無意識に叫んでいた、言葉が勝手に溢れ出る。
「俺が中佐の世話焼くのはあの人がほっとくと全然自分のことかまわないからです!ちょっと気を抜くと食事しないで本読んでるし、仕事さぼる癖になんかあれば前線に出てくるし、怪我しても痛く無いふりするし誤魔化すし・・ホント目離せないんスから。だから俺がかわりに中佐の事心配して、大切にして、大事にしたいんです。さしでた事かもしれませんがそれじゃいけないのかよ!」
青い瞳にいつもは無い鋭い光がうつり、普段は茫洋とした空気を纏う青年に牙剥く獣の気配が満ちる。
しかし軍人が四階級も上の人間を怒鳴りつけるなんていくら相手が気にしないと言っても普通通る話ではない。まかり間違えば上官不敬罪で営倉行き、そこそこ軍隊暮らしが長いハボックが忘れるはずもないのだがそんな事は綺麗に彼の頭から消え去っていた。
ところが。
「・・いいや全然悪く無い。悪いのは無神経な事言った俺だ、すまなかったな。」
ぽんぽんと牙剥く犬の金色の頭を宥めるように撫で、眼鏡の男は穏やかに微笑んだ。始めて見る男の自然な、静かな笑みに殺気立っていた感情は煙りみたいに散らされ、張り詰めていた車内の空気がほっと弛んだ。
そうしてハボックはまたしてもこの男の手にひっかかった自分に気付く。
「えーっと・・あ−申し訳ありません、ヒューズ少佐。なんでかつい興奮しちまって・・・でも」
「人が悪いてか?こんなの初歩の初歩だぜ、俺らにとっちゃ。まーお前さんが真面目にロイの事心配してくれるのが判って安心したわ。ホントあいつ日常生活無能だからな。そんじゃ俺ここで降りるから。」
「へっ?」
言われてみれば車は何時の間にかイーストシティ中央駅前のロータリーに着いていた。時計を見れば記録を2分も更新しての到着で、慌ててドアを開けようとするハボックを
「見送りはいらんよ。さっさと帰って仕事しろや。」
と運転席に止めて、ヒューズは荷物を持ってさっさと車を降りる。そのまま駅に向かうかと思えば車窓からさっき借りた煙草とライター投げて寄越し、声を潜めて囁いた。
「ロイから目を離すな。」
「・・・何故です。」
「この事件の犯人の目的は多分ロイだ。確かに俺達は現場に残されたのと同じ練成陣を使う奴を知っている。そいつとロイに少なからず因縁みたいなものがある。」
「誰です!その野郎は。」
「だがそいつは今セントラルにいる。それは俺も確認済みだ。だから事件の実行犯は別にいるはずだが、犯人に術を教えたのは絶対奴だ。奴が誰かを操ってちょっかいかけてるに違い無い。」
「居場所が判ってんなら何故さっさと拘束しないんです。重要参考人じゃないですか」
「拘束はされてるさ。・・・ずっと前から」
「?」
「イシュヴァール以来そいつはセントラル刑務所の29房に収監されている。ロイもそれは知っている。あいつは犯人の目的が自分じゃないかと薄々は察しているはずだ。それにお前らを巻き込みたくないから、また1人で突っ走るに決まってる、だからロイから絶対目を離すな。あいつを大事に思うなら守れ、どんなことがあっても。いいなジャン・ハボック。」
「YES.SIR!」
答える声に決意が籠る。満足げにそれに返礼して眼鏡の男は駅の入り口に向かって走っていった。

「ハボック凖尉、聞こえますか。こちら司令部、応答願います。」
車内無線の雑音まじりの声が彼の名を呼んだのは駅から5分程走ったところだった。切羽詰まったような声は童顔、眼鏡のフュ−リ−軍曹のものだ。いつもは穏やかな彼のらしくない緊迫した声が只の呼び出しで無い事をハボックに知らせる。
「こちらハボック、何があったフュ−リ−。」
「ロウア−イースト街554で爆発事件発生。現場は古いアパートメントです。爆発の様子から一連の事件と同じ犯人と思われます。准尉はそこから直ちに現場に急行して下さい。」
『ロイから目を離すな』ヒューズの言葉が頭に響く。ひやりと首筋に冷たいものが走った。
「マスタング中佐はどうした!現場に行ったのか。」
「ホークアイ少尉と共に現場に向かいました。」
この返事に思わず止まっていた息を吐く。落ち着け、ホークアイ少尉が一緒なら大丈夫だ。彼女がいるなら俺なんかよりずっと安心できる。落ち着け、いくら中佐でもそう不用意に単独行動とるわけない。
懸命に自分に言い聞かせながら無線に答える。
「了解した。直ちに現場に向かう。中佐達にもそう伝えといてくれ。」
心の焦りは雑音だらけの音がごまかして、きっとフュ−リーには伝わらなかっただろう。し
かしハボックは知っている。自分の上司がいざという時は1人で行ってしまうという事を、それが自分達部下をかばってのことなのか、それとも頼むに足らずと思ってるかは解らないが、彼の人は後ろを振り返らずに行ってしまう。だから哀れな犬は必死に追いかけて行くしか無くて。
「本当に目ェ離せない人だぜ!」
力任せにハンドルを回すと派手にタイヤをきしらせて車は急にUターンする。驚いた周りの車が急ブレーキかけ、クラクションを鳴らすが運転手にはその騒音は全く届かなかった。

「酷いものだな、ホークアイ少尉。」
現場の指揮官は振り返らずに傍らの副官に言ったので、彼女は上官がどんな表情をしているか見えない。
「そうですね・・規模としてはこれまでで最悪です。確認できただけで死者は3人。行方不明者は15人です。」
それでも彼女はロイ・マスタングがこんな時どういう顔をしてるかよく知っている。何度もそれを見て来たから。
「エスカレートしたと言うべきなのかね、これは。」
「爆発の規模から言えばそうなるかと。」
「メッセージに気付かん、鈍感野郎が悪いと言うわけだ。」
酷く平坦な声で紡がれる言葉にホークアイは眉をしかめる。この上官は感情が高ぶる程、無表情になるという悪癖がある。無意識に自分自身を欺こうとするのだ。
「御間違えなく、中佐。悪いのは事件の犯人であり、それ以外に責められるべき人物はいません。またどれほどの理由があろうともこの事件を正当化できる者はいません。」
彼女の言葉はいつも正しい。冷静かつ客観的な判断力で状況を分析する。ただ正しさが救いとなるわけでもなくて。
眼前の光景はそれだけ酷かった。

ヒューズとハボの会話は書いてておもしろい。会話ならヒューズは最強ではないでしょうか?

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