倒壊した石造りのアパートの残骸は灰色の小山のようにそびえ、その上に絵の具を散らした様に点々とある青い色は懸命に救助作業をしている兵士達だ。その瓦礫の山の下におよそ3家族の人間が埋まっているはずだが今だ生存者は発見できず現場の兵士には絶望の影がちらついていた。
ロウア−イースト街は市の中心からやや離れたところで、いわゆる旧市街と呼ばれる地域だ。再開発から見放されたそこには石造りの古い建物が並び、古くからの住人が静かに暮らす昼間でもひっそりとした街だった。ほんすこし前園芸が趣味の
老夫妻が1階に住むアパートが轟音と共に崩れるまでは。

「生存者が発見されました!」
その声に俄にあたりは騒がしくなる。2人も指揮車両から出てそちらに向かった。
「この瓦礫の下から声がします。どうやら倒れた壁の隙間に入って助かったらしいのですが、周囲の足場が悪くいつまた崩れるか解りません。その上入り口の隙間が狭く我々では・・・。」
切羽詰まった声で報告する若い兵士に
「私がいきます。私ならきっと入れます。よろしいですね中佐。」
間髪入れずにその場で一番小柄な人物が叫んだ。
「わかった、行きたまえ少尉。だがその前に周囲の兵達を下がらせろ。私が周りを補強する。」
どうやってとは尋ねず優秀な副官は素早く部下に指示を飛ばし、自分は上着を脱いで準備する。その間にチョークを持ったロイは瓦礫の一つに円を幾つかの紋様を描き出すとそっと手を当てた。瞬間淡い光が辺りに満ち、崩れかけていた壁のひびが消え、飴細工の様に幾つかの石の固まりが融合する。そして今にも崩れそうだった瓦礫の山はあっという間に強固な固まりとなる。
その尋常ならざる力に声にならない感嘆の声が辺りの兵達からもれた。
国家錬金術師と。
「内部がどうなってるか解らないから外側だけ固めた。少尉は中に入り生存者を発見次第、救出。中の様子を見て入り口を広げる。」
「YES.SIR」
返事と共にロープを巻き付けた小柄な身体はするりと暗い隙間に吸い込まれた。
そのまま十数分、周囲の人間が固唾を飲んで見守る中、地下から地上に繋がるロープに合図が送られ、兵士達が隙間に手を伸ばす。そうして突然、子供の泣き声が力強くあたりに響き渡った。引き上げた腕の中に5才ぐらいの少女を抱え若い兵士が慎重に降りてロイの所にやって来る。
「少女を1人救助しました!中にはまだ大人3人子供2人いるそうです。」
助かった事に安堵したのかそれとも何がおきたか解らなくて泣くのか、止まらない泣き声と共に報告する兵士の声がロイに、そして辺りの兵士の耳に届いた。それは現場に満ちた死の気配を蹴散らす生の声だった。
「入り口はある程度拡げても大丈夫だそうです。ホークアイ少尉は中に留まり救助を続けるとのことです。」
「了解した、くれぐれも慎重に進めろと少尉に伝えるように。それから他の場所ももっと念入りにしらべろ。時間が勝負だ。まだ行方不明者は沢山居るんだ。」
活気が戻った現場に兵を鼓舞する指揮官の声が響いた。
「マスタング中佐!撤去作業用の重機が到着しましたが通りが狭くて入るのに難儀してます。」
瓦礫の山の前を動かない指揮官にあちこちから指示を求める声がする。こういう時器用に部下を動かす便利な犬が今傍にいないことにセントラルの親友に向かって思いきり悪態をつきたいのを我慢してロイは部下が持って来た地図を見た。
「大通りからこのメイヤー通りの野次馬を全てどかせ。遠回りになるがここならなんとか通れるだろう。」
指示を出しながら周囲の野次馬の集団に目を向ける。この静かな通りにこれだけの人が集まったのは初めてというくらいの人が辺りを取り巻いてこちらを見ている。その顔には誰もが不安と恐怖と後ろめたさを伴った好奇の色が浮かべていた。
−たった1人を除いて。
「・・・?」
無意識に彷徨って居たロイの視線が見物人の群れの一点で何故か止まった。視線の先には兵士に移動させられる市民が慌てて動こうと右往左往している。その中で1人押されてもそこを動かずじっとこちらを見ている男がいた。
いまいち年令がつかめない特徴のない顔にこれまた目立たないグレーの上着を着たブラウンの髮、銀縁眼鏡を掛けた青年だ。体格も中肉中背と何処から見ても平凡という形容詞が似つかわしい風情なのに何故目についたのか。こちらをじっと見つめる視線に反応したのは確かだがそれ以外に何かが自分の注意をひいたのだ。
やがて動かない青年を威嚇するように兵士が乱暴に押して後ろに追いやり、抵抗もせず男は奥の通りに姿を消した。
その時確かにその男はロイに向かって手を振った、この季節には不似合いな黒い手袋がはめられてた手で。

「マスタング中佐はどこだ!」
現場に駆け込んで来た大柄な准尉に襟首掴まれて詰め寄られた若い兵士は何ごとかと青ざめながら必死に答える。
「つい先程まではあちらの方で指揮をとられてました!それ以後自分は姿を見ておりません!」
「ホークアイ少尉は一緒じゃないのか!」
「少尉は生存者の救出のためあちらの瓦礫の下で作業中であります。」
「なんだって!」

ハボックがようやく現場に到着した時、そこで指揮を執っているはずのロイの姿は何処にも無かった。あせって辺りを捜す彼に悪友が声を掛ける。
「遅せぇぞハボ!何処行ってやがった。こちとら手が足らねぇんだ、さっさと自分の隊の指揮執れよ。」
「おいブレダ、マスタング中佐何処にいるか知らないか。さっきから捜してるのに姿が見えない。」
「あぁ?中佐ならさっき手配した車両の進み具合を見て来るってメイヤー通りの方に行ったぜ。ほらここ狭いから大型重機が通り辛いんだよ。」
「1人で行ったのか、どのくらい前だ!」
「多分1人だと思うがあの辺野次馬整理の兵がうろうろしてるから大丈夫だろ。
そういやもう結構経つかな・・っておいハボ!何処行くんだ、お前!」
「悪いブレダ!そっちはお前に任す!」
「任すって、おいハボックどうしたんだよお前!」
振り返りもせず走り去る大柄な背中に響く声を無視してハボックはメイヤー通りに向かう。後に残された男は唖然とその後姿を見つめるしかできなかった。

「マスタング中佐は何処だ、見かけなかったか?」
「はい!あちらの方に歩いて行かれました。」
「マスタング中佐は何処だ、見かけなかったか?」
何度この質問を通りにいる兵士に言っただろう。さすがに現場に国軍中佐は目立つから兵達の答えは正確だった。
「あちらの通りに入って行かれました!」
しかし4人目の兵士が言った答えにハボックは自分の予感が適中した事を悟る。
兵士が指し示したのはメイヤー通りに繋がった細い小路でそこから先には兵士の姿は無く、現場と近いとは思えない程静かな通りだった。もちろん車両の様子を見に行ったロイがこの通りを行く理由は無いはずだ。
ホルスターの銃を構え、安全装置を外す。猫の様に足音を忍ばせて黄昏れ始めた迷宮の様な通りにハボックは入っていった。


次回やっとオリキャラ登場。もう少しスピードあげて話を進めたい・・

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