退屈なオフ

ロイ・マスタング大佐の理想の休日−座り心地の良いソファに大きなクッション、天気は晴れだが吹く風は爽やかで過ごしやすく、もちろん電話なんか鳴らない。読みかけの本に傍らには香り高い紅茶(もちろんアールグレイ)ついでにつまめるクッキーなんかもあるともっと良い。
そしてこの穏やかな時間が緊急の呼び出しなんぞに邪魔される事なく夜まで続く事。
それから−

何なんだろうな?ようやく手に入った錬金術の古書を読みながらロイは思った。これはかなりの希少本で何件かの古書店に注文してやっと見つかった代物である。内容も期待を裏切らないものなのに何故か今一つ集中できない。
座り馴れたソファは適度に固く、クッションはやんわりと身体を支え、身体にかかる読書の負担を軽くしてくれる。
もちろんお気に入りの紅茶も焼菓子も傍らのサイドテーブルにあって温かい香気を放ちロイを誘う。
仕事は昨日で一段落ついたばかり。やっかいな書類はまとめてセントラルに送り少なくとも2、3日は何も返って来ないはずだ。
つまりは理想の休日と言えるはずなのに−何かが足りない。
ロイの手が何かを捜すように無意識にクッションの上を彷徨った。


あーあ完全に俺の存在を忘れているなアレは。夕食の買い出しから帰ってきたハボックは居間のソファと一体化したかのように出かけた時と寸分違わないロイの姿勢を見てそっとため息をついた。


ジャン・ハボック少尉の理想の休日。朝は腕の中にいる人の温もりを楽しみながらゆっくりとベッドの中で過ごし、のんびりブランチを食べ、夜までずっと一緒に過ごす、恋人兼飼い主兼上司のロイと。
くだらない雑談なんか交わしながら、勤務中は自制している(?)スキンシップをたっぷりとるのだ。あの艶やかな黒髪を撫でて、柔らかい頬をに触れて、キスして、あわよくばそれ以上−。

ささやかな望みだよなぁ。午前中はうまくいってたのに。
目覚まし時計は床に蹴落として、寝汚い恋人と2匹の猫みたいにベッドの上でじゃれあって。白い背中に懐こうとするハボックをうっとおしいと蹴飛ばすくせにハボックが離れれば逆にロイはその金髪に手をいれぐしゃぐしゃにしようとする。
それは馬鹿飼い主が飼い犬をなでまわすみたいに乱暴なのに心地良い。焔を生み出す白くて長い指は女の子みたいに華奢でも柔らかくもないがハボックをうっとりさせる。
やがて空腹に耐えきれなくなったロイが愛犬をベッドから蹴り出すまで甘い時間は続いたのだが、その後買い出しに出かけたのがまずかった。
夕食はロイの好きな物を作ろうとはりきって市場に行って、帰ってきたら恋人は別世界に行ってましたじゃしょーがないじゃん。
仕方がないから自分用にコーヒーを煎れてハボックは朝刊を手にロイの向いのソファに陣取った。こういう時下手に邪魔をすると蹴りどころか焔が飛び出して来るのを経験から学んだ犬は大人しく主人の意識がこちらに戻るのを待つしかなかった。
白い額に艶やかな黒髪がかかり時折それを気怠げにかきあげる様子は十分鑑賞に値するのだが。
お触り厳禁てのは拷問だよなー。俺大佐の指が好きなんだけど。男のしかも軍人のくせしてあれは反則だと思う。
別に特別に手入れしてるわけじゃないのに艶のある爪は形よく指先を飾りバランスよくのびた指は何かの彫像を思い起こさせる。
ああ触りたい・・というか触って欲しい。あの手に触れられると何かもうどうでも良くなるというか、指先のほんの些細な動きも自分の皮膚は感知してそれを脳は快感に変換してしまう。・・いかん昼間から何考えてンだ、俺は。
ん?なんで大佐、左手でクッション撫で回してンだ。あんな癖あったけ?
ソファの上所在なくクッションの上に置かれたロイの手を見ながらハボックは肺に溜まった煙りを吐き出し、恋人の不可解な行動を見守った。
やがてそっと足音を忍ばせてロイの座るソファーに近付く。気付かれない様に、邪魔しない様に、でも何かを期待する眼差しでハボックはその傍らに身を寄せた。

世界を構成するのは四大元素−風・火・水・地であり練金術とはそれらを統合し、浄化し、成熟させ、未知のものを生み出す術である。未知のものすなわち−
紙魚のくった羊皮紙に書かれた内容は脳内で上滑りしどうも身に入らない。いつもならとうに書物の世界にどっぷりはまり込んでいるのだが、何か足らない。
何かこうふさふさとして、きらきらしたものが傍にあった筈なんだが。
難解な構築式を頭で分解しながら心は足りない何かを捜し続ける。
どこか苦い香りと共にいつも一緒に居るもの。触ると少し固いがしなやかな感触が心地良くていつまでも撫でたくなる。日の光を反射して金色に輝くのを見るととても安心するのに、どうして今ここに無いんだろう。
あのふさふさした−おぼろげなイメージがぼんやり固まりかけた時、ふいに何かがロイの手に触れた。
あれ、何だこれ?
手を伸ばすと柔らかい感触が指の間を通る。しなやかな感じを楽しむように撫で回すと、何故かもぞもぞと動く気配がするが気にせず続ける。目は活字から離れないが指先に触れるそれが金色である事にロイは疑いを持たなかった。
ふさふさとして、きらきらしたもの。
足らないものはこれだった。これに触れていれば私は何処に行っても、たとえ本に書かれた知識の森に迷いこもうとも帰ってこられる。

退屈なオフの日。デートも事件も雨もない日。
マスタング家の居間ではお気に入りのソファに座って片手を本、もう片方を金色の頭にのせた家主が読書に耽り、その傍らは金色の大型犬が満足げに主人の指の感触を楽しんでいた。

昔の拍手SSです。甘いの目指してがんばったんですが・・。
手フェチのハボと金髪フェチのロイ(笑い)

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