東方的日常生活   DRINK DRUNK NIGHT


艶やかな黒髪が音を立てて木のカウンターに激突するのを大きな手で阻止しながらジャン・ハボックは勝利の雄叫びをあげた。
「ロイ・マスタング大佐対ジャン・ハボック少尉の飲み比べは、不肖私ハボック少尉の勝ちであります!従って今日の皆の昇進を祝おう会の会費は全てマスタング大佐が出して下さる事に決定致しました!太っ腹な大佐に皆様かんぱーい!」
ウイスキーのグラスを勢いよく突き上げる手にその場にいる全員が唱和し、狭い店内を揺るがす程の歓声が木霊した。
「おい誰かカメラもって無いか、証拠写真とっとけよ。こんなの滅多に見られるもんじゃないぜ。」
「あーマスター、カメラ貸して、ほらハボック少尉笑ってくださいよー、ブレダ少尉も一緒に。昇進なんておめでたい事なんだから、ハイチーズ!」
ボンッと薄暗い店内にマグネシウムの青い閃光が輝き、酒瓶を抱えた金髪の男とグラスを持った栗毛の男、そしてその横で突っ伏している黒髪の男の姿が一瞬浮かび上がり、その姿はフィルムにしっかり焼きつけられた。
「・・・誰だ今写真撮った奴・・・」
「あれ、中、じゃない大佐復活しましたか。水いりますか?」
「中佐じゃない大佐だ、今度間違えたら前髪燃やすぞ、准尉。」
地を這うような声音で部下の階級を間違えた男はようやっと顔を上げ、差し出された水を受け取り一気に飲み干した。

イーストシティの飲み屋街、それ程高級じゃないがそれなりに落ち着いたこの店はうまい料理とそこそこの酒を揃えると評判で軍人もよく来る所だ。そこが今夜は青い軍服に占領され中では歓声と下手な歌声に満ちている。天井から垂れ下がった白い幕にはへたくそな字で『ロイ・マスタング大佐昇進おめでとうございます!ついでにホークアイ中尉、その他の皆さんもおめでとうございます!』と書かれていた。
先頃の爆弾事件の解決とその後のテロ組織の壊滅が功を奏したのかロイ以下彼の直属の部下達は揃って一階級昇進と相成り、今夜はそのお祝会である。本当ははちゃんと会費制だったのだが、余興とばかりにロイがハボックに飲み比べを挑み、今夜の飲みしろを賭けたのがさっきの騒ぎで、結果は御覧の通りロイの惨敗。
「何でお前は平気な顔してるんだ。しかもまた飲んでるし、お前の胃は化けもンか。」
ふらつく頭を押さえて毒尽くロイの顔は喧嘩に負けた小僧と変らず、その童顔と相まってアルコールに侵食されたハボックの目には全然恐くは見えない、むしろ
かわいい・・?
年上の横暴我侭上司が?
やべぇアルコールが目にまわっちまったか?
「聞いているのかね!ハボック!」
目にゴミでも入ったのかごしごし目を擦る部下に酔っ払いはしつこく絡む。なにせロイには勝算があったのだ。童顔で軽く見られる自分だがそれなりの量は飲める自信はあったし、過去何度もその顔に騙された連中をカモにした経験もある。それに飲み比べを挑んだのは宴もたけなわと言う頃。それなりに自制していた自分と違って最初から小隊の部下達とハイペースに飲み捲っていたハボックには十分勝てると思っていたのに。
「そりゃー俺がここで負けたら皆に殺されますもん。勝ったらタダ酒、負けたら1週間残業の肩代わりなんて賭け。それに俺子供の頃から鍛えれてんスよ、故郷の酒に。」「故郷の酒?」
「俺の田舎でしか飲めない発酵リンゴ酒と自家製ブランディの混合酒はちょっとしたもんでね。絶対他では飲めないんスよ。おまけに牛が月に飛んで行っちまうぐらいヘビーで、こいつが飲めなきゃ一人前の男って認めれらない。だから俺ら悪ガキは早く認められたくて隙みりゃ盗み飲みしようとしてましたから。ま大抵は見つかって親にフライパンでどつかれんですけど。だから俺、負け知らずなんですよ。仕官学校から」
知らなかったでしょう?にっこり笑う部下の笑顔は思いきり憎たらしかった。
「自家製の酒?ハボック少尉、我がアメストリスでは酒は国家の許可なくば製造も販売もできんのだぞ。それ以外は全部密造酒だ。貴様軍人のくせしてそんなことも知らんのかー!」
負けた悔しさも手伝って酔っ払いは部下の首を締め上げるが、たいして力が入ってないから脅しにもならない。
「はいはい判りましたよ、大佐。ちょっと息苦しくなるからそんなに絞めないで。これに懲りて俺に無謀な賭けは持ちかけ無い様にね。」
ぽんぽんと黒い頭を叩く様は完全にお子様扱いだ。
「生意気いうなー犬の癖に!」
「判りましたから水飲んで下さいよ−。おーい誰か水寄越せ。」
「余計なお世話だ、水ならあるぞ!」
手近にあった透明な液体の入ったグラスをひっ掴んで、酔っ払いはそれを一気に飲み干した。
次の瞬間。
「わっ!大佐?」
ふらりと重力に逆らう力を無くした体が後ろ向きに倒れ込むのを、咄嗟に抱きとめ、血の気の無くなった頬をぴたぴたと叩くが、反応は全く無く、完全な泥酔状態。
「大佐、たーいさ、一体何飲んだっスか、もー。」
「あれぇここにあった俺の酒どーした?」
一つ隣の男が呑気に尋ねる中、グラスに残った無色の液体の臭いを嗅げば強く香る独特の香味。傍にあったボトルのラベルにはクラシカルな帆船の絵。
・・・プリマスじゃないか、しかもネイビー。げ、アルコール度57度。なんでこの臭いに気付かないかねぇ。あーあ。
腕の中の人は完全に意識を失っている。薄ら赤味がさした目もとに白い頬。額にかかった黒髪をそっとかきあげてハボックは深いため息をついた。このなんだか妙に可愛く見える物体はどうやら自分がなんとかしなければならないようだ。

「じゃあ、ハボック少尉、大佐をお願いね。」
案の定ホークアイ中尉は酔っ払いの護送をハボックに命じた。尤もハボックもそれを他人に任せる気なぞ端から無かった。ただ一つ心配だったのは。
「イエス、マム。・・あのところでここの支払いどうしましょ。まさか勝手に大佐の財布から金抜くわけにもいかないっしょ?」
それは困る。なにせタダ酒決定してからここぞとばかりに皆高い酒頼んでいるのだ。もし仮にでも支払いを自分達でやらなければいけないとしたら、全員の財布が空になる可能性がある。
「大丈夫よ、少尉。こうなるかと思って大佐の財布は前もって預かっています。」
切れ者中尉はそう言って分厚い財布を取り出した。酔った素振りなぞ微塵も見せずさっさと会計を済ませ、閉会を宣言する姿にハボックは深い畏敬の念を抱いたが、帰る前に飲みなさいと差し出されたグラスに首を傾げる。
「ホークアイ家に伝わる酔い覚ましです、大佐を送るなら飲みなさい。」
グラスの中身は得体のしれないどろりとした赤茶の液体、鼻をつく刺激臭。カウンターの中で作ってたのはこれかとハボックは思いながら一応抵抗を試みた。
「いや、だいじょぶっス。中尉。俺酔ってないし、ここから大佐の家ならそんなにかからない・・・」
飲・み・な・さ・い。」
ずいとグラスを突き付けてヘイゼルの瞳がハボックに迫った。その迫力のあるすわった目線にハボックはようやくある事に気付いた。
酔っぱらっていたのだ。ホークアイ中尉も相当。
「YES!Mum!」
覚悟を決めてハボックはグラスの中身を飲み干した。

酔っぱらい大佐と玩具にされるハボ。例の写真から妄想しました。

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