「げほ、げほ、げふぉ!あー酷い目にあった。まだあの味が舌に残ってるよ〜。」
深夜の路地裏、でかい荷物を背負った金髪男が咳き込みながら歩いて行くのを野良猫が興味深げに見ている。切れ者ホークアイ中尉が作った“酔い覚まし”は結論から言えばとってもよく効いた。今なら何百ヤード先の標的でも打ち抜けるくらいハボックの神経はしゃっきりしたのだから。唯一の欠点はいくら水を飲んでもその筆舌に尽し難い味が舌に残ってしまうことだろう。だがこれも背中の荷物−ロイ・マスタング大佐の安全のためなら仕方のない事。
−とは思うんだがなぁ。当分消えないぞ、この味は。
背中の人はすっかり夢の中、自分が部下におんぶされてるなんて夢にも思ってないだろう。目立つ軍服の上着は暑いと脱いでしまい白いシャツ姿で背負われる姿は到底国軍大佐には見えずただの酔っ払いである。
まぁ、その方が却って安全ではあるけどね。新品の三ツ星を曝してたら誰がちょっかいかけるかしれないし−。
よっこいしょっと案外軽い荷物を背負い直して、煙草に火を着けるとぼんやりとした満月が夜空に浮かんでるのが見える。
あー月が傘被ってらぁ。こりゃ明日は雨かもしんない。

「・・・・けむい、何処だここは・・寮に向かってるのかヒューズ?」
あと少しでマスタング邸という所で背中の荷物がもぞもぞしだす。どうやら意識が覚醒してきたみたいだが、頭の中はアルコールが抜けてないらしい。呼ばれた名前にハボックの肩がピクリと反応したが、取りあえず無視して上官に現状を説明する。
「何寝ぼけた事言ってンスか。大佐のお家に向かってるとこですよー。もうすぐ着きますから目ェ醒まして下さいね。」
「・・・ハボック准尉?」
「少尉ですって!」
「ハボック少尉?」
「はいはいそーですって、って何してんですか、アンタ!」
首に巻き付いていた手が離れ、何故かハボックの金髪をかき回し始めた。まるで何かを捜す様に頭の両脇をわしゃわしゃとまさぐる手はやたらハボックの神経を刺激する。
「ちょ、ちょと何、人の頭かき回してンです、そこには何もないですよー。」
「耳がない。」
「はい?耳ならあるでしょうが。そこじゃなくもっと下に。」
「それはあるが、ふかふかの犬耳が無い。ハボックは犬だから犬耳もあるはずだ!何処へ落とした!」
「あんたねぇ!ナンか変な本読んだでしょう!」
真剣そのもののだがあんまりな言い種に思わず振り向けば、驚くほど近くにある黒い瞳と目があった。アルコールのおかげでいつもは鋭い眼差しも柔らかく潤み、街灯の光を受けて深く輝く瞳がひたとハボックを見詰めている。
「ああもういいですよ、犬耳でも何でも捜して下さい!って尻尾なんかないから変なトコさわんないで!」
だめだこりゃ。こうなれば一刻も早くこの酔っ払いを家に帰すしかない。そして自分はアパートに帰るんだ。今日は非番だったが明日は仕事なんだから。おそらく司令部の半分が使い物にならないに違い無いし。
決然とハボックは歩みを早める。だがいきなり上がったスピードに驚いたのか背中の人は慌ててその首にしがみつきその勢いで。
ぴちゃり。首筋に何かが触れた。
「どわわっつ!」
「うわっ、あぶないじゃないか、ハボック!」
一瞬そこに火花が走った−
自分を支える手が緩み広い背中から滑り落ちそうになったロイは慌ててぎゅっと首を締め付けるからたまらない。
「ちょ、ちょっと苦しいスよ、大佐!俺を殺す気ですかー」
「うるさいお前がしっかり私を支えないのが悪いんだ。ショックで酔いが覚めたじゃないか。」
「あんたが変なことするから驚いたんスよ、ほら見て、さぶイボ。」
「大袈裟だな、たかが首筋に口が当たったぐらいで。」
「俺は首弱いんスよ〜。」
「ほぉーお♪」
しまった。
とんでもない失言に口を塞ぐが、後の祭り。ふ と首筋にあたたかい息がかかり、さっきと同じ感触が今度はそっと押し付けられる。
触れた唇の細かい襞の一本一本までが解るような 気がした。
「な、何すんスか、このセクハラ上司ー(泣)」
深夜の街路に野太い男の悲鳴が上がり、近所の主婦が何事かと外を見た時、そこには人影はなく物凄い勢いで駆け去る足音だけが響いていた。

「はい、お家着きました!後は自分でできますね?なに風呂?そんな酔った状態じゃ溺れるからダメ、明日、朝にシャワー浴びりゃいいっしょ。それじゃ俺は帰りますから、おやすみなさいマスタング大佐!」
玄関から2階の寝室まで3秒、背中の荷物をベッドに放り投げ、上着をドレッサーにしまい、諸注意を言い渡すのに5秒、ジャン・ハボックがマスタング邸のドアを開けてから10秒も経たない内に彼は出て行ってしまった。
後に取り残されたロイは何かを企んだ顔でポケットから出した銀の懐中時計と、手に隠しもったモノを見比べながらゆっくりと数を数え始める。1、2、3・・・・
きっかり100数えたところで階下のドアがそっと開く音が響き、150になったあたりで寝室のドアが開いた。
「・・・・ライター返して下さいよ、大佐。それとアパートの鍵。」
げんにゃり。顔に大書きした金髪の部下の姿がそこにはあった。
「結構早かったな、ハボック。」
酔っ払いは楽しげに笑い、手の中のモノをハボックに投げて寄越すと、代わりに水を要求した。

「ホントにもー何なんスか手癖の悪い。」
「お前がさっさと逃げ出そうするからだ。」
「あんたが変な酔い方するからしょ?俺は早く帰って寝たいんです!」
「そうか、なら泊まって行き給え凖・・じゃない少尉、部屋なら開いているし、ここからお前の家は遠いだろう?どうせ明日は午後からのシフトじゃないか、お前」
仕事からは逃げ出す癖に、何故か部下のシフトはしっかり把握している上官はハボックのシャツの袖を掴んで言い切った。掴まれた部下は蛇に睨まれたカエルの様に汗をかきつつ何とかそこから逃げようとする。それでも掴まれた袖を振り払う真似はできないと判っていたのだが。
「いや、それは遠慮致します、大佐。別に大した距離じゃ無いし、酔いはすっかり覚めてるし・・・」
「私はまだ酔っている。」
そういう男の言い方はしっかりしてるし、頭の中では綿密な計算が凄いスピードで働いていた、ハボックの気付かぬ所で。
「明日はきっと酷い二日酔いになるだろう。きっと自分じゃ起きられないし、朝御飯も食べれない。そんな上官を見捨てて行くのかね、ハボック少尉?」
いきなり哀れっぽい口様で訴えかける様はいかにも胡散臭いし、ハボックは何度もこの上目使いに騙されている。一度イエスと言ったなら後は際限のない要求の嵐。子供じみて我侭で強引な駆け引きはまるでハボックを試しているみたいだ。
何処まで許すか、何処までついて来るか。本当に自分のモノなのか。
「わかった、わかりましたよ。じゃあ泊まらせて頂きます。明日は何時に起こせばよろしいので?」
笑いながら応えた。いつもの様に、我侭な上司に振り回される哀れな部下の口様で、見上げる視線に潜んだ不安をかき消す様に。

   酔うとセクハラ全開の上司は一応相手は選ぶと思います。つぎはシリアスになるはず・・

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