深夜の住宅街を黒い影が走る。幾つかの角でそれは細かく分散しながら最後に高い壁に囲まれた大きな門の前にたどり着き、無言のまま男達は開いた門の中に滑り込む。敷地の中には大きめの軍用テントが壁にぴったりとくっつくように設営され、周りには数人の兵士が音も無く動いていた。
テントに乗り込んだハボックは無言で中のロイに敬礼すると、フューリ−が手渡すマイクに話し掛ける。
「こちらハボック各班、準備はいいか?」
「1班、裏口配置に付きました。」
「2班、東側配置に付きました。」
「3班、西側配置に付きました。」
全ての配備を確認すると、ロイは2人の副官を従えてテントを出て、門に向かう。彼等のいる門の向かい、通りを挟んだ向こう側にはここよりやや小振りな門と緑の生け垣に囲われた白い屋敷があった。そこはア−デン街G286−ヨハン・フォークスの潜伏先。

「今のところ相手に気付かれた様子はありませね、こちらの配備は完了しました。突入しますか、中佐?」
暗視スコープで向いの屋敷を見ながらハボックは尋ねる。
起きてる者がいるのか2階と3階の一画に明かりが見えるその白い屋敷は銀行の重役と言う地位にふさわしい豪華さと美しい庭を持っていた。深夜だからよく判らないが陽の光の元では今の季節鮮やかな緑の芝生が広がってるに違い無い。
突然その芝生の上に黒い影が走った。
「中佐!今庭に何か動くものが・・」
「何処だ、ハボック?」
一瞬、現場に走る緊張の糸を
「猫です、中佐。」
誰より鋭い狙撃手の目がすっぱり断ち切る。
「何だ猫か・・脅かすなよ−。」
芝生に動く影は確かに猫独特のしなやかなシルエットを持ち、それは監視を続けるハボックの視界の中でのんびりと伸びをすると、何か獲物を見つけたのか背を丸めて縮こまったと思うと素早く前にジャンプした。
その瞬間。
ボンッ!小さな爆発音と閃光と共にスコープの中に居た猫の姿はかき消すように消えてしまい、後には丸く黒く焼け焦げた跡が芝生に残るばかり。
「中佐・・」
不運な猫の最後を目撃したハボックが、青ざめながらそれを報告すると
「ハボック、兵達に厳命しろ。命令があるまでは行動を起こすなと。このまま待機だ、決して敷地内に入るな。」
事態を悟ったロイもすぐに命令を返す。
目に前に広がる緑の芝生に覆われた美しい庭−そこは錬金術師が作った地雷原だった。

これでは突入は無理だ。その場にいる皆がそう思った。なにしろ広い庭のどこに錬金術のトラップが仕掛けられてるか誰にも解らない。地面に触れないで母屋まで行く方法はたった一つ、羽でも生やして飛んでいくしかないだろう。しかし合成獣じゃあるまいしそんなの不可能だ。かといって運を頼りに突っ込んで行くのは愚かな行為だ。そうしている間にも貴重な時間はどんどん過ぎて行ってしまう。
じわりと不安と焦燥の色が彼等の表情に広がった時だった。
ひらり 黒い軍用コートの裾を翻してロイ・マスタングが動いた。
「ちょっつ、中佐、マスタング中佐何処行くんスか!」
「お待ち下さい、中佐!」
副官二人の制止を無視してロイは向いの屋敷に向かって歩き始める。
「命令だ、二人とも。私が帰って来るまでここで待機。」
振り返りもせず放たれた言葉に
「冗談じゃありません!アンタ1人で行ってどうすんです!」
「勝算は御有りですか、中佐。」
1人は前に立ちふさがり、もう1人は背後で銃を抜いてそれに答えた。
「勝算・・ね。まぁあるとすればヨハン・フォークス氏が私に関心を持ってる事ぐらいかな?多分私が行けば、彼は招き入れてくれるよ、自分の成果を誰かに自慢したくてしょうがないからね。」
「何言ってンスか、あいつは中佐に何か知らないけど恨み持ってるんですよ!そんなトコに行くなんて殺されに行くようなもんです。」
「解って無いな、准尉。憎い相手は絶対無視できないものさ。さぁ時間も惜しい、ハボックそこをどけ、少尉もその物騒なもの仕舞って私を行かせてくれないか。」
柔らかな物言いとは裏腹に声には誰にも逆らえない力が籠る。それは主の絶対の命令だった。無言でホークアイは銃を降ろし、ハボックは道を空ける。しかし
「・・ついて来いとは言って無いぞ、ハボック。」
いつものように2歩半後ろについて来ようとする部下に眉をしかめてロイは歩みを止める。
「俺も行きます。」
「上官命令だ、このまま待機。ホークアイ少尉の補佐にあたれ、ジャン・ハボック准尉。」
「その命令は拒否します。サ−。俺はロイ・マスタング中佐の護衛です。中佐が行かれるトコには何処にでもお伴するのが俺の仕事です。」
わざとらしく敬礼しながら返す部下に苛立ったロイは叫ぶ。
「ならばたった今からその任を解く!だからついて来るな。」
伶俐な顔で睨み付けてくるのにも動じず、ハボックは背後のホークアイに聞こえるように言った。
「自分にマスタング中佐の護衛を命じたのはホークアイ少尉であります。だから命令の撤回も少尉がされるべきです。そうでしょう?少尉」
「確かにそうだわ。ジャン・ハボック准尉、私は任務の継続を命じます。決してマスタング中佐から離れないように。」
「YES.Mum!ジャン・ハボック准尉、必ず任務を遂行致します!」
「ホークアイ少尉!」
抗議の声は結託した2人の前に綺麗に無視されて中に浮き、へ理屈並べる部下にこれ以上は時間の無駄と判断したのか勝手にしろと言い捨ててロイは通りを渡り白い屋敷に向かって行く。その後ろには忠実な護衛がきっちり2歩半遅れてついて行った。
「大丈夫でしょうか2人とも・・。」
見送るホークアイの横で眼鏡の軍曹が不安げに呟いた。
「そうね、ハボック准尉が一緒ならあんまり無茶はしないでしょう。それより軍曹アレはうまく働くかしら?」
深刻な軍曹とは反対に何故かあっさりした様子で答えた少尉は待機中の兵士達に指示を出すべくテントへと戻って行った。

「護衛はついて来るなと言われたらどうするんだ、ハボック。無理に押し入るのは却下だぞ。」
機嫌損ねた子供みたいにむっつりした黒髪の中佐は鉄の門扉につけられた呼び鈴のボタンに手をかけながら傍らの
護衛を見上げて言った。
「そんときゃ入れてくれーって土下座でもナンでもして頼み込みますよ。ともかく俺はアンタから離れませんって。」
ふざけているようで真面目な男の蒼い瞳は街灯の光を写し闇の中でも澄んだ青空を思い出させる。その真直ぐな蒼に見つめられてふと息苦しさを感じたロイは顔を背け、もう一度勝手にしろと呟いてベルを鳴らし、横のマイクに向かって話し掛ける。
「夜分遅く申し訳ありません。私はアメリストス軍中佐ロイ・マスタングこちらに滞在中のヨハン・フォークス氏に会いに来ました。取り次ぎをお願いできますか。」
まるで友人宅を訪問したような穏やかな言い方に果たして返答があるかとハボックが首をかしげた時、聞き覚えがある声がスピーカーから流れてきた。




御主人様の行く所ついていきます、忠犬は。しかし副官2人に命令無視される指揮官て・・・

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