「12時と言いたいトコだがお前は仕事だから10時でいいぞ。朝食はさっぱりしたスープとサラダでいいや。」
ようやくその手を離した人は一気にそこまで言うと、力の抜けた体はコテンとベッドに横たわってしまう。
「ちょ、大丈夫スか大佐!」
慌てたハボックが覗き込んだ時には黒い瞳はもう半分閉じられて睡魔に捕われたロイの語尾は掠れて消える。
「向いの部屋が客間だ。・・・お休みハボック。」
白い羽根枕に黒髪を散らして横暴上司はさっさと夢の国に行ってしまい、取り残された部下はため息ついてその体に毛布をかけた。そうしてそっと部屋を出る。
「なんなんだよ、全く・・。」
寝顔があどけないとか、いくら部下でもあんまり無防備じゃないかとか、はだけた白いシャツからのぞく首筋から鎖骨のあたりがやたら白いとか、そばにいれば湧き出て来るしょうもない思いはアルコールのせいと決めつけハボックは向いの客間のドアを開けた。
マスタング邸は古いが由緒のある屋敷をロイが家具付で買い取ったものだ。当然家具も古いが高級品でこれを中身ごと買い取ったと聞いた時、ハボックはロイの金銭感覚の無さに目眩を覚えたが、本人は新しくそろえる手間が省けていいと思っただけだ。その後2階の開いた部屋をぶち抜いて書庫にするなど諸作業にハボックは毎回借り出され、今では本人よりこの家については詳しくなっている。何処に燃料があるか、どの部屋の電球が取り替え時か。
でもこの部屋には入った事は無い。
客間−来訪者を泊める部屋−マスタング邸を訪問するのは、そしてそこに滞在するのはハボックの知る限りたった1人。セントラルからの客人だけだ。
ハボックも何くれと用事を言い付かってマスタング邸に行くことはあっても泊まり込む事は今まで無かったわけで、だからこの部屋に入るのが初めてなのは当たり前、でもロイが使えと言ったから別に問題も無いはずなのに。
なーんか落ち着かないなぁ。
がっしりとした木わくのベッド、ハボックのアパートにあるパイプベッドとは比べ物にならないスプリングの効いたマットレスは大柄な軍人が大の字になってもまだあまりある大きさで、そこに横たわりながらハボックはさっさと眠ってしまおうと努力する。
ごろん−寝返りをうって何時もの様に横向きになっても訪れない眠りに、習慣的に煙草に手を伸ばして、そして止めた。
この部屋には灰皿が無い。
ここはヒューズ中佐の部屋だ。
ふいにさっき首筋に感じた熱が蘇る。それを振り払う様に勢いよくハボックは起き上がった。

ロイ・マスタングと親友のマース・ヒューズが過去にそういう関係であったことはハボックも知っている。ただそれが現在も続いているかといえば−わからない、多分。ヒューズの愛妻と先頃生まれた愛娘への溺愛ぶりは軍部では有名だし、ロイも東部一のドンファンと言われる程の女たらしだ。それが嘘だとはハボックにも思えない。
ただ、2人でいる時の空気がなぁ。大佐は安心しきった猫みたいになるし、ヒューズ中佐は大佐を誰にも触れさせないっていう態度だし。周りに他の連中がいる時は普通に親友同士っていう感じなのに。
幸か不幸か護衛で側近のハボックは彼等が2人きりでいる時によく出くわしてしまうので余計にその事に気付きやすかった。
というより、アレはわざとだ。半分は意識してやってるんだ・・ヒューズ中佐が。執務室に入った時タイミングよく肩に廻される手とか、書庫で顔寄せあって密談しているトコとか。
その度に一瞬ハボックに向けられるオリーブグリーンの瞳。挑発か、牽制か、警告か、無言の視線はハボックを困惑させ悩ませる。
悪い人じゃないし、嫌いじゃないんだがなぁ。何か苦手だ。俺を挑発してどうすんだよ。
ふいに入院中の自分を見舞いに訪れたヒューズ中佐の言葉が頭をよぎる。
「ロイについて行くって決めたんだってなぁ、わんこ。ならあいつを悲しませるな、そして後悔させるなよ。今回みたいに。あいつの楯になるのはいいが、1回でダメになるような楯じゃ話にならん。ロイを守って必ずお前も生き延びるんだ。そこんとこ肝に命じとけ。これはお前のためじゃ無くロイのために言ってるんだから。」
「肝に命じますよ、ヒューズ中佐。俺は大佐を守って、自分も守ります。今回みたいなミスはしません、これからは。」
だけど貴男は大佐を悲しませてはいないんスか?あんな惚気ばっかり聞かして、自分1人幸せそうな顔をして。
青い瞳に潜む無言の問に勘のいい男は気が付いたのか、ふいにスクウェアグラスの眼鏡を外し、クロスでそれを拭いながら素の瞳を曝して呟く。
「俺が幸せそうにしてるとあいつは安心するんだ。あの戦争が終わった時から俺達は親友で同志で相棒だ。あいつがそうしろと言うから俺はそれに従った。あいつの望みは何でも叶えると決めたんでな・・。でも」
オリーブグリーンの瞳がまっすぐハボックを見た。
「心までそれに従ったわけじゃない。そこんとこ忘れるなよ、わんこ」
だから俺にどうしろと。

ひりつく喉の乾きに目が覚めてしまった。サイドテーブルに置かれた水差しの水を一気のみして、ほっ と息を付いたら今度は頭の中で象が走り回ってるような頭痛に気が付く。
「痛・・」
こめかみを押さえながら渋々起き上がれば、辺りはまだ薄暗く時計の針が示す時刻は夜明け前。微かに聞こえる柔らかな音にそっとカーテンを開ければ街は灰色の水幕に包まれている。
「雨か・・」
余計に重くなる頭を押さえて、チェストの引き出しを探ると目的の頭痛薬の箱は空だった。間の悪さにうんざりしながらせめて喉の乾きを癒そうと、飲み干して空になった水差しを持って部屋を出る。と薄暗い廊下に半分開いた向いの部屋のドアが見えた。
誰か、泊めたっけ・・・ヒューズが来たのは先週・・・だったよな?
走り回る象のせいできっぱり消えた昨晩の記憶をなんとか手繰り寄せると、ようやく金髪の部下に無体な要求をしたのを思い出された。
そうか、朝食作れって無理言って引き止めたっけ。ああでもこんな体調じゃきっと何も食べれない、どころか起きれない。ハボックには悪い事したCr> 珍しく自分の行動を反省しながら(もちろんほんの一瞬の事)ロイはそっと客間の扉を閉めようとして、そして気が付く。−中には誰もいない。きっちりとカバーをかけられたベッドはハボックが寝た形跡も無く、すべらかで。
帰った?勝手に?私の頼みも無視して?
不思議に怒りは感じなかった。失望も落胆も無く、ああ帰ったのかとその事実だけを認識する自分がいた。
無理もないよな。そう自分に言い聞かす。ハボックだっていい加減、気紛れ上司の我侭には付き合いきれないって思うな。そう言えば昨晩は酔った勢いで結構玩具にしたし−あれはもしかしてセクハラとゆうモノじゃないか。いくら気の良い大型犬だってあんまり構いたおせば、そっぽを向く。だめだなぁ、ちゃんと距離を考えて接しないと。でもどうしたらいいかよく解らない。だってあんなに真直ぐに自分に向かって来る奴なんて私は知らない。
ぽっかり空いた空洞をうめる様に思考をどんどん走らせる。考えるの止めてしまったら溢れる感情に向き合うことになるのだから。
それが恐くてロイはさっさと無人の客間を出て、水を求めて階下に向かった。
ともかく水飲んで寝よう。明日は・・いや今日か休みなんだから一日中ベッドにいたっていい。そういえば新しい練成陣の研究が止まったままだ。あれはより効果的に焔を操れるやつで・・・

   

初めてのお泊まりに揺れる乙女もといオトコゴコロ(笑)

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