める金髪の少尉が側に居なかったためか。ともあれすっかり軟体動物と化したロイを送迎係りの男の背に乗せて同僚達は薄情にも2次会の会場に向かってしまう。
「いつもハボック少尉に任せて悪いですね。今日ぐらい替わった方が良かったでしょうか。少尉の部下のお祝なのに」
「いーって事よ。寝起きの大佐なだめられるのは奴しか居ないって。それにあいつだってこの役絶対他人にやらしゃしないぜ」
「ふむ、確かに。しかし今日の大佐の寝顔は機嫌悪そうでしたな。額に皺が寄ってました。あれではハボック少尉も苦労するかもしれませんな」
「大丈夫よ、ハボック少尉なら」
勝手な事言い合う同僚達を霞にかかった満月が照らしていた。

ゆらゆら。規則正しいリズムに揺られながらロイの意識は浮上する。固い幅広の背中に馴れた苦味のある煙りで自分が何処にいるのか瞬時に理解したロイはそっと前を窺った。
いつもと同じに歩くスピード。背中にいる人間を気遣うように振動を極力抑えた歩みはしっかりとしてロイを安心させる。子供じゃあるまいしおんぶされて喜ぶ趣味は無いはずだがロイはこうやってハボックに送られるのが好きだ。いつもは人前で決して酔いつぶれる真似なんかしないがハボックと飲む時だけはその自制が脆く崩れるのは無意識にそれを望んでるからーとは本人決して認めないだろう。それでも
お前の背中は大好きだよ、ハボック。
再び睡魔に囚われたせいでロイの呟きはハボックの耳には届かなかった。


お約束の展開ですかこれ?大の字になって寝るハボとブラハってすんごいツボな光景です。

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