「私が止めて無ければ今頃お前の両腕は肩から吹き飛ばされていたよ。」
地面にへたり込む部下を冷ややかに見詰めながら語る上官の声に乱れは無く、白い頬には何の表情も浮かんではいない。
「私は言ったな?錬金術師に不用意に手を出すなと。何故命令を無視した 答えたまえハボック准尉?」
「・・・いい加減な事言ってアンタを侮辱したからです。」
苦渋に満ちた答えに返された言葉はたった一言。
「それがどうした。」
「アンタそれで良いんですか?あんな奴に好き勝手言わして・・っつ!」
いきなり襟首を捕まれ今度は容赦ないビンタを右頬に食らう。そのまま引きずり起こされ、締め付けられる力に息が詰まったが、真近に見る漆黒の瞳がそんなこと忘れさせる。冷たく、鋭い光を湛える深い黒の中の黒。
光さえ閉じ込める闇が実は一番輝くものだとハボックは初めて知った。
それはロイの内に息づく生きた焔の輝きなのかもしれない。
その光に心が奪われる一瞬。
「だからあいつに飛び掛かったのか?敵の挑発にまんまと引っ掛かって?お前は誰にでも噛みつく狂犬か、だったら私はそんなのいらん。わかったな准尉?」
惚けたようなハボックを再び地面に投げ出して傲岸に言い放つロイに
「−YES.SIRしかし中佐・・」
立ち上がりながらハボックは何とか答える。
あんなのはデタラメですよね?俺を挑発するための嘘っぱちですよね?
荒れる心に浮かぶ疑問は言葉にできず、ハボックは再び押し黙った。
その時
「マスタング中佐!御無事ですか?」
ホークアイ少尉が何人かの兵士と共にこちらに駆け寄って来のが見えた。
「行くぞ准尉。」
「中佐!」
コートの袖をひらめかせて立ち去るロイの背をハボックの声が追い掛ける。ちらりと振り向いた視線の先には金髪の大男が縋るような目をして立っていた。まるで迷子の子供のようなその表情にちくりと何処かが痛んだが、それを無視するようにわざとぞんざいにロイは答えを投げ付けた。
「あいつの言った事は事実だよ、准尉。お前だって知っていたはずだ。南方での事件の時あの医者が話したろう?さ、気が済んだらさっさとついて来い。犯人が確定したんだ、市内緊急配備、道路の検問やる事は山程あるぞ。」
返事も待たずにロイはさっさと歩き出し、2度と振り向く事は無かった。

−何であんな問いつめるような事しちまったんだ、黙って聞かなかった振りできなかったのか?取り残されたハボックの心は怒りと後悔が嵐のように渦巻く。ああ確かに南方であのクソ垂れな医者にそういう事があったのは聞かされたけど、信じたくは無かったし、それを聞いた事を中佐に知られたくは無かった。中佐だって言いたくは無かっただろう。
なのに自分は頭に血登らせて犯人を逃がした挙げ句、言いたく無い事まで言わせてしまった。
「ちくしょう!」
力任せにレンガ塀を殴りつけた手からは赤い雫が落ちる。そのまま立ちすくむハボックを何時の間にか落ちて来た冷たい雨が静かに包み込んでいった。
その後の緊急配備、市内全域の検問にも関わらずヨハン・フォークスと名乗った男の行方は杳として知れなかった。



「じゃあ確かにお前が連絡役だったんだな?」
薄暗い照明の下、むき出しのコンクリートの壁に囲まれた狭い灰色の部屋の中にスクェアグラスの男の声が低く響いた。傷だらけの木の机に置かれた男の手には火のついた煙草があり、そこから登る紫煙は空気までも灰色に染めあげていた。その向いには中年の体格の良い男が憔悴しきった表情で必死に訴えかけている。
「だから俺は脅されたんですよ!やんなきゃ家を粉々にするって、俺の目の前で停まってた車爆発させたんですよ!普通じゃありませんよ、あの男は!」
「でも金貰ったんだよな?」
「・・・そりゃあ金でも貰わなきゃやってられません。囚人へ内密に手紙を届けるなんて危ない事。おまけに相手が終身刑で錬金術師なんて。もう良いでしょう?知ってる事はみんな話しました。金だってもう全部賭事に使っちまいましたよ。さっさと逮捕するなり監獄にぶち込むなり好きにして下さい。」
哀れに訴える男はもう丸一日この取調室に軟禁されている。セントラル刑務所の刑務官である彼は非番の時に突然拉致されここに連れて来られた。ここー憲兵隊ではなく軍法会議所の奥深くにある秘密の取調室。その事が彼に自分がとんでも無い厄災に巻き込まれた事を知らせる。ここに連れて来られてそのまま帰ってこない者もいるといういわく付きの場所には一見不似合いな愛想の言い取調官がいた。もっともほんの数分でその印象は消えたが。
「ところがそうはいかないんだ。悪いがお前さんはこのまま連絡係りを続けて貰う。もちろん奴に手紙を渡す前にこちらでチェックはさせてもらうがな。」
「冗談じゃない!そんな危ない橋渡れますか!あんたはあいつの恐ろしさを知らないんだ、そんな奴を相手に知らん振りで裏切るなんて俺には無理ですよ!」
「ほーぉ恐ろしいねぇ・・でも知ってるか?世の中は恐ろしい奴ばかりなんだよ。」
それはこの取り調べの間に思い知らされた。この眼鏡の男は笑いながらナイフのような鋭い切り口で相手の心を切り裂いていく。
「・・何と言われようとできません。俺にはそんな度胸は無い、第一無理にやったってあいつに見破られて失敗するのが落ちですよ!」
開き直った相手を見つめるオリーブグリーンの瞳に冷たい光が宿った。その眼差しに男の背筋に冷たい汗が滲み、眼鏡の男は最後の切り札をきる。「失敗しない様にすりゃいいのさ。お前さん確かセントラルの病院に入院中の息子がいたな?結構重い病気で貰った金も本当はそれに消えてる。どうだ協力してくれれば子供をもっと施設の整った郊外の病院に移してやろう。もちろん治療費はタダだし、軍病院だから安全だ。ついでに奥さんも付き添わせてやる。どうだ悪い話じゃないだろう?」
「あんた・・あんた子供を楯に取ろうってのか?!そんな権利あんたらあるわけないだろう!」
激高して男は相手の首筋をねじりあげ、そのまま睨みつけた。薄暗い部屋に男の激しい息使いだけが響く。
「・・権利の有無は関係ない。お前が協力しなければ子供も家族も危険に曝されるだけだ。その必要があれば俺はそれを実行するし、お前にそれを防ぐ力は無い。もともと選択の余地なんか最初からないんだ、あいつに協力した時から。」
締め付けられる痛みなんか感じてないような静かな声で最後通告はなされた。力尽きた男はぐったりと机に突っ伏しながら降伏の言葉を目の前の男に投げ付けた。
「ちくしょう!好きにすりゃいいだろう!あいつはいかれた野郎だがあんたは悪魔だ、ヒューズ少佐!」
「いやーお互い理解できてよかったな。さ、顔上げろや。今後の事詳しく打ち合わせしなきゃならん。」
悪魔と糾弾された男はさっきまでの冷たさとは打って変った愛想のよさで話を進めていく。その笑顔は確かに宗教画に描かれたソレを男に連想させた。

ヒューズさん再登場。これからセントラル&イシュバール話に続きます。なんとなくこの人は敵に対する容赦のなさではマスタング大佐の上をいくんじゃ無いかと思えてしまう。ヒューズファンのかたすみません!

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