「こら!まだ休んでなきゃだめだろ、ロイ。」
テントに戻ると半病人の顔色をしたロイがベッドから起き上がろうとしていた。しかし数日高熱に侵された体に力が入るはずもなくふらつく体をヒューズは毛布に押し戻した。それでも
「熱も下がったもう平気だ。明日にでも出撃はできる。」
と強がる男を「却下。」といなして薬と水を差し出す。
「おらこれ飲んでさっさと休め。せっかくエッガー大佐がグランに掛け合って明後日までの休養をもぎ取ってくれたんだ、粗末にしたら罰当たるぞ。・・いや大佐には何も言ってない。医者の診断書みせて説明しただけだ。」
「エッガー大佐は気が付いてるよ、きっと。」
「・・確かにあの御仁は鋭いからな、薄々は察してるだろう。でもあの人はここでは珍しいマトモな人だ。何も言わんよ。」
切れ者の上司の顔を思い浮かべてロイは微かに安堵のため息を付く。確かにエッガー大佐はここでまともな数少ない人間だった。
「それよりさっさと薬飲め!それから食事ちゃんと取れよ。」
「薬は苦い。レ−ション(戦闘糧食)も飽きた。」
回復したと同時にわがままも復活した友人に内心ほっとしつつも顔をしかめて凄む。
「ほーぉそうかい。じゃ薬飲んだら、御褒美に今度の補給でお前さんの望むモン何でも持って来てやる。約束するぞ。」
高級将校じゃあるまいし一介の士官にそんな力はないはずだが昔からヒューズはこういう無理難題を平気でこなす。本人曰く努力と根性しかしロイに言わせれば裏技野郎である。
「・・じゃあ極上のアールグレイの紅茶にミンスミートパイ、スコーンにクロテッドクリームそれから・・」
「ストップ!それくらいにしてくれ、絶対手に入れるからちゃんと薬飲んで休んでくれよな。」
この砂漠で優雅にティータイムを満喫するつもりかと思いつつ、薬と水筒を渡すと今度は文句も無く飲み下した。
「さっき外が妙に騒がしかった、何かあったのか?」
「別に大した事じゃない。出撃した錬金術師が返り打ちにあっただけだ。」
「・・・誰だ、それは。」
「カーツとウェスだ。」
黒い瞳が驚いた様に見開かれ、一瞬泣きそうな表情が浮かぶ。それを誤魔化すように俯いたままロイは言った。
「国家錬金術師に喧嘩を売ったのか?馬鹿だなマース・ヒューズ」
「ああ大馬鹿だ。」
「大馬鹿で間抜けで強引で我侭だ。」
「最後の2つはお前だけには言われたくは無い。」
「じゃあ大馬鹿で間抜けで自分勝手だ。こんなことしてあの男が黙っているわけが無い。」
「なに馬鹿は馬鹿なりに手を打ったさ。それに俺には俺の戦い方がある。だから心配するなあいつはもうお前に構わない。お前もそのつもりで無視しとけ。さ食事取って来るからそれ食って今日はもう休め。後でまたちゃんと説明するからさ。」
そう言い捨ててヒューズはテントを出た。残されたロイが何か言ったがそれを無視して歩き出す彼を容赦のない砂漠の太陽が見ていた。


黄昏れ時のイーストシティの裏通り、あんまり普通の人はお呼びじゃ無い薄暗い路地に凄みを増した男の声が響く。
「隠してるわけじゃ無いだろうな、ここで起きたことでお前等の網に引っ掛からない事なんてないだろう?」
「やっ本当に何も知らないンで。あの爆弾騒ぎには俺達も興味がありましたが、単独犯らしく何の情報も入って来ないんですよ。第一あの騒ぎで俺の従兄弟の恋人が怪我したんだ。何かありゃすぐに軍人さんに知らせますって。」
「お前に従兄弟がいたとは驚きだぜ。じゃあ隠れ家とか潜伏場所を捜してる奴は?」
「今の所俺のトコにはきてねェよ。尤もここじゃそんな奴ゴマンといるからな。しらみつぶしに聞き廻るしか無いと思うね、軍人さん・・ぐぇ!」
楽しげに笑う声を万力の様な腕が締め上げ、小柄な情報屋の体は爪先立ちに釣り上げられる。片手で軽々を大の男を釣り上げた男は引き締まった筋肉に覆われた金髪の、獰猛な蒼い目の軍人だった。
「ゆってくれるじゃ無いか。あいにくこちとらそのしらみつぶしの真っ最中でね。いいお返事してくれない奴はこうやって潰してくんだよ。」
言うなり男は釣り上げた情報屋を背後の壁に叩き付ける。ぐぅとカエルが鳴くような声を上げて目を白黒させる男をもう一度持ち上げようとしたところを背後からの声が制止する。
「そんくらいにしとけハボ。んな奴に八つ当たりしたってしょうがないだろ?」
八つ当たりと言う言葉に心当たりでもあるのか金髪の軍人は無言で男を地面に降ろす。そしてわざとらしくパタパタとホコリを払い、地面に落ちた帽子を丁寧にかぶせてこう言った。
「いやー悪りぃ。なにしろこちとら休み無しで駆け回ってるもんでねそれもあのクソ野郎をとッ捕まえて、市民の皆様の安全を確保するためだから。あんた等ももちろん協力してくれるよなぁ。」
にっこり笑う好青年風のうさんくさい笑みに情報屋はこくこくと声もなく頷くしかできない。なぜなら間近に迫る軍人の目は決して笑っては無く獰猛な光をたたえた蒼い目は野獣の迫力があったから。

「あんまりあせんなハボック、憲兵隊も協力してくれてるんだし。」
車の中で士官学校来の悪友ハイマンス・ブレダ准尉はそういって宥めるようにハボックの背中を叩いた。かっぷくのいい軍人風の体格とは裏腹に実は頭脳派のこの男は意外に人情家で面倒見がよかった。ロウアーイースト街の爆破事件の後何かに憑かれたように捜査に突っ走るハボックをこうして密かにフォローするのもそのためだ。あれから5日経ったが犯人とされるヨハン・フォークスの行方は杳として知れず千載一遇のチャンスを逃したこの男が焦るのも無理はないと思うがどうも理由はそれだけでは無いんじゃないかとこの意外に観察眼の鋭い男は思っている。士官学校時代から上を上とも思わぬ飄々としたマイペースを貫く男がここ数日何か思いつめた表情で家にも帰らず捜査に没頭していた。まるで親の仇を捜してるみたいだぜ。ブレダが抱いた感想は多分他の司令室付の部下と同じものだろう。
「ともかく今日はもう司令部に戻ろう。手持ちの情報屋はあらかた廻っちまったんだから。」
「先帰ってくれ、ブレダ俺はもう少し・・」
「阿呆、闇雲に走り廻ったって時間の無駄だ。ともかく帰るぞ。」
名残惜しげに窓から裏通りを見つめる男の横顔は無精髭がちらつき何時に無く荒んだ風情を漂わす。そのまま胸ポケットからだした煙草に火を付け焦燥の滲んだ声で呟いた。
「しかしもう5日も経っている。あいつがこのまま大人しく逃亡するなんて思えない。」
「落ち着け、チェスでも何でも焦った方が自滅すると相場は決まっている。−なあハボック俺は少し考え方を変えた方がいいかと思うんだ。」
「考え方って・・どういう事だ?」
「それを今考えてんだ、ともかく今日はもう戻るぞ。」
きっぱり言ってハンドルを廻すブレダはもう何も言わなかった。ただ口を屁の字に曲げたその表情はチェスの真剣勝負と同じ顔でこういう時彼の頭はフル回転してる。それを知っているハボックは
「頼りにしてるからな。」
肩を叩いてそれ以上ごねるのを止めた。

会話にでてきたエッガー大佐はもちろん『それぞれの絆』に登場した人です。本誌のイシュヴァール話にでてこないかなぁ。

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