大丈夫かロイ!おいしっかりしろ!目ェ覚ませ、俺だ、ヒューズだよロイ!」
ピクリともしない青白い頬を叩き必死に呼び掛けると、密かに香る薬物臭に気が付いた。誰かをー軍医を呼ぶべきなのか、それとも−
「・・・ぃ・だ・・」
逡巡する男の耳に弱々しい声が届く。
「ロイ?」
「・・や・・だ。イタ・・い。助け・・ズ」
「・・っつ」
朦朧とした意識の中で紡がれる自分の名にヒューズは力ない体を抱き締める。偽の命令で他所の基地に自分が行かされていた間、一体何度彼は自分の名を呼んだだろう。こんな姿は見た事なかった。軍令と良心の狭間で苦しんでる時も、一時の安息を求めて自分の腕にすがりついて来る時もここまで弱った姿は見せた事のない男だったのに。
「離せ・・・はな・・」
「ロイ、しっかりしろ。もう大丈夫だから、俺はここにいるから。」
「ヒュ・・ズ?」
未だ薬の影響下にあるのか焦点が定まらない黒い瞳に徐々に理性の光が戻り、痛みを堪えたオリーブグリーンの瞳を認識した時、弛緩した体に衝撃が走った。
「離せ!ヒューズ!あっちへ行け!見るな!」
「おい、暴れるな、ロイ!うわっ」
いきなり腕の中で手負いの獣さながらに暴れ始めたロイを押さえ付けていたヒューズの健闘も空しく2人はそろってベッドから派手な音をたてて地面に転げ落ちてしまう。
「いって−」
咄嗟に体を入れ替えてクッション替わりになった男は思いきり打ち付けた腰を摩りつつ身を起こし、ベッドに残った毛布を掴むと呆然としているロイに頭からすっぽりかぶせた。そのまま毛布ごと抱き上げそっとベッドに座らせる。
「見るなって言うならこうすれば良いだろう?何があったか言わなくていいし、本当に出ていって欲しいのならそうする。ただ俺は傍にいたい。ダメかロイ?」
返事のないのを良い事に毛布で隠れた体をそっと抱き締めると、腕の中の固まりが震えるのが感じられた。
「・・・別にどうって事は無いよ。軍隊じゃよくあることだ。油断した私が迂闊だっただけだ。そうだろうヒューズ。」
くぐもった自嘲の言葉に答えは無くただ抱き締める力が増しただけで。
「薬を使われたからホント何があったかよく憶えてないんだ。ただ熱と痛みと・・・快楽と。アイツ等も馬鹿だ。薬がアイツ等の欲しがってたものを横取りしたのに気付きもしない。」
「薬か・・あの2人組か?」
「・・それとキンブリ−」

砂漠の夕日が辺りを紅く染めあげる夕刻。ロイはぼんやり基地のはずれに来ていた。夕食の時間だったがどうにも食欲が湧かず、しかもいつもは食べろとせっつくヒューズは急な呼び出しで他所のベースに行ったきり。ここ数日続いた戦闘で疲弊した心と体は限界にきていたが、今弱っている所を見せるわけにはいかなかった。ここは戦場で味方の中でさえ安心できる場所はない。狂気に荒んだ連中は弱った者から餌食にしていく。特に殲滅に加担する国家錬金術師達を抑えられる上官はいない。
「散歩ですか、マスタング少佐?」
ひんやりと乾いた風に黒髪をなぶらせていると背後から声がした。
「ああウェス少佐、暇だったのでぶらぶらしていた。君は1人か?相棒はどうした。」
カーツとウェス、この2人はコンビの錬金術師だ。ウェスは毒薬の専門でカーツは風を練成し自由にソレをばらまく。音もなく訪れる静かな死に倒れたイシュヴァ−ル人は数知れない。
「あいつは他の連中とカードをやってますよ。少佐はお一人ですか?いつも一緒の親友殿はどうしました?よろしければ俺のテントで一緒に飲みませんか?・・・お寂しいんでしょう。」
揶揄するセリフに白い手袋はめた手をちらつかせて
「せっかくのお誘いだが疲れているので失礼する。」
きっぱりと断り、その場を去ろうとした時一陣の風がロイの体に纏わり付くように吹いた。その中に微かに香る甘い臭いを感じた瞬間くらりと世界が揺れる。しまった!叫びは声にならず、崩れ落ちる体を左右から伸ばされた腕が捕らえ、歩かせる。
「本当にお疲れのようですね、マスタング少佐。さ、俺のテントに行きましょう。お待ちかねですよ・・彼も」
力のでない体はしびれ、声も出ない。両サイドをしっかり固められ逃げる事もできずロイは彼等のテントに運ばれた。それは傍から見れば酔った戦友を運んでいるようにしか見えない。そうして彼等は一番はずれに在るテントにロイを運び込む。その入り口に立っている眼鏡をかけた男が無言で幕を押し開けた。
「・・・ようこそ焔の。楽しい夜になりそうですね。」
薄暗いランプの光の下中にいた黒髪の男は、は虫類めいた眼差しで楽しげに笑う。それがロイの見た最後の光景だった。

全てを話し終えぐったりとしたロイはそのまま再び寝入ってしまった。薬の副作用で高熱のでた体を治療し上官には疲労による発熱と報告する。事を公にする気なぞハナからなかった。熱に魘されて苦しむロイを看病しながら沸き上がる怒りを押さえ込む一方で冷徹に策をめぐらす男がそこに居た。

数日後ロイが倒れた空き地に佇む人影が2つ。
「私に何か用ですか、ヒューズ大尉?」
「用件はこれだけだ。2度とロイに手を出すな。いいな!」
「ほぉ・・言う事を聞かなければどうしますか?国家錬金術師の私を?」
面白そうに答えて男は見せつける様に両手をひろげる。水銀と硫黄の紋章が描かれた手を。
「・・国家錬金術師ね・・大層なもんだが、どうかな。知ってるか?昨日出撃したウェスとカーツは戻らねェぜ。どうやら作戦の裏をかかれて待ち伏せにあったらしい。風使いを殺っちまえば後は非力な術師だけだ。ゲリラ達には簡単な仕事さ。」
「それは残念でしたね。しかしそれは彼等の攻撃と弱点を知らなければ不可能なのでは?」
「ああイシュヴァール人も必死だからな、なんとかして情報を掴んだだらしい。情報は時に爆薬以上の武器になる。」
「確かに・・そして軍内にそれを漏らす者がいればですね。嬉しいですよヒューズ大尉、どうやら私は貴男を爆破してもなんのお咎めも受けないらしい。」
言うなりゆっくりと男の両の手が近付いていく。それが合わさった時、紅蓮の焔が沸き起こる事は誰もが知っている事だった。
しかし
「っつ!誰だ!」
何処らからか1発の弾丸が錬金術師の頬を掠めていき、紅い痕を残す。慌てて振り向くが誰もいない。ただ背後の岩山に小さな黒い影があるのが見えた。
「それ以上手ェ挙げると手のひら打ち抜くぜ。錬金術師は練成陣を壊されたら終わりなんだろう?それとも眉間のド真ん中がお好みか?いい腕してるだろ、この間の事もあるし上に言って配属されたロイの新しい護衛だ。これからは俺がいなくてもそいつがロイを守る。イシュヴァール人からそして味方から。解ったら消えろ。そして2度とロイに近付くな。」
静かな声には怒りと明確な殺意があった。ヒューズはもしキンブリーが警告に従わなければためらわずに鷹の目の狙撃手に撃たせるつもりだった。後の事など何とでも言繕える。
そのまま無言でにらみ合うこと数分後、ため息をついて紅蓮の錬金術師は手を降ろし攻撃体勢を解いた。
「・・・解りましたよ。こんなことで怪我するのも馬鹿らしいですしね。しかし貴男も奇特な人だ。あんな壊れかけの人間の為にここまでするのだから。まぁ精々がんばって守るんですね壊れないように。」
言われなく立ってそうするぜ、去ってゆく男の後姿が完全に視界から消え去るまでヒューズはそこを動かなかった。素手で国家錬金術師に喧嘩を売ったのだ、握りしめていた拳にはじっとりと汗が滲み、今さらながら手が震える。それを振り払う様に大きく手を上げて岩山の狙撃手に作戦終了を告げた。

容赦なさ全開のヒューズはある意味書いてて楽しい。おかげで終われなかったイシュヴァール話。少し次に持ち越しですが来週こそはハボを書くぞ。

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