「ロイか?俺だ。連絡係りはこっちで抑えた、これで情報は手の内に入る。お前さんの方はどうだ。」
深夜のセントラル軍法会議所に程近いしかし人目に付きにくい電話ボックスに低い声が響く。
「・・・そうかー手掛かり無しか、でも練成陣付きの植木鉢は全部回収できたんだろ?次の手を打つのにきっとこっちに連絡してくるぜ奴は。だからあせらずそれを待て。俺が送った奴の調査書は着いたよな確かにヨハン・フォークスは少尉としてあの部隊にいたが、終戦後すぐに除隊している。その後2回程国家錬金術師の試験を受けてるが当然不可でそれ以後イーストシティに帰って実家の園芸農家を手伝うようになった。そんな所だ。・・ああその話はもう止せ、ロイ。今度の事件はお前のせいじゃ無い。お前が東部に赴任して来なくても何か理由をこじつけて事件を起こしたはずだよ、あのイカレ野郎は。・・・判ったこっちでも警戒するよ、あの男の監視も強化する。だから少し休め、今日はこのまま家で寝れるんだろう?ちゃんと食ってともかく体だけでも休ませろいいな・・。」
いつもの癖であれこれ言ってたら手持ちのコインの山はすっかり無くなっていた。軍の回線を使わない連絡にはいつもの家族自慢は入る余裕は無い。電話ボックスから出ると春とはいえ冷え冷えとした夜の空気が体を包み、思わず着ていたコートの襟を合わせてヒューズは仕事場に戻っていった。

「あれ、珍しいヒューズ少佐まだいらっしゃたんですか?」
「ああもう少し調べたい事があってな、お前さんは先上がっていいぜ。」
どこかの中佐と違って事務処理能力に長けるマ−ス・ヒューズ少佐は滅多な事では残業なぞしない。膨大な書類を猛スピードで右から左へ捌く様は周りの者には神業と映るが本人はただ最愛の妻の手料理が食べたいだけだ。 しかし時折大して急ぐでも無い仕事で残業する事があった。周囲の人間は気が付いていないが大抵それはあの地下室で取り調べがあった日で。
『あんたは悪魔だ!ヒューズ少佐。』脳裏に浮かぶ憎しみに歪んだ顔を軽く頭をふって消し去る。
どうと言う事は無い、追い詰められた人間が口にする決まり文句だ。言われるだけの事はしてるし、友軍を救っても化け物呼ばわりされた友人にくらべれば正しい評価だ。それくらいで傷付く事は今さら許されないだろう。ただこの身に纏わりつく憎悪の気配を家に持ち帰りたは無かった。最愛の女神がいるあの暖かい家にはほんの少しの闇も持ち帰る事はしないと誓ったのだから。
「もしもし俺だ、グレイシア。連絡が遅くなってすまないが急な調べ物が入って今日は帰れそうも無い。・・・ああ夕食はちゃんと食堂でとったよ。いやー外で御飯食べると君の偉大さが身にしみるよ、グレイシア。夕飯のメニューはなんだった?・・そうかービーフシチューだったのか(泣)・・え沢山作ったから明日でも食べられる?さすがは俺の奥さんだ、絶対明日は定時に帰るからね。。・・・ああこっちも無理はしないよ、そっちも戸締まりしっかりして早く休みなさい。愛してるよ、グレイシア。」
『あんまり無理をしないでね、マ−ス。』
受話器の向こうから聞こえる妻の優しい声の余韻に浸るようにヒューズは通話が切れても暫くはそのままの姿勢を崩さなかった。
結婚当初はこんな事があっても無理して家に帰った。なぜならあの戦場で何があっても何をしても決して彼女には気付かせず笑ってみせると誓ったから。自分にはそれができると信じていたのだ。浅はかなことに。
『おかえりなさい、あなた・・あら制服に染みがついてるわ、かしてちょうだい染み抜きしないと・・マ−ス?』
『触るな!』
青い軍服に散った点はその日尋問で暴れた男を殴りつけた時に付いたものだ。長時間に渡る取り調べで正気を失いかけ、最後には頭を壁に打ち付け血まみれになりながら自分達への呪詛を喚き続けた男をなんとか押さえ付けた時自分の手もまたその血に汚れていた。帰宅前に何度も手を洗い気をつけたつもりだったが軍服に遺った茶色い染みを見つけられた時、ヒューズは思わずその細い手を振り払ってしまっていた。耐えられなかったのだ彼女の白い手がソレに触れる事が。
「あっと、すまないグレイシア!あのこれは・・その塗装中のペンキが跳ねて付いちゃったんだ。で、もうきっと落ちないと思うから、だからその、君の手を煩わすのも何だと思ちゃって・・つい。それであの・・」
ところが必死に言い繕う夫を見詰めた妻はにっこり微笑むと有無を言わさずその上着に手をかけて無理矢理脱がせてしまったのだ。
そして自分を振り払った手にそっと触れてこう言った。
「大丈夫よ、マ−スちゃんと綺麗になるわ。こういう時こそ主婦の腕の見せ所なのよ。だから貴男は何も心配しなくていいのよ。さ、お茶にしましょう?隣の奥様から南部産のおいしい茶葉を分けて頂いたのよ。」
微笑みながら居間に向かう妻の背中にかける言葉もなくヒューズは自分の手を見つめる。多分グレイシアには彼の脅えは伝わってしまっただろう。聡い上に軍人の家庭に育った女性だ。それでも気付かぬ振りをして血まみれの自分の手に触れてくれた。
「・・・」そっと唇を彼女が触れた手に押し当てる。2度とこんなミスは侵さないと自分に誓う様に。

「グレイシア・・」
受話器を置いたヒューズはあの時と同じように手に唇を寄せた。あの時から理由無き残業は始まった。時折物言いたげな妻の視線を感じる事ががあえてソレには気付かぬ振りをしている。
硝煙と血の臭いが染み付いた灰色の砂漠。あそこで罪を犯したのは国家錬金術師だけでは無い。情報活動の名の下に行われた非人道的な行為の数々−尋問、拷問、処刑。闇に隠れたそれらはけして記録に残らず非難もされない。ただ当事者の記憶に残るのみ。しかしあの戦争から抱え込んだ闇を愛する者に語る事は決して許されない。例え話したとて背負った重荷は軽くならない、むしろ重くなるだけだ。この痛みを共有できる人間はこの世にたった1人しかいない。痛みを共有する者とそれを癒す者、そのどちらも手放す事は結局自分にはできなかった。だったらあとは守るしか無い。何があってもどんな事をしても。
一体にあの戦いは何人の運命をねじ曲げてしまったのだろう。士官学校時代ただの親友同士だった彼との関係もあの戦によって変ってしまった。もとよりそれを後悔するつもりは全くないが。
ため息一つついて引き出しの奥から取り出した煙草に火をつけた。この箱が終わったらきっちり禁煙しようと誓った内の最後の1本はやけに苦く、吐き出した煙りの向こうに見えた書類の写真に顔をしかめた。苛立たしげに半分も吸って無い煙草を灰皿に押し付け、少し休もうと眼鏡を外し、光から逃れる様に手を目にあてて背もたれに寄り掛かかる。しかし望んだ暗闇は訪れず、代わりに脳裏に浮かんだのはぎらつく日光、乾いた砂漠。記憶の底に残るあの日のイシュヴァ−ル。

乾いた大気は喉を焼き、走る青年将校を苦しめた。尤も本人はそんな事露程も感じていないだろう。将校用のテントが並ぶエリアを走り抜けていく男に何ごとかと数人の兵士が振り返るがそれも顧みずひたすらに彼は奥を目指す。将校用エリアの向こう、一般兵は立ち入り禁止の国家錬金術師エリアを。
「ロイ!」
垂れ幕をはね除け最初に目に入ったのはいつもと変らぬ親友のテントだった。土の床に転がった缶詰、飲み水のタンク、自分にはさっぱり判らない模様が描かれた紙が散らばった木の机、そして片隅に置かれた簡易ベッドに横たわる人影。
それだけなら何の問題も無い光景だろう、時刻は朝でこの友人の寝起きの悪さはよく知っていたから。しかし今は事情が違う。
「起きてるかロイ・・?」
おそるおそる呼び掛けた声に返事は無い。そっとベッドに近付いた彼を迎えた微かな鉄錆の臭いにためらいも無く毛布をはぎとると現れた光景に苦渋のうめきがもれた。
薄汚れた固いスプリングの簡易ベッドに士官学校以来の親友は横たわっていた。ピクリともしない体に唯一身につけた青い上着の下、青白い肌を赤い痕がくまなく覆い、乾いてこびりついた体液の跡が白くデタラメな模様を描いている。
何があったかは聞くまでもなかった。

本誌ではそろそろイシュヴァール編が始まりそうで、それより早く書けてよかった、
捏造話。あのフィギュア本を読む限りヒューズも相当苦しんでいたようでそのことは
かなり後々影響してるんじゃないか。しかしそれをとってもうまく隠す事が(不幸にも)できちゃった人でないかと思う次第であります。

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